第35話 星々の騒めき

例の、六本木の カフェ・バーで。

いつもの面子プラスαを相手に、

俺は何だか少しだけ気後れしながら

ハイボールを煽っていた。



あの神田専務カンカン執務室での顔合わせと

打合せは、筧地所元会長もとい

『KAKEI地域開発♾研究所』の

所長兼CEO 筧俊作氏のに対して、

ウチがどれだけ

皮算用的な擦り合わせだった。

 そもそも、場所を【猫魔岬】に定めたと

いうだけで、これから現地の人達の

意見を聞きつつ具体的な構想を練る

事になるのだろうが。


それもさる事ながら、あの顔合わせ

直前に、岸田の上司が口を滑らせた

岸田ヤツの  とは。


本人は酷くその話題を避けたがって

いる様だったし、それに関しては

田坂も俺も初耳だった。辛うじて知る

立場にあった『元櫻岾支店長』の

小田桐さんは、当時から今に至って

全くおくびにも出しはしなかった。そもそも、

彼は至極、良識的な店長だった。



そんなこんなで。


小田桐博康氏、田坂優斗に岸田悠輝、

それに俺。六本木のカフェ・バーに

流れて漸く落ち着きはしたものの、

変に落ち着かない  を

持て余す事になったのだ。



「すみませんでした。」変に重たい

空気に耐えられなくなったのか、

それともを見計らって

いたのだろうか、岸田が口を開いた。

「何が。お前、何かやらかしたのか?」

対するは田坂だった。

 岸田が六本木支店に移って以来、

筧関連の法個案件に関わる貌で何かと

岸田の面倒もみてやっていた。

如何にも  フォロー。


「いえ、やらかしはしていませんが。

でもお二人にとっては隠し事をされた

みたいで、不愉快だと思います。」

岸田はそう言うと居住まいをただした。


「…僕の、実家というのは。」


「どうでもいい事だろ、ソレは。

氏より育ち。更に使い物になるか

ならないかは個人の資質と覚悟だ。

それに、やらかしてもねぇのに

易々と謝ンな。」そしてつい、俺も

口を挿む。もうコイツは新人とも

言えないし、俺がどうこう言う様な

立場じゃないけれど。

 案の定、田坂が半ば呆れた様な

笑みを向けて来る。ウザい。


「…そんな事よか、筧地所のTOBが

無事に終わって良かったじゃねえか。

こっちも町の有力者にはもう既に

ネゴり終わってる様だしな。

 あの、柿崎って所長秘書。初めは

メッチャ絡み辛ぇとか思ってたけど、

すげぇよな。筧会長…いや、筧所長の

決断が下るや否や、まるで別人みたく

イイ仕事しやがってよ。」


「あの人は筧俊作の甥っ子ですよ。」

小田桐さんが、生ハムでメロンを

器用に巻きながら言う。

「元は国交省の官僚で、退官して

中途で筧地所に入った。結構ご苦労

された様ですから、筧元会長には

御恩があるのでしょうね。」

流石この人、何でも知ってるよな。

本丸の役員補佐という立場になって

拍車が掛かってる。


「それはそうと。筧所長はすっかり

【猫魔岬】にご執心だ。ワンチャン

支店の存続とかは、ないんですか?」

田坂が尋ねる。「それなんですが。」

対する小田桐さんは、これ又いつもの

困った様な笑顔で答える。


「確かにそういう議論は出ています。

ですが既に周知している事ですから

今更それを覆すのは…。」「確かに

一度決まった事が、ましてやリリース

したものが覆るのは見た事が無い。」

「そこが『銀行』の難しい所ですね。

一度、出したものを安易に覆す事は

出来ない。如実にに関わって

来ます。そもそもの大前提として、施策が

揺らぐ訳には行かないんですよ。」



カフェ・バーは平日のせいなのか、

然程は混んでいなかった。多分、ここ

六本木支店でさえ、いずれは法人専門に

特化されて行くのだろう。

 利用客層の平均年齢やら生活様式、

近隣ATM利用状況など様々な情報から

類推され、『店舗削減計画』へと

反映されてゆく。合理化、と言えば

聞こえはいいが。



「それなら、どうしてもっと熟考して

議論を重ねないんでしょうか…。」

今まで黙々と料理を食っていた岸田が

唐突に話に入ってきた。

「全てが万事、机上の空論というか。

余りにも安易で軽すぎます。まるで

子供の思い付きみたいな稚拙な施策を

いつの間にかリリースして。案の定、

失敗しても責任すら問われない!」


「おい…岸田。」田坂が戸惑いの

声を上げる。幾ら気に懸けてやって

いるとはいえ、岸田の上司はあの

近藤とかいうモラハラ野郎だ。

日頃の鬱憤もさる事ながら、若いが

頭の切れる岸田にとって、色んな

嫌なモノも見えて来たんだろう。



「…僕はずっと悩んでいました。

実家も、僕がいずれ銀行を辞めると

思っている。でも、僕は辞めません。

必ず這い上がって、

と思っています。」



「………。」いや、マジか。











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