第9話 猫鳴き太白星

今迄は補佐的な立ち位置で見てたけど

実際に任されてみると『支店長』って

マジでしんどい。


運用顧客は殆どいない、居たとしても

積立NISA をやってる程度だ。そして

融資も既にエリアの法人部門の管轄に

なっていたから、支店がどうこうする

必要はない。

【猫魔岬】の駅前にはウチの他にも

金融機関はある。寧ろ、全国に細かく

展開しているだけに顧客数はウチより

遥かに多いだろう。


《とにかく、店を閉めてくれれば、

それでいいから。》北海道入りの当日

エリア長にはそう言われたが…。





「柄にもなく、落ち込んでねぇか?

飯食いに行くべ。まぁ、此処らは

居酒屋が結構、美味いモン出すっけ。」

余程ヒドい顔をしていたのか、権堂が

珍しく声を掛けて来た。

「…ああ。そりゃ、楽しみだな。」

「声のトーン死んでるべや。」言いつつ

ヤツは表情を和らげる。


「あの宮司、何とか町興しがしたくて

一生懸命なんだ。この  にも

ご意見番として一枚噛んでる。アンタが

来た時も、なまら 支店長 が

来たってあちこちで吹聴してたべや。」

「それマジでビビったわ!まさか取って

食われたり生贄にされたりしたら洒落に

ならねぇ!」俺は初対面での由良宮司の

舐める様な視線を思い出す。


「いや、あれは単なる 好奇心 さ。

悪い人じゃない。心配すんな。

【猫魔岬】は嘗て人身御供の風習が

あったっけよ、本来、神社は寺と違って

穢れを嫌う。仏教は『輪廻転生』が

根底にある死生観だから死を穢れとは

見做さねえけども、神社は違うさ。

『猫魔大明神』の人身御供は明らかに

から発生したと言えるべ。」

権堂はそう言うと、さっさと机周りを

片付け始めた。


「博識だよな、オマエ。」まさかの

院まで出てたとは。って事は二年は

俺の後輩に当たる訳だけど。「常識。」

「ずっとホストだと思ってたけどな。」

「強ち間違ってねぇさ。俺はガキの頃に

父親がここの海で行方不明になってる。

奨学金じゃどうにも足りないってんで

大学の一回生からススキノでホストの

バイトしてたっけよ。」珍しく権堂は

饒舌だった。コイツなりに気を遣って

くれてるんだろうけど。


「…あのオッさんの話だけど。」

セキュリティを確認して、店の鍵を

かける。もう辺りは薄暗かった。


「百目木教授か。あの人は俺の父親の

弟子みたいなもんだ。父親が消息を

絶った時、一緒にこの岬に来てたから

責任感じてるんだわ。関係ねぇのに。」

 存外、拘ってるのはコイツの方だろ。

親父も 未確認巨大生物 の解明を

諦めなかったって言うんだから、まあ

似たもの親子なんだろうけど。


「…こないだの、海鳥硝子激突事件。

あれだってじゃねえのか?

鳥は夜目が効かねえから夜に飛ぶ事は

ない。何かから逃げて来たのか、他に

何か理由があンのか。

 此処らの海にあんな化け物がいたら

町興しも何もねぇだろ?じきに此処も

浜開きする、ってテラーの下田さんが

言ってたけど、うっかり海水浴なんぞ

やってられねえ。」


「あれは、だよ。」


「は?!」「冷静に考えろや。あれは

『猫魔大明神縁起』に存在が記されて

いるんだべ?幾ら何でも、

様な 生物 は

いねえ。ましてあのデカさなら、世代

交代した、ってのも考え辛いしょ。」

「…なら何なんだよ?」「だから幽霊。

いずれ百目木教授が検証するべ。」

「…。」「心配すんな。あれは新月の

夜にしか岬には来ない。」「…。」





『猫魔岬支店』は駅前にある。そこから

南北に伸びる商店街を抜けると、急に

荒ぶれた風景になる。浜からは距離こそ

あったが、今はもう誰も住んでなさげな

古い漁師小屋が点在する。

国道沿いにはチェーンのレストランとか

家電量販店なんかも確かにあるが、

矢張り過疎化は深刻そうだ。

 「…。」俺はふと『根古間神社』の

朱い鳥居を思い出す。



「おう、着いたぞ。ここだべ。」

権堂に連れて来られたのは、商店街の

外れにある、これ又 妖怪屋敷 と

見紛うばかりの店だった。「此処って

コンセプト居酒屋?」「何言ってんだ?

普通の居酒屋だべ。」


提灯には『海鮮居酒屋 海猫』と書いて

あるが、その提灯も半ば破れかけて

いる。長いこと浜に打ち捨てられていた

如何にもな網が、入口横に掛かっていて

荒ぶれ感がハンパない。何か磯の妖怪が

出て来そうな佇まいだった。


「そったら所でいつまて写メってねえで

行くべ。」権堂はそう言うと、呆れた

様な笑顔を見せた。









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