第43話 猫魔岬へ

正直なところ、複雑な心境だった。


藤崎の『猫魔岬支店』は、筧俊作の

新規事業の予定地を勝ち取った事で

『店舗削減計画』からは異例の免除の

方向へ動いている。

 それはアイツの望みでもあったし

現地の人達にとっては悲願でもあった

事だろう。その為に、俺も岸田も

動いた。実際、皆にとって喜ばしい

結果になったのには違いない。


だが、それが藤崎自身の

どう影響するのかは分からない。



基本的に、銀行という組織は極めて

体育会系だといえる。本丸から遠く

離れた地方店でそこそこ成果を出せば

ランクアップして中央へと戻される。

それが、いつの間にか執行され始めた

『店舗削減計画』によって崩れた。

本来なら『櫻岾支店』で成果を上げた

藤崎は、中央に戻って超富裕層担当

PB(プライベート・バンカー)辺りに

落ち着く筈だった。


ところが、アイツはやり過ぎた。


俺、個人的には矢張り神田専務に

怪談を聞かせたのがマズかったと

思っているが、それも後の祭り。

史上昇進 などと

派手に騒がれつつの、実際のところ

の憂き目に遭った。


俺だったら多分、相当に凹むだろう。

      しかし、藤崎は。


アイツが、妙に生き生きやっている

様子は夏休みに実際、この目で

見たし、今もご当地発信の奇妙な

キャラクターを全国規模でバズらせ

更なる町おこしを仕掛けている話も

漏れ聞こえては来る。


 実際、楽しかったけれども。


一旦、地方に飛ばされたら。下手を

すれば永久に 中央へ戻る機会 を

失う。一方、昇進前の度胸試しで

期限を切って放り込まれる事もある。

アイツの場合は明らかに後者、

があっての事なのに。


アイツはそれを断ち切って。


いや分かっている。俺は誰よりも

アイツの事をよく分かっているのに

何故だか酷く落ち着かないのだ。

本丸だってそうだ。藤崎諒太ほどの

を、みすみす地方の支店長に

放って置くとは思えない。


 本来ならば、もうとっくに戻って

来ていた筈なのだ。



「ったく一体、何が面白いんだか。」

「田坂さん?」岸田が驚いた様な

顔を向けてくる。例のカフェ・バーは

岸田と来る方が多くなっていた。

それは喜ばしい事ではあるにせよ、

反面、得体の知れない寂しさと共に

妙な所在なさを覚える。


「いや。藤崎の大馬鹿野郎が、さ。

行き掛かり上、俺らが関われるのも

筧地所のまでだからな。」

「…それは。」目を伏せる岸田。

今迄だったら、どうしてですか!とか

無駄に言い募って来たのに。コイツも

一端のバンカーになったんだな。

ならば、話は早い。


「今回は、案件がから

略々専任だったけど、筧俊作が拠点を

【猫魔岬】に定めた以上、俺らは専ら

東京こっちの案件を持つ事になる。

 本来、丸の内支店に常駐の俺は、

そっちの法人を持つし…岸田、お前は

此処、六本木界隈の 個人富裕層 が

顧客となる訳だ。」「…はい。」

「それが本来の俺らの  だ。

藤崎に至っては…。」言いかけて

つい言い淀む。


もし、このまま『猫魔岬支店』が

存続となれば、アイツは戻らない。

下手すると、ずっと。


本人がそれで良いなら仕方がない。

しかし、アイツがそれを望んでいる

かと言えば、そういう訳でもない。

あの大馬鹿野郎は、金になりそうな

商売と、怪談や曰くありげな因縁の

渦巻く場所を好み、自らが置かれた

場所でベストを尽くす。


常識で言えばそういう『駒』こそ、

フル回転で使うべきなのだ。



「田坂さん一体どうしたんですか?

藤崎さんに至っては、って。その

藤崎さんからLINE来てますけど。」

「え。」「グループLINEですから

田坂さんの携帯でも見られますよ。」

「…何だコレ。」見れば不気味な

のスタンプが。


 如何にも藤崎らしいチョイス。


「これ、今流行りの『猫魔大明神』

スタンプですよ?僕も持ってます。

札幌の高校生達の間で人気になって

あっという間に全国に波及した。

 最近では『八百比丘猫やおびくにゃー』ガチャも

道内限定でかなり人気出てますね。

そのせいかどうかは知りませんが、

北海道への旅行客が、ここかなり

増えてるんだそうですよ。」

したり顔で、岸田が言うが、どうせ

ネット記事でも読んだんだろう。


「遊びに来い、って。」岸田が素っ気

無い文面を読み上げる。藤崎が態々

そんな事を言って来るのも珍しい。

「今の【猫魔岬】を見せたい、って

事だろうか?」「そうですよ!」

「デカい仕事もひと段落着いたし、

有給も消化しないと人事から怒涛の

メール攻撃が来るしな。どうせなら

突然、行って驚かせてやろうか。」


「行きましょう!【猫魔岬】へ。」

嬉しそうに岸田が言った。









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