第44話 揺れる太白星


 漸く思いが叶ったな。


そう思いつつ俺は、浜の壱の鳥居で

カップ酒を手に、初めてマトモに見る

岬の千本鳥居の ライトアップ を

感慨深く眺めていた。



陸繋島が暗闇にあかく浮かび上がる。

浜の 壱の鳥居 から、島の山肌を

やや蛇行しながら連なるあかりは

幻想的で美しく、月の無い寂れた

浜を華やかに彩っていた。


鉄の自体は決して大きくは

なかったが、神社から壱の鳥居までは

左右対に並んでいる。それらに薪や

藁屑を設置して、灯油を馴染ませる。

その単純な作業を延々やり終えた後の

この風景には、感激も一入ひとしおだった。


浜には態々このを見に来た

旅行客らがチラホラ見られた。それを

見越してか、甘酒やおでんの屋台が

ちゃっかり出ているのには、思わず

口元が緩む。





「いや、これは…素晴らしい景色だ。

こうして浜に出て間近で目にすると又

壮観だね。」筧所長と柿崎秘書も酒を

片手に見物に出て来ていた。


「…幻想的な美しさですね。矢張り

スマホの写真や動画とは大違いだ。

尤も、篝火のセットアップは結構な

重労働でしょうが。」柿崎秘書が労う。

「滅多に出来る事じゃないですからね。

それにずっと見たかったのが、やっと

見られたんで大満足ですよ。何せ、

今日まで野暮用で叶わなかったんで。」

「野暮用って、だべや。」権堂が

半笑いでツッコミを入れる。


「銀行の撤退問題、まだ決着が付いて

いないんですか?」柿崎が、更に

尋ねる。「ええ。本丸はこっちの

事情なんかお構いなしですからね。」

閉店スケジュールは、既に一ヶ月近く

遅れが出ている。このままではいずれ

雪が降るだろう。

「…まあ、指示された事を淡々と

こなすだけしょ。それでも皆さんの

お陰で、この町は生き返る。それは

何よりの僥倖ぎょうこうだべや。」「それな。」


銀行の事はまあ、どうとでもなる。

今はそれより【猫魔岬】が、自殺の

隠れ名所やら荒ぶれ果てた漁村やらの

マイナスイメージ ではなく、本来の

賑わいと活気とを取り戻して行く、

その  が嬉しかった。



 陸繋島のあかは、天に繋がる

弥栄いやさかへの願いに見えた。



本当ならば『猫魔ホラークラゲ』が

集まってきて、暗い海が蛍光赤に光る

相乗効果もあっただろうが、奴等は

集団で何処かに行ってしまっていた。

 それは奴等特有の  の

一つであって、そのうち戻って来ると

いう話ではあったが。




「…そう言えば、由良宮司は?」

筧所長が尋ねる。「ああ、宮司さんは

神社の祭壇で祝詞を上げていますよ。」

「祝詞を?」「これ、一応は月毎の

神事ですっけ。篝火は一晩中焚かれて

その間、宮司は神社で祝詞を上げて

新月から一ヶ月の安寧をいのるべや。」

権堂が補った。


「篝火の準備も随分と大掛かりだが、

当番制とか?」柿崎秘書が尋ねる。

「いや、皆んな好きな時に行くべ。

駐在の菅原さんも非番には手伝いに

来てるっけ。準備か、片付けか。

どっちかには何気に皆んな顔出しては

いるんでないか。」「…それは又。」

筧所長が感心した様に言う。

「宮司一人じゃ、なかなかやれねえ。

俺らは業後の方が都合が良いから

専ら、準備に参加してるしょ。逆に

商店街の会長や下田水産の専務らは

早朝の後片付けの方が都合良いさ。

それで自然と上手く行ってるべ。」

「…なる程。きっと、土地柄という

事なのだろうね。」筧所長が頷く。



 と、突然。



地面が大きく跳ねる様な衝撃が

俺らを襲った。


「…ッ?!」「地震?」「何…。」

だが、次の瞬間。更に大きな揺れが

来て、立っていられなくなる。

「うわっ…!」足下の大きな揺れは

容赦なく続き、暗い海は慣性など

無視した不規則な波が、不気味に

ぶつかり合う。



あちこちから悲鳴や叫び声が上がる。


揺れはなかなか収まらず、浜辺の

様子は、俄にパニックの様相を

呈して行く。


「地震だ!」「かなり大きいな。」

「嘘だべ?こんな時によ!」俺らも

取り敢えず四人で固まる。浜辺だから

倒壊物を警戒する事はなかったが。


 ヤべぇだろ、篝火ッ…!


「権堂ッ!篝火、倒れたらヤバい!」

「マジだ…ていうか、倒れてるべや!

火が燃え移ると…あ!宮司が神社に

残ってるしょ!」言うや参道へと

走り出そうとする権堂を、俺は

捕まえる。

「何だべ?!」「宮司だって地震に

驚いて出てくる!それか連絡してみろ

篝火が倒れたの、知らせるんだ。」

「お、おう。」権堂が慌てて自分の

スマホを出す。


多分、由良宮司ならば言うまでも

なく分かっている筈だ。

 地震の後には 津波 が来る。

同時に山火事の危機が目の前に迫る。



兎に角、先ずは此処らの人間を高台に

避難させないと。


「ヤベえ…スマホが圏外だ。」

「権堂、筧所長達も。此処の奴らと

出来るだけ高台に避難してくれ。」




神社には俺が行く。







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