第29話 猫魔恐怖海月

襖が開いた瞬間の皆各々の表情は

それこそ絵に描いた様で面白かった。

『猫魔大明神』の眷属達ねこたちは、大体が

この部屋でゴロゴロしているから、

女将の香子きょうこにしてみれば至極普通の

光景だろうけれども。それはそうと


 筧俊作かけいしゅんさく とは実に興味深い男だ。


この旅館の折衷様式を褒めるなど、ここ

数十年来なかった事だ。大体が経年の

古さを揶揄するのが殆ど。所謂

いうものになっていた。

 支店長ふじさきが言うには、【猫魔岬】の

を残しつつ活性化を企むという。

き。神性を得て百余年、まだまだ

浅いが全力で加護を授けたいと思う。


ともあれ、今は 八百比丘尼 の話を

聞きたいと言う事だから、

をしなければならないのか。

 私は人魚の肉を食べた訳ではなく

人身御供となる事で、神霊の慈悲と

寵愛とを賜っただけなのに。


 さて、どうしたものか。


『開かずの間』には筧、筧の秘書柿崎、

藤崎、権堂、そして香子が座している。

そこに何故か学者の百目木が加わり

皆こっちを真剣に見つめている。

 この陣形、まるでではないか。

面白い話など出来る筈も無い。この

旅館の代々の女将を精査するのだって

私の念慮を伝えるのに映像の共有で

凌いでいる。全く…どうしたら。


「富子様に、是非にも伺いたい。」

そんな時に声を上げたのは百目木だ。

札幌の師範学校の先生か。銀行でも

『猫魔大明神』の調査を声高に主張

していたが。

「何か?」「単刀直入に伺いますが、

貴女は一体どういう存在なのです?

この旅館の  というが。」

「…。」それはこっちが聞きたい。


「…それに、この猫たち。私は今まで

生物学者として研鑽を重ねて来ました。

貴女は明治時代に 人身御供 として

『猫魔大明神』に捧げられたというが

は調査の結果、極めて珍しい新種の

海洋微生物である事が分かりました。

 貴女はどう見ても人間に見えるが、

江戸生まれの当年、百七十四歳という。

『猫魔大明神』の御加護と言いますが、

あれは海洋微生物。

珍しいとはいえ、です。」


「百目木教授、それは流石に失礼に

当たるのではないか?」筧が言った。

「この世には、常識で割り切れない

現象は沢山ある。突き詰めれば、その

に 解明 が追いついていない、

只それだけという事ではないかね?」

「…それは。」「私は事業家ですから

結果を先ず想定します。その上で様々に

検討する訳だが、想定通りに行く事は

略々ないに等しい。その、

それが『猫魔大明神』だと言うのなら

何かきっと理由があるのでしょう。」


「宮司はアレを『猫魔大明神』のって

言ってたっけ、それを信仰する人達が

?ソイツを本来の海神である

大綿津見神おおわだつみと習合して神聖視したしょ。

海には色んなモノがいるっけ。」

 権堂が自説を打つ。神との 習合 は

合っている。


三者三様…か。


「…ていうか。

それ、何とか此処の目玉商品に加工

出来ないモンですかね?由良宮司から

八百比丘猫が『猫魔大明神』の

分け与えられて不老不死になった、と

聞きましたけど。

 まあ、マジでクラゲ食べたからって

不老不死はないだろうけど、害はない

クラゲなんでしょう?百目木教授。」


 この、藤崎という男。まぁには

聞いていたが。


「確かに、無害ではある。でもまだ

分からない事だらけです。いきなり

土地の名産にするなんて無謀ですよ。」

百目木が慌てて反論する。

「でも、暗闇で赤く光るんだべさ!

、食品には

無理でも、観光名所としては相当に

強いんでないかい?」香子が推す。

この女将、当初から見所のある娘だと

思っていたけれど。


そもそも…これは何の会だったのか。

筧に最北端の人魚伝説について話を

聞かせろと言われたのだが。


まあ良いか。



「扠、筧俊作。単刀直入に聞くが、

新規不動産事業を始めるのに、この

【猫魔岬】を検討しているというのは

眞事まことか?」「はい。出来ればまだ

どこも目を付けていないような、

それでいて古い伝承などもあり又その

土地の人々が振興を望んでいる土地。

 そういう所がベストです。勿論、

地理的な事や地質学なんかも併せて

考える必要がありますが。」「成程。」


「ちょっとお待ち下さい、会長。」

筧の秘書が声を上げた。どうやら

この男、秘書というより

近いのだろうか。

「何かね?柿崎君。」「せめて、もう

少しな所に。社長も大変ご心配

していらっ…え。うわあぁ!な、何だ

コイツらは?!」


やれやれ、とは正にこの事。



眷属達が一斉に背中の毛を逆立てた。









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