第34話 深海事變
【猫魔岬】最大のイベントでもある
『濤祓え』も終わり、藤崎が仕組んで
二尾の女将が乗った お持て成し は
予想以上の効果を上げた様だった。
筧会長は多分、ハナから此処で事業を
起こそうと決めていたんだろう。皆の
前で自らの想いを語った事で、それを
確固たるモノにしたに違いない。
定例報告で本丸に出張っている藤崎も
今頃は、ドヤ顔で報告を上げているに
違いなかった。それは【猫魔岬】に
しても 良い事 であり、一つの町が
大きな一歩になる。
「……。」藤崎の、矢鱈と整った
ドヤ顔 を想像して、思わず口許が
緩んでいるのがわかった。
当初は、又しても自己愛の強い
軟弱な野郎が不満と絶望を抱えて
ダウナー気分で左遷されて来たのかと
思っていたが、蓋を開ける前から妙な
ハイテンションで、いつの間にか
全てを巻き込んで輝いている。
「いらっしゃいませー!」「?」
そんな事を考えていたら、客が来た。
「女将さん。今日は、なしたべ?」
客は『渚亭』の女将、二尾香子だ。
滅多に銀行になど来ない彼女が一体
なしたんだべか?
「…藤崎支店長さん、いるかい?」
二尾の女将が何やら大きな鞄を手に
入口から真っ直ぐカウンター横の
運用相談ブースへと入って来た。
藤崎が赴任してから、このブースを
使う事が多くなった。それは普通に
資産形成やら運用やらの相談で、皆
何かしらの 成果 にはなっていた。
今までは殆どなかった事だ。
「ああ、支店長は東京出張さ。今頃
【猫魔岬】に筧会長を誘致した話ば
自慢げにしてるんでねえか?」
「何だ…なら、課長さんでもいいっけ。
やっぱり町興しって言ったら、何か
名産品とかキャラクターとか?それに
キャッチコピーとかも要るしょや!」
女将はそう言うと、鞄を開けて何やら
取り出した。
「女将さん、何を持って来たの?」
テラーの下田さんが覗き込みに来る。
「えっ…何これ?なまらめんこい!」
女将が出して見せたのは、B4スケッチ
ブックに描いてある 奇妙な絵 だ。
それに下田さんが食いついた。
「私、若い頃に海豹に化かされた事
あるっけ!」「えっ…本当かい?」
「本当さ。浜をうろつく野良猫等も
そのうち化けるんでないかい?」
寸の間二人で何やら盛り上がって
いたが、一頻り盛り上がると今度は
こっちに矛先を向けてきた。
「ねえ、課長さん。これどう思う?」
鯨の様な生物…だが顔だけは、猫。
「えっ…どう、って。何だべ?この
なまら不気味なクリーチャーは。」
「…したっけ、これならどうさ?」
エリザベスカラーみたいにクラゲを
纏う…猫…の身体が何故か…蛙?!
「クリーチャー感、増しマシだべ。」
「したら、これなんかどうだべか?」
沢山の猫が組体操して魚の形を取って
いる構図…これ、何か既視感ある。
浮世絵的な何かで。
「いや女将さん、何だべこれら?
藤崎だったら食いつくかもだけど。」
「そうさ!支店長さんに是非とも
見て欲しかったんだべさ【猫魔岬】の
マスコット!かなり真剣に考えて
残ったのが、この三つなんだけど。
イマイチだけど、謙介さんが描いた
『猫魔クラゲろげろっぴー』と、
富子様が描いた『
あるっけ。」
「………。」マジかよ。
どれもこれも。女将は結構これで
絵が上手いから、直球でキモい。
かと言ってキラキラした目で如何にも
得意そうにしてる女将の気持ちを
無下には出来ないしょ。
「これかな。」適当過ぎるべや、俺。
「うーん、それか…。」え?何か
文句あるのかよ。もう、藤崎さっさと
帰って来てくれ!
そう思っていたら。
「いらっしゃいませー!」又もや
客が来た。助けを求める態で視線を
向けたらこれが又 百目木教授 だ。
彼も真っ直ぐこっちのブースへと
やってきた。
「ああ…龍弥君、藤崎支店長は?」
又、藤崎かよ。「会議で本店に行って
いますが。」「…そうか。彼にも
一応、ご報告にと思ったんだが。」
奴に一体、何の報告があるんだべ?
メガバンクとはいえ一介の支店長に。
「まだ、詳細については何もわかって
いないが…あの、猫魔ホラークラゲ。
先日の『濤祓え』からこの方、急激に
数が減っているんです。島の岩礁帯に
多少の残留個体がいる筈だが、それも
見られない。」百目木教授は眉間に
皺を寄せながらも、俺にツッコむ間を
寄越さずに更に続けた。
「…今朝方、大学から連絡が来て。
北海道西岸沿いの海底で群発地震が
観測されている様です。」「…!」
俺は思わず隣で聞いている女将を見た。
「明治からこの方、何度も経験してる
事さ。用心には越した事がないっけ、
ウチの人等にも言っとくべさ。」
彼女はそう言うと、店を出て行った。
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