第13話 赧い鳥居と人魚

さっきから、なまら空気が悪いんだが

それって別に、俺のせいでねえべや。

新月が 本丸会議 に被ったのは、

誰のせいでもない…ていうか。


「残念なのは分かるが、仕方ねえべ。

ソレ聞いてたっけ、会議欠席すんのか?

少しは支店長の自覚持てや。」「…。」

恨めしそうな目で見るな。

「…来月もし雨とかだったら無しだろ。

ビデオ撮るとか写真撮るとか…!それ

普通ならやるだろ?マジで接客業?」

「…。」今度はこっちが黙る番だ。


確かに、写メっておけば良かったかも

知れないが、当日は準備と後始末が

あるからそんな事、いちいちやって

られねえさ。しかもここらの人間は皆

当たり前の風景だから、然程の感慨も

ない。朱い鳥居の篝火なんて、大体

他所から来たヤツしか…。「あ!」

「何だよ?!びっくりさせんな。」

豆鉄砲喰らった様な顔でも、コイツが

やるとのが何かムカつく。


「そういや、百目木教授等が色々と

調査してたべ。もしかすっと、写真も

撮ってるかも知れねえ。」「マジ?」

「ああ、篝火手伝いに行った時に

会ったっけ。多分まだ『渚亭』に

いるんでないか?」「それ、どこの

料亭だよ?」「旅館だよ。オマ…いや

アンタの荷物が遅れた時に、そこさ

泊まれるって言ったべ。」「あー!

あの『恐怖!』か!」


着任当日に荷物一式が間に合わずに

ヒトの家に転がり込んで来たから

追い出そうとしたっけ、結局はその

まんま居座られた経緯があった。

後に件の旅館のを見て、初めて

泊まりたがるという…この、よく

分からないコイツの感性とは。

しかもかなり年季の入ったその旅館に

誰もが皆んな心の中では思ってるけど

言い出せなかった

付けやがって。


「いいか?権堂。俺は遊びでやってる

訳じゃねえんだよ。何とか【猫魔岬】の

を図る。その為には何か、人の

心を掴むモノがねぇと。な?」

な?って…完全に 遊んでる べや。

「訴求力ってのが【猫魔岬】にどれだけ

あるのか。今ンところ『根古間神社』の

朱い千本鳥居と新月神事。それから

『妖怪居酒屋猫又』の料理。後は新月の

夜に猫みたいな声で鳴く巨大水性生物

『猫魔大明神』だな。そんでもって、

お宿は『呪いの網元屋敷』…か。

もうこれ、夏の怪談ツアーでイケるか。

いや、若干弱い!」奴は一気に言うと

矢庭に立ち上がった。「……?!」

「ちょっくら出掛けて来る。」そして

店の外に出て行った。





【猫魔岬】の活性化を図る、って。


この寂れた漁師町をどうこう出来ると

本気で思ってるのか?そもそも、

この町には、さっき奴が言った様な

胡乱なモノしかない。お化け屋敷の

ネタにこそなっても所詮、それだけで

終わってしまう。



「権堂課長、検認お願いします。」

下田さんが自己宛小切手を持って来る。

「振込めばいいのに、何で安くもない

手数料払ってまでになんか。」

「防犯上、何に使うのか聞いてみて

くれや。」「聞いたべさ。何でも親戚の

新築祝いだって。」「わかった、もう

少し詳しく聞いてみるべ。」


詐欺の横行も、存外問題ではある。


こんな鄙びた漁村にだって詐欺は

横行する。一見 高額の現金狙い の

イメージがあるが、最近はそんなに

単純じゃない。 広く浅く の原則は

銀行ではなく寧ろ、犯罪組織に

用いられている。



「ご来店有難う御座います。課長の

権堂です。」ロビー側と一線を画した

相談ブースで俺は名刺を渡す。

「…有難う御座います。」「…。」

一瞬ギョッとする。ブースに通された

客が。いや、客の手が余りにも白い。

「…あー、すみませんね。こんな

所に呼び出して。」目の前にするまで

俺はてっきり 高齢者 かと思って

いたが。

「本当はピン札で欲しいんです。でも

それが出来ないって言われたので。」

見ればまだ十代か二十代前半だろう。

若い女。しかも抜ける様に色が白い。

「申し訳ありません、今あちこちで

詐欺が横行しているので、当行と

致しましては極力、振込でお願いして

いるんですが…そっちの方が手数料も

掛かりませんし。」「…。」女は

にゃ、と笑った。


その瞬間、ゾッとした。


「あ、あのう。…差し出がましい様で

恐縮ですが、新築祝いと伺いましたが

どちらの?」「私の…親戚の。これは

『猫魔大明神』様からの  で

御座います。」「はッ?」俺は二の句が

継げずに固まるが。


「…仕方がない。」


女はそう告げるや、俄に立ち上がって

出て行ってしまった。

「……。」




 女が座っていた椅子は、海の水で

濡れていた。








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