25.舞踏会
「なぜ、そんなに無表情なんだ」
気持ちを無にしているリンにイーサンが聞いてくる。赤い顔は元に戻っていた。
「煩いなあ、頑張って無になってるんだ。心頭滅却火もまた涼し、だ」
「なぜ無になる必要が?」
「私はドレスとかエスコートされる、とか、リードされる、に慣れてないんだ、恥ずかしいんだよ」
おまけに、たった今気付いたが、好きな男になんだぞ。
油断すると、ときめくのだ。嫌になる。
「なんだ、恥ずかしいだけか」
イーサンが、ほっと息を吐く。
「どうした?」
「いや、俺のエスコートが嫌なのかと」
「嫌じゃないぞ。赤獅子のエスコートなんて光栄だ」
嬉しい自分が嫌なのだ。
「こちらこそ、女神の相手なんて光栄だな」
イーサンが眩しそうに微笑み、完全にときめくリンだ。
ああ、もう、マジで、嫌だ。
レディとしてのリンをエスコートしているからだろう、イーサンの物腰がいつもより柔らかいし、表情も甘い。
いちいちときめくし、その色香にくらくらする。
はあーーーーーー、前、見よ。
前だけ、見よ。
よく分からないが、想像すると妙に落ち着くルミナス総帥を思い浮かべる事にする。
頭の中で眼鏡を描き、そこに細い目を足して、髪の毛を乗せ出すと少し冷静になってきた。
冷静になってきてからイーサンを窺うと、すぐにこちらの視線に気付かれた。
「ダンス、そんなに不安か?」
「ダンス?あ、そうだな。ファビウスに練習してもらったが、結構足を踏んだ」
「………………」
イーサンの顔が強張った気がする。
「そんな顔するなよ。ピンヒールで踏む訳じゃないんだし、出来るだけ頑張るから」
「……リン、殿下とのダンスが終わったら俺と殿下は挨拶に回るから、お前はゆっくりしていろ。サーラ団長にお前の護衛を頼んでおく」
「え?ファビウスに?いや、いらないよ。あいつも仕事だろ、私に護衛は必要ない。何なら剣だけくれたらそれで充分だ」
「そういう訳には」
「今日は参加客も多いし、大変だろう?気にしなくていい、ほら、着くぞ」
会場に着いたので、リンは会話を打ちきった。
「イーサン・ランカスター殿!カリン・ネザーランド殿!」
名前を告げられて、会場へと入る。
会場の多くの人々の目が、リンとイーサンに注がれた。
「まあっ、ネザーランド団長がドレスですよ!」
「あら、うそ、初めて見ました」
「やだ、ドレスも素敵ですね」
「正に“女神”だな」
「美しい」
「お隣はサンズの赤獅子将軍でしょう?野蛮な感じかと思っていたのに、こちらも素敵ですね」
「当たり前だろう、サンズの公爵家の出だぞ」
「まあ!」
ざわざわと色めき立つ。
ひそひそと話されている中には、「人気の女神殿は王子殿下を支持されている、という事でしょうか」「前国王とは戦争の末期に仲違いしていますしね」「こうなると、王妃派に流れる方が多くなるでしょうか」というような事も話されている。
ドレスは慣れないが、こういうのは慣れてるので、微笑みながら会場を横切る。
イーサンも慣れた様子で、顔見知りには軽く挨拶しながら、卓の1つにたどり着くと、ウェイターに飲み物を頼んだ。
飲み物を待つ間に、すぐに仕事中のはずの警備の若い騎士達がやって来た。
「ネザーランド団長!本日はすごくお綺麗ですね」
「ドレス姿、そんなんなんですね。お似合いです」
「うわあ、今度俺と踊ってください」
「いいなあ、ランカスター団長」
皆、目がキラキラしている。
「誰が踊るか、仕事しろ、仕事!」
「ネザーランド団長、喋ると、いつもの団長が出ちゃいます」
「ほんとだ、団長だ…」
リンが一喝すると、一気に残念そうになる騎士達。
「ああん?」
「リン、それ、殿下の前では控えてくれ」
「煩いな、しないに決まってるだろ」
ぷりぷりしていると、冷えたシャンパンがやってきて、リンはありがたくいただく。
騎士達が何くれとおつまみを見繕って持ってきてくれるので、それもありがたくいただく。
イーサンと騎士達と談笑していると、1曲目の音楽が流れ出した。
これ、踊らないとな、と思ってイーサンを見ると、イーサンが公爵家令息らしく、とてつもなく優雅にその手を差し出す。
「お相手を願えますか?」
声色が甘い。
これにドキドキしてしまって癪だったので、リンも、とびきりの甘い笑顔で応えてやった。
「喜んで」
イーサンが、ほうっと息を吐いたので、甘い笑顔は成功したようだ。
「なかなかだろう?」
手を取られて、会場の中央に向かいながら聞くと、「なかなかなんてものじゃないから、止めてくれ」とこちらを見ずに言われた。
「なあ、奥手なのか?」
「煩いな」
ぐいっと強めに腰を引き寄せられる。
「おい、コルセットは?」
腰を引き寄せたイーサンが焦った。
「着けてないよ、そんなもの」
「は?」
「動きにくいだろ?最近は着けないご婦人もいます、ってシルビアさんも言ってたぞ」
「……お前、俺と殿下と以外は絶対に踊るな」
「え?そんな縛りもあったのか?」
それは聞いてない。せっかくだから仕事中のファビウスを誘惑でもしてやろうと思っていたのだ。
「ああ、絶対にダメだ」
ファビウスのリードより幾分強引なリードでダンスが始まった。
強引だし、何やらイーサンは怒っているようだが踊りにくくはない。
好きな男とのダンスなんて、浮わつくんじゃないかと心配だったが、意中の男はむすっとしているし、リンはリンで慣れない女性パートを踊るのに必死だったので、存外、浮わつかずに済んだ。
イーサンの足だって2回しか踏まずに1曲目を終えると、リンの手はイーサンからライアンへと引き継がれた。
イーサンは2曲目をルイーゼ王妃と踊るようだ。
「本日もとても美しいね」
ルイーゼを名残惜しそうに見ていたライアンがリンに嘘臭く微笑む。
「ありがとうございます、殿下」
この笑顔にもすっかり慣れたリンだ。
ライアンがルイーゼには切ない顔をしているのを知っているので、最近は可愛いとすら思える。
てっきり、ライアンの瞳の色である青だと思っていたルイーゼのドレスは落ち着いたアイボリーで、ふんだんに施された刺繍の糸だけが青く、ライアンの遠慮が手に取るように分かった。
可愛いとこもあるんだよなあ。
リンはにこにこしながら、ライアンと踊り出す。
「そうそう、ネザーランド団長に聞いておきたい事があるんだけど」
そんな可愛いとこもあるライアンが、曲の半ばに小声で囁いてきた。
「何でしょう?」
「私的な事で申し訳ないんだけどさ、あなたとサーラ団長は将来を誓った仲なの?」
「ファビ……サーラ団長とですか?」
「うん、恋仲だと噂だよね」
「そういう噂があるのは知ってます」
「それ、サーラ団長も否定しないんだよねえ、本当なの?」
リンは小さくため息をついた。
いつもなら適当に流すのだが、この腹黒王子には、きちんと説明するのが一番ややこしくなさそうだ。
「仲の良さは否定はしません。恋仲ではありませんが、噂を否定した所で仲は良いので余計に邪推されるんです。なので否定していません」
「へえ」
「サーラ団長の恋人だ、というのは便利な部分もあるんです。これでも20才くらいの時は縁談の申し込みも多くてですね、男爵家では断りにくい相手でも、バックにサーラ伯爵家となると、強引に進められないんですよ」
なんだかんだでリンに優しい従兄弟は、そういうリンの打算的な考えも汲んでくれていると思う。
「なるほどね、よかったあ」
「よかったんですか?」
何がだろう。
「うん、戴冠式が無事に済んだら、相談したい事があるんだ。これなら相談しやすいよ」
「はあ、相談ですか?」
「ネザーランド団長側に相談したら、あっちがヘソ曲げちゃいそうだから止めてたんだけど、剣術大会の決勝を見て、もしかしたら、こっちの方が話が早いんじゃないかと思ってさ」
「あの、あっちとは?」
ライアンの意図が全然分からない。
「今は分からなくていいよ。私とのこの会話は内緒にしてほしいな。私にだって楽しみは必要だからね」
ふふふ、とライアンは笑い、2人はダンスを終えた。
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