第31話 太白星の唖然

俺が着任して以来、何だかんだで見る

事が叶わなかった新月の朱い鳥居の

篝火ライトアップ。


 本来『濤祓え』が起源だって事は

聞いていた。


大綿津見神おおわだつみの娘である玉依毘賣たまよりひめ

仲介役にハナシが

の人身御供へと転嫁した。

 それが明治に野蛮な因習だとして

禁止されてこの方、新月の暗い浜辺を

歩く者達へのとして。同時に

宵闇の浜辺を背景にして千本鳥居の

間に据えられた篝火が朱く揺らめく

美しいへと姿を変えた。




そして今、まさかの『網元屋敷』の

『開かずの間』に据え置かれている

六十五インチ液晶テレビの大画面に

本来、秘儀である所の『濤祓え』が

映し出されていた。



「あッ、神社だべ!」権堂が言う。

「これは一体どういう原理ですか?

ドローンとか…でも、この風雨では

無理じゃないですか?」百目木教授が

困惑顔で俺に尋ねるが。

「まぁ、そうでしょうね。」適当に

答える。ぶっちゃけ、俺がどうこう

してる訳じゃねぇからな。

「……。」まだ何か言いたそうな顔を

していたが、流石は教授だ。もう何も

言わずに画面を注視している。

何か言った所で。現実が目の前で

展開されているのだから。


「これは富子様のテレビと眷属達の

お陰だべさ。」二尾の女将が代わりに

答える。「現場は台風の風が凄くて、

とてもじゃないけど近寄れないさ。

宮司さんの手伝いに、ウチの人ら

氏子衆も行ってるけど、慣れた者で

なきゃ、神社の階段上がるのだって

緩くないしょ。

 折角の東京からの大事なお客様に

是非にも見て貰いたいって、今回

富子様にお願いしたっけよ。」


「テレビは私の為に香子が用意して

くれたものだ。日頃はゲームをして

退屈を紛らわせているが、現場にいる

眷属等の  を通して見た儀式の

様子を、この大画面に映している。」


「…。」見れば確かに猫等の数が

減っている…様な気がするだけかも

知れないが。

「始まるぞ、心して見るが良い。」

富子の一声で皆の視線に緊張が走る。


先ずは『根古間神社』の社殿から

神職の 正装 である白い狩衣に身を

包んだ 由良智治ゆらともはる宮司 が現れた。


 瞬間、思わず歓声が上がる。


祝詞を唱えているのだろうが、如何せん

猫の眼で見た映像だ。声は聞こえない。

「スゲェな…迫力が、まるで違う。」

「支店長さんに提供した写真は、普通の

新月のライトアップだべさ。これは正に

荒濤を鎮める命懸けの祈祷しょや!」

二尾の女将が誇らしげに言う。


「猫の視点にしては、高いのでは?」

柿崎秘書が、誰に言うでもなく口を

挿むが。「明神様の眷属は全てが猫と

いう訳ではないぞ。」それに対して、

意外にも富子が応えた。

畢竟ひっきょうこの地にえにしを求めて、明神様の

加護を受けんとしんこいねがう者。即ち、

猫でなくとも。私自体も眷属の一つと

言えるのだし。」「あ、貴女は…。」

「人としては既に存在していない。」

一瞬、皆の視線がテレビ画面から

富子に移る。



確かに、この女。銀行のシステムで

照会するとと堂々と検索

される。システムがイカれてなけりゃ

何らかの  が働いているに

違いないだろう。そうでなければ

色々と、あり得ない。

 しかも、パッと見で判断しちゃ

駄目だろうけど、どう見ても十代後半の

若いに見える。



「何だ…?!あれは。」突然、権堂が

声を上げた。見れば海の中が仄赤く

光り始めた。それが雨風に翻弄され

かさを増している。既に島の反対側へと

移動しているのだろう。千本鳥居の

間の篝火は見えない。その代わりに、

荒れ狂う海が不気味な赤に輝いている。


海面が膨張している?


俺は奇妙な既視感を覚えた。いや、

確かに見ているのだ。嵐の中で海が赤く

膨張するのを。

          海嘯つなみが。


いや、あれは。

が、古くからこの海に座す

『猫魔大明神』そのものなのだろう。



「…宮司?」視点がれ始めると同時に

由良宮司の姿が消えている。

「大丈夫なのか?」今迄じっと黙って

画面を見つめていた筧会長が口を開く。

「宮司さん、なしたべか?!」二尾の

女将が携帯を出して、何処かにかけ

始めた。氏子総代として社務所に詰めて

いるだろうか。


「まさか、波に?」柿崎秘書が呟く。

「いや。由良宮司は『猫魔大明神』を

預かってかなり長いと聞いている。」

「筧さん。」突如、画面から消えた

由良宮司の安否に皆が騒然となるが。


「…今、ウチの人に連絡したっけ!

向こうでも確認してくれるべさ。」

女将もいつになく険しい表情で、

眉間に皺を寄せる。

「えッ…そんな馬鹿な…今、え?」

と、突然。百目木教授が場違いな

声を上げた。


あれ程、沢山いた筈の猫が一匹

残らず消えている。そして、あの

二尾富子の姿も。


 いつの間にか消えていた。











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