第33話 太白星と超新星
矢張り 鶴の一声 というものか。
筧地所株式会社の会長を退いて、
新規の事業を展開して行く、その
現場は【猫魔岬】一択とする。
そんな筧会長の言葉に異を唱える
者は、もはや誰も居なかった。
あの柿崎秘書でさえ。
筧会長の 想い に対して彼自身も
思う所があったんだろう。あれ以上の
反対も失言も、以降一切なかった。
聞けば、柿崎秘書は筧会長の退任に
合わせて自身の退職が既に決まって
いたらしい。そこにどんな事情が
あるのか俺は知らない。そもそも、
知る必要がない。
そんなこんなで。
俺は、もうすっかり馴染みとなった
本丸の上層階。例のふんわり沈み込む
赤絨毯の廊下を歩いた。
頭取やグループCEOらの執務室と
同階にある 伏魔殿 へ。その道程も
又、慣れた道行きだった。
表向きは『猫魔岬支店』の閉店に関する
進捗報告だが、どうせ俺の報告なんぞ
マトモに聞く気があるのかは微妙。
それよりも、今回は特別参加が数人
あるのを密かに俺は知っていた。寧ろ、
そっちの方が余程に重要だった。
東京法人営業第一部の蒔田部長と田坂。
六本木支店の近藤支店長と岸田。
そして筧不動産株式会社の前会長の
筧俊作。当然、秘書の柿崎もいるに
違いない。
「猫魔岬支店長の藤崎です。」木の
一枚板で出来たドアを軽くノックする。
「どうぞ〜!」相変わらず巫山戯た
反応だが、まぁそれにも慣れてはいる。
中身が分かってるびっくり箱なんぞ、
只の箱だ。「…失礼します。」言って
俺は役員室のドアを開けた。
「いやぁ、久しぶりだね!藤崎君。」
全然、久しぶりじゃねえし会いたくも
ないんだけど。そう思いながらも俺は
適当な愛想笑いで誤魔化す。
「閉店の進捗報告に上がりました。」
予定調和とはこの事だろう。もう既に
奴等は着席してスタンバっていた。
「…。」互いに視線を交わす。
え、小田桐さんも?役員補佐だから
仕方がなかったのか、相変わらずの
困った様な顔で微笑んでいる。
入って正面に執務机、その右側には
革張りの豪奢な応接セット。そして
左側はちょっとした会議が出来る
十二席の会議テーブルがあった。
専務のクセに東南角部屋の
執務室は、昨今外部勢力も多くなった
執行役員の中、辛うじて生え抜きの
彼の 立ち位置 を如実に示して
いる様だった。
「今日は田坂君や岸田君達も呼んだ。
嬉しいでしょう?あと、お客様がじき
見えられるんだが…その前に我々で
顔合わせという訳だ。まあ座って。」
「有難う御座います。」「いやもう
こちらこそ!早速、良い仕事をして
くれて本当に感謝してるよ。流石は
藤崎君。【櫻岾】の時はハラハラ
させられたけど、あれが布石だったと
思うと、君の商売センスには心底
ゾッとするね。」
テメェの、その、世界の全てに
於けるセンスのなさにゾッとするわ!
そう思いつつ。
「筧俊作元会長の新規事業展開の
件でしょうか?」「そうそう!
まさかの、あの【猫魔岬】に
誘致したんだって?正式に融資や
何やの申し入れがあってね。それも
相続対策だって言うんだからね。」
ここ急に短プラも上がってるし。
まさかのこの時期に。ってのはまあ
アノ御仁には関係ないんだろう。
カンカンから着席を促されて、
俺は岸田の横に座る。田坂とは丁度
アイコンタクトが取れる斜め対面。
ふと、このまま怪談でも始めたら
筧会長、喜ぶだろうに。そんな
事が脳裏を過ぎり、思わず口元が
緩む。「…?」と、斜め対面の
田崎が何かを目で訴えて来る。
あぁ、そうか。笑うなってか?
蒔田部長が半ばビビり顔でこっちを
ガン見してくる。
と、同時に内線が鳴った。飛ぶ様な
足取りでカンカンが受話器を取る。
「いらっしゃった!」そして事も
あろうか、自ら馬鹿デカい木の扉の
外に出て行った。
「皆さん、どうぞ楽にして下さい。」
小田桐さんの一言で、張り詰めていた
場の空気がやっと普通に戻った様だ。
尤も、ガチガチに緊張していたのは
法営の蒔田部長と、岸田の現在の上司
六本木の近藤支店長だ。
多分、拠点長会議で会ってはいる。
だが俺にとっては全く印象にもない
その 彼 が、岸田を挟んで声を
掛けてきた。
「藤崎支店長、お噂は岸田君から
伺ってます。今回の案件でウルトラ
スーパースターに格上げですね。」
「…え?」何言ってんだ?コイツ。
取り敢えず、笑っとく。
「岸田君のトレーナーだったとか。
お陰で彼も立派なバンカーとして
このプロジェクトに参加する事が
出来ます。勿論、支店長として私が
付きますがね。」「…。」
何故に今、岸田?
俺はヤツの顔を見る。「?」ナニ目ぇ
逸らしてんだよ?
「彼の御父上にも喜んで貰えます。」
瞬間、眉間に皺を寄せる岸田の顔。
俺は初めて見ただろうか。
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