第45話 天地騒乱
僕らが藤崎さんのいる 北の大地 を
再訪したのは、六本木にある例の
カフェ・バー で、田坂さんと二人
地味な『打ち上げ会』を開いた、
そのすぐ後の事だった。
割と熟考するタイプの田坂さんが
まるで 思い付き の様に有給休暇を
申請し、
チケットまで予約してくれたのには
正直、驚いた。
勿論、藤崎さんからの招待があって
尚且つLINEスタンプが『ドヤ顔の
猫魔大明神』だったから、夏に見た
荒ぶれ果てた北の漁師町が、幾らか
華やかになったのには違いない。
それを 成果 として僕等にまで
共有してくる藤崎さんの行動は、
如何にも彼らしかった。
羽田から千歳に向かう飛行機は、
意外な事に 満席 だった。
「田坂さん、こんな時期にも結構
旅行者がいるんですね。」「ああ。」
三列シート真ん中の席で、彼は
何とも気の抜けた声を出す。
仕事を終えて、直で来ていたから、
疲れていても無理はなかった。実際
田坂さんは法人営業部のエースで
『部長付』の肩書きを持つ。謂わば
次席部長の職責 なのだ。当然、
商う金額だって個人リテールよりも
桁が二つ三つは多いのだし、それこそ
並大抵じゃない知識と労力、更には
決断力までもが要求される。
知識だけでも会社法とかPBRとか。
資格試験で出た気もするけれど、
同席させて貰った法人顧客面談は
出て来る単語自体、何言ってんのか
サッパリだった。
田坂さんは《雰囲気だけ分かれば
それでいい》とは言っていた。
けれども法人営業は到底、僕には
無理だと思ったのだ。
ふと、飛行機の窓の外に目を遣った。
もうそろそろ北の大地が見えて来る
頃だろうか。
窓の外は真っ暗だった。
それでも眼下には綺羅星の如く、街の
灯りが煌めいていた。一方、真っ暗な
所もあって、それはきっと人が住んで
いない山間部か海上なのだと知れる。
一瞬、その眼下の光りが瞬いて、
そして全て消えてしまった。「…?」
だがそれも再び瞬いて、何事も
なかった様に煌めきを取り戻す。
「…岸田。」半分、寝ていた筈の
田坂さんが、端正な眉を顰めながら
僕に声をかけて来た。
藤崎さんが 変にギラギラ した
美形だからあまり目立ちはしないが、
田坂さんも相当に見た目は強い。
それを思うと、二人を並べるのが少し
申し訳なくなる。
「ちょっとニュース見てみろ。」
「…はい。」僕は手元のスマホに
視線を落とした。
《北海道西岸部が広域に赤く光る
怪現象!夜光虫の一種か?!》
「え。」「ちょっと、どけ。」
言うや、田坂さんは僕の前に身を乗り
出して、窓の外を覗き始めた。
「……何だ…あれは。」「…?」
「ちょっと失礼!」と、突然。彼の
更に一つ隣の席の初老男性までが
僕の前に身を乗り出す。
田坂さんだけならば、まだしも。
いい大人が二人も身を乗り出して
窓の外を覗き込むなんて。しかも、
かなり興奮している。
「戻って来た…!しかも、あんなに
仲間を引き連れて…何て事だ!」
「ちょっと、退いて貰えませんか!」
僕が
「…あっ、すみません!」流石に
慌てて引っ込む おじさん と、
それでもまだ窓の外に釘付けになって
いる、田坂…。
もうこの際、敬語はナシだ。
「…申し訳ない、実はあのクラゲを
研究していて…。」言っておじさんは
名刺を出して来て僕らに配った。
北海道大学理学部生物学科主任教授
海洋生物学研究室長
「…大学の先生ですか。」今まで
後輩を押し退けて窓に貼り付いていた
田坂さんが、何事も無かった様な顔で
自分の名刺を渡す。習い性だろうか
僕も慌てて自分の名刺を出す。
「銀行の方でしたか。北海道には
お仕事で?」「いえ、有給消化です。
それよりもさっき、クラゲとか。
あれは一体、何なんですか?暗闇で
赤く光るなんて、初めて見ました。」
「あれは『猫魔ホラークラゲ』という
巫山戯た名前ですが、学術的な見地で
言うと…。」「あっ!それ…ッ!
もしや【猫魔岬】で見つかった?!」
「ええ、そうです。」
「…ッ。」僕は漸く窓から眼下を
覗き込んで、絶句していた。
そこには 見た事もない光景 が。
石狩湾から利尻水道の方まで、島の
辺縁がわかる程、北海道西岸部一帯が
暗闇の中で赤く光っている。
美しく神秘的というよりも、思わず
背筋に悪寒が走った。
怖い。
何故だか分からないけれど、僕は今
心底 恐ろしい ものを見ている。
あれは、一体 何 なのだろうか。
と、突然。機内放送が。
《…日本海北部を震源とした震度六強の
地震が発生致しました。因って当機は
千歳には着陸せず急遽、帯広空港に…》
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