第7話 根古間神社

何だかもう、呆れて言葉も何もない。

それは俺の正直な感想だが、奴が

知ったら又しても襟首を締め上げに

来るだろう。何せ、あの見た目に加えて

相当に無軌道やんちゃな奴だ。


只、変に偉振らない所は好感が持てる。


否、いやいやいや。もう少しは威厳を

見せねえと。そりゃ、見ったくねえより

イケメンの方が良いに決まってる。だが

それだけじゃ決して務まらないのが

【猫魔岬】の地域性だ。




「…コレが例の  か!」

岬の陸繋島へと延びる砂洲を渡ると

朱い鳥居の列を見上げて、奴が言った。

いい歳して、全く子供かよ?ましてや

『支店長』だべ。それでも如何にも

嬉しそうにしているコイツを見ると、

素気無すげなくするのは何故か心が痛む。


下からは見えないが、この鳥居を全て

潜ると『猫魔大明神』の境内になる。

「壮観だべ?」鬱蒼と繁る木々の間に

クマゼミの声が響く。海風が心地よく

葉を揺らしては、朱い鳥居の間を

通り抜けて行く。

 だが、夏はまだこれからなのだ。

北海道の夏は短いなんて誰が言った?

ここ数年は寧ろ、沖縄よりも暑い日が

あるぐらいだ。

「スゲェな…想像してたよりデカい。

これの間に一つずつ篝火焚くのか。」

この暑さにも関わらず涼しげな顔で

海風に晒された鳥居を仰ぐ。

「…そういや、岬の突端にある灯台。

あれ、使わねぇのか?」「ああ。

津波で大破して、それっきりさ。」

「…津波で?」


かつて、この漁師町を津波が襲った。


「もうかなり前の事だ。」「津波の

原因って何だったんだろな。やっぱり

地震とか?」「確か、海底地震だな。」

俺は実際には それ を知らない。

只  として知っているだけで。


「ここらで一番高い所にあるのに。」

「…津波のメカニズムとしては。

湾になっている所に最も波の力が

作用する。灯台は陸繋島の突端だから

その威力をもろに受けるべや。」

「…権堂って存外、物識りだよな。」

専攻してたっけ。」

「マジかよ…。俺、オマエの事てっきり

ススキノホスト からの転職者だと

思ってたわ。」奴はそう言うと改めて

俺の事をまじまじと見てきた。

「まさかの、理系?」「そうだが。」

ていうか、ホストから転職して来る

銀行員なんているのかよ?まあ、案外

いるのかもな。コイツが 支店長 を

やってるぐらいだ。



夏の太陽が照りつける中、朱い鳥居に

囲まれながら長い階段を登るのは

流石にキツい。漸く『猫魔大明神』の

境内へと辿り着いた時には少し息が

上がった。一方で、奴はすっかり

テンションを上げている。

 「…いや…マジでヤバい!でも、

何コレ…猫じゃねえか。狛犬じゃなく

狛猫!」早速、神社の狛猫を見つけて

写メっている。確かに世間一般には

あまりないだろう、狛犬ならぬ狛猫は。

でも此処は『猫魔大明神』だ。



神社の境内は、岬の丁度ど真ん中に

位置している。鳥居を意識したのか、

朱い社殿の横に社務所を兼ねた宮司の

自宅があった。

「おい。宮司、いるかい?」俺は玄関の

三和土から廊下の奥へと声をかける。

そして靴を脱いで上がりかけるが。

「おい。」「?」「勝手に入ったら

マズいだろ?」「いや、構わねえさ。

此処らはそんな土地柄だ。」


「銀行さんかい?入って来いや!」

由良宮司が廊下の奥から顔だけ出して

呼ぶ。どうやら応接じゃなくて奥の

宝物庫に通される様だ。「行くべ。」

俺は、心なしかの様に

なっている 奴 を促した。




「いや、いらっしゃい。支店長さんは

初めてだべ?実は、今日はもう一人

お客が来てるべ。『猫魔大明神』の話、

聞きたいってよ。」宮司はそう言うと

頭に巻いていた手拭いを外す。

「今、麦茶でも持って来っからな。まあ

部屋ン中さ入って涼んでてくれや。」

言うや俺たちを残して行ってしまった。



神社の宝物庫とは言うものの、宮司の

居住圏内にある六畳間だ。エアコンで

冷やされたその中には、もう既に男が

一人、座っていた。「…!」


「どうも、お邪魔します。って、え?

もしかして…先日。」意外そうな顔の

奴が言う。「ああ、貴方…あの時の!

これは又、不思議な巡り合わせですね。

まさか、こんな所で再会するとは。

【猫魔岬】の銀行に新しく来られた

支店長さんというのは、貴方の

事でしたか!」



百目木どうめき教授…。」


その名を呼ぶ事は、もう二度とないと

思っていた。

「お久しぶりです、権堂君。話せば

長くなりますが…この度、例の調査を

再開する事になったのですよ。」


「……何だって?」


「大学から正式な許可が下りました。」

彼はそう口にした。







  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る