3.告白

「こっちは副団長のシア・バトラーだ」

食事を終え、食後の紅茶までいただいた後、イーサンは彼とに引けを取らない背丈の黒髪の大きな騎士を伴って現れた。


リンは紹介された、シアを惚れ惚れと見つめる。

「でかいな、羨ましい限りだ」

「胸の話ですか?」

シアが低い声で聞き返す。

シアは豊かな胸の持ち主だ。


「ふはっ、まさか、そちらは動きにくそうだからいい。身長の話だ」

吹き出すリンにシアは手を差し出した。


「シアと呼んでください。お噂はかねがね伺っています。尊敬もしています、同性としても、騎士としても」

「では、私のことはリンと」

リンはシアの手を力強く握った。


「いつか機会があれば、私も手合わせ願いたい」

「ふふ、シアは手強そうだ」

「団長を完全に押しておいて、何を言うんですか」

「おい!俺は押されてないぞ」

「団長、見苦しいです」

「うるさい、とっとと本題に入るぞ」


イーサンが怒りながら椅子を引き寄せ、シアと共にベッドの側に座る。


「私はこのままでいいのか?」

ベッドで半身を起こしただけのリンが聞くと、「構わない」と返された。


「しんどくなれば、すぐに言え。さて、カリン・ネザーランド、お前の目的は何だ?」


「検討はついてるんじゃないか?目的はここの捕虜の解放だ。ついでに無血開城して降伏した辺境伯を焚き付けて、解放した捕虜と蜂起し、我が国の首都に迫るサンズ国軍を後ろから討つつもりだった。1ヶ月ほど前から潜入していた。単独だ」


リンはすらすらと全てを告白した。

元々、告白する決意は数日前には固まっていた、後悔はない。


今日、目立つにも関わらず力試しに名乗りをあげたのも、強さで目立てば上の奴らと話が出来るだろうと踏んだからだ。

まさか、手っ取り早くトップの男と手合わせできるとは思ってはなかったが。


リンの告白にイーサンがぽかんとしている。


「どうした?思ったより壮大だったか?」

「いや、あまりにあっさり白状したので驚いている」

「正体がバレてる時点で、そうなるだろう」

「そうだが、普通はもう少し、言い渋らないか?辺境伯の焚き付けまで告白する必要もなかっただろう」


「これでも、かなり打ちひしがれて悩んだんだ」

はあ、とため息をついてリンは続けた。


「私達は知らなかったが、あなた達は知っているのだろう?この戦争はもうすぐルーナが負ける事を。そもそも開戦当初からこちらが勝つ見込みが少なかった事も。

私達は知らなかった、首都に近ければ近い程、王家によって情報が操作されていて、まともな戦況すら知らなかった。さすがにここまで旗色が悪いと、押されているようだ、くらいの感覚はあったがな。

それを、潜入してから知った。ここ以外にも、国境の領地はサンズに内々に寝返っているのだろう?」

リンの言葉にイーサンとシアは少し眉を寄せた。


「早々に状況を知り、辺境伯の焚き付けはムリだと悟った。そして、サンズは捕虜に対して人道的だ。祖国の敗戦は確定だとここの捕虜達は知っていて、敗戦後は故郷に帰れるのを知っている。彼らが願うのは、1日でも早い終戦と家族の無事だけだ、蜂起じゃない。

更に、身内の恥だが、ルーナの今の王家は腐りきっている。あれよりは捕虜を人道的に扱うサンズの統治の方がマシかもな、とも思う。恥ずかしく、悔しい限りだが、国力も国の質も、貴殿達の国の方が上だ」

リンは再び短くため息をつく。


この1ヶ月、捕虜としてここで過ごして、首都に居た頃より正確な戦況を知り、サンズの軍隊を直で感じて、ああ、これは負けるなと思い、サンズの軍隊の質の高さには舌をまいた。


サンズの軍隊は、騎士だけでなく、末端の傭兵にいたるまで、上部の指示が行き渡り徹底されていた。味方の勝利を待つだけの間延びした現場でも、大きく風紀が乱れる事はなく、きちんと統率されている。


捕虜への待遇も適正だ。ルーナの捕虜達は揶揄かわれたり、嫌味を言われたりはあったが、人としてきちんと扱われた。

リンは自分への扱いが人道的であればあるほど、苦々しい思いを募らせた。ルーナでは違ったからだ。


「もちろん祖国は大切で、私は国王に騎士の誓いを立てている、私の名声を利用すれば付いてくる者もいるだろう。しかし、ここで無理矢理に戦争を長引かせるのは違う、騎士の誓いを押し通すのはただの自己満足だ」


一気に話し終わって、イーサンとシアを見ると少し悲しげな険しい顔をしていた。

軍神とまで謳われた騎士が、仕えるべき国と王家を見限るざるを得なかったのだ、同じ騎士として同情しているのだろう。


「そんな顔をしないでくれ、我が国のサンズの捕虜への扱いを思うとただひたすらに申し訳ない」


「あなたの管轄の団では、サンズの捕虜達は手厚く扱われていた。戦えない者はすぐに解放されていたのも知っている」

「捕虜達に手厚かった団は、数える程しかない。多くの指揮官は、進んで虐待はしなかったと思うが、部下達の行いは止めていなかった。惨い仕打ちを私も知っている。私が詫びてどうなるものでもないが、すまない」


「それをするべきは、ルーナの王だ。あなたではない」

イーサンが怒気をはらんだ声で言う。


「はは、ありがとう。さて、告白ついでに願いがあるのだがいいだろうか?」

「なんだ?」


「私を解放してくれ」

「は?」

「勘違いしないでくれ、先ほど言ったように戦争を長引かせるつもりはない。首都に戻って私の団と主要な団を説得しよう。この戦は早く終わらせた方がいい、説得に応じた者達はこちらに向かわせよう。寝返ったとなればルーナでは惨い仕打ちが待っているからな」


「それを信じろと?」

「難しいか?そもそも、混乱を引き起こそうとしていた時点で首をはねるか?」

「それは自白だけで何の証拠もない、首はいい」

「なら、行かせてくれ」

「ルーナ国の戦の女神を解放するわけにはいかない、お前が降伏の説得をせずに前線に戻れば、ルーナの士気は上がる、首都の攻略が長引くだろう」


「そんな事はしない、私を信じて欲しい」

リンは金色の瞳で真っ直ぐにイーサンを見る。

イーサンは困った顔をした。


「信じようにも、お前は今日会ったばかりの敵国の騎士だ。今の告白もこちらを油断させようとしているのかもしれない。騎士としては信じたいが、俺はここの指揮官だ、はい、そうですか、とはいかない」


「では、あなたに誓おう。剣を貸してくれ」


リンはおもむろにベッドから出る。

シアがすぐに剣を渡した。


「おいっ」

敵国の騎士に簡単に剣を渡したシアにイーサンが焦るが、リンはすぐにイーサンの前に跪くと剣を突き立てて、頭を垂れた。


「おおいっ」

今度は跪くリンに焦るイーサンだが、リンは全く構わずに声を張り上げる。


「カリン・ネザーランドは騎士の名において誓う。この身は今日よりイーサン・ランカスターに捧げる。あなたの正義が私の正義だ」


「勝手に捧げるな!俺はただの一騎士だぞ」

「何を言う、ランカスター公爵様だろう?まだ継いでなかったのだったかな?あれ?次男だったか?まあ、どちらにしろサンズの公爵家だ、王族みたいなものだろう」


「簡単に括るな!」

「シア、剣をありがとう」

「おい、無視するな!」

「という訳で、私は行く」

リンはベッドサイドに置いてあった騎士服をさっさと着込みだした。


「待て!お前はさっき倒れたんだぞ?おまけに寝返りの説得なんて、バレたらお前はどうなる?」

「私が早くに説得すれば、それだけ流れる血が少なくてすむ、女神の説得だ、期待しててくれ」

「おい!」

イーサンがリンの肩を掴む。


「イーサン、騎士で上に立つ者なら分かるだろう?ここから1人も死なせたくないんだ」

リンが静かにそう言うと、イーサンは手を離して、シアに指示を出した。


「シア、馬を手配しろ。リン、戻ってこいよ」

「ああ、シアとの手合わせの約束もある」

リンはにっこりすると、部屋を出ていく。シアがその後を追った。







***


1ヶ月後、辺境伯の城にルーナの首都より、降伏の意を掲げたルーナの騎士団が複数辿り着いたが、その中にリンの姿はなかった。


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