4.説得
「っ、赤獅子に騎士の誓いだと!」
思わず大きな声を出してしまい、金髪のきらびやかな騎士は、はっと口を押さえた。
「おっまっ、マジか?!」
金髪の騎士は小声になって、リンに詰め寄ってきた。
「近いぞ、ファビウス。マジだ、誓ってもいいと感じた、戻ってくる必要もあったしな」
リンは詰め寄るファビウスを押し退けながら答える。
ここはルーナ国の城の外廊下だ。リンは5日前に捕虜となっていた辺境伯の城から王都に戻ってきた。最近のサンズ国との戦況が芳しくないせいで、城全体の雰囲気は暗い。
リンと話しているのは、ルーナで近衛騎士団長を勤めるファビウス・サーラ。
リンとは騎士団の同期で、血は一滴も繋がってないが戸籍上の従兄弟でもある。
「いやいや、だからって、誓うなよ。敵国の将軍だぞ」
「好感の持てる男だったぞ。さて、そういう訳で私の団は3日後の出陣に合わせて、西の辺境伯領へと向かう。近衛はどうする?」
リンは王都に帰るなり、国王に王都を目指しているらしいサンズ国軍の迎撃を命じられた。
たった一団で敵国の軍団の迎撃をするなど、馬鹿みたいな指示だ、足止めにもならないだろう。
夜陰に紛れて奇襲を繰り返すようないやらしい戦法を取れば、鬱陶しくはあるだろうがその程度のものにしかならない。
元々、見限るつもりだったが、この迎撃の命により、リンは完全に国王と国の中枢に愛想を尽かしている。
自分の団の副団長には全てを話し、迎撃のルートから逸れて辺境伯領を目指すよう指示済みだ。
「お前なあ、俺に団ごと突きだされるとか考えないのか?」
「私とお前の仲だ、そんな事はしないだろう?それに、このままでは王都で白兵戦になる。そうなれば都の民にとって地獄だ」
帰ってきてみると、都でも城でもこの戦争の敗色が濃い事が真しやかに噂されていた。
サンズの軍が自国内を進んでいることも公然と話されている。
サンズと国境を接する西部や南部の領地が寝返りつつある事も、ひそひそと囁かれていた。
そんな中、国王は王都での徹底抗戦の構えを見せているらしい。
王都での徹底抗戦など、愚かとしか言いようがない。市街地で戦になれば、民が巻き添えをくい、町は壊滅的な被害を受ける。
その先にあるのは、ただの時間稼ぎだ、ここまで戦況が不利なら勝てるわけがない。
「あのクソ……陛下は本当に何を考えておられるんだ?そもそと迎撃だって、私の団だけでは何の意味もない、無駄死にしろと言っているのとじゃないか」
「リン、クソ陛下と言ってしまっているぞ、口に気をつけろ」
「お前も今、言ったぞ」
「はは、真実だしな。情けないがサンズ軍の方が我が国の事を考えてくれている、戦況不利の情報を流しているのは彼らだろう、進軍もとてもゆっくりだ。各地で略奪はせず、食糧の供給までしてるらしいぞ、降伏を促しているんだよ」
ファビウスが麗しい笑顔で言う。
元々きらびやかな男だが、笑うとますます華やかな優男になる従兄弟だ。
「なぜ降伏しないんだ?」
「クソ陛下は怯えきっていて、ご自分の命が惜しいんだと。降伏してもおそらくトップの首は飛ぶだろうからな」
「はあ?それが国王たる者の責務だろう。ファビウス、お前、どうするんだ、まさか国王と心中しないよな?私の団に合流しろ」
「そうだなあ、俺も都で白兵戦をやる気はない」
「なら、一緒に行ってやってくれ」
「行ってやってくれ?一緒に行こうではなくて?どういう事だ?」
「私は城に残って、陛下を説得するつもりだ」
リンの言葉に従兄弟は固まった。
「お前、何を言っている?お前の団が寝返った事なんてすぐにばれるぞ。俺の近衛もいなくなればもちろん関連していると分かる。死ぬぞ」
従兄弟の顔つきが変わる。それまであったきらびやかな気配は一気に消えた。
「残った騎士と民間の兵士で城に籠城されれば、たくさん死ぬ。ここを動けない者もいるんだ、それは止めたい。降伏を説得する」
敗色が濃くなったとしても、都や近くに家族がいる者は最後までここに残るだろう。
忠義に厚い者も。
国王や中央の貴族は腐っているが、軍のトップの総帥は尊敬に値する人だ。国王ではなく、総帥に心酔している者も多い。そして総帥は生粋の軍人で国に全てを捧げている。
あの人は降伏するなら自刃を選ぶだろう。
リンとて、総帥に心酔はしているが、自分の信念は“死んでも生きろ”だ。
男爵家の娘として生まれたが、ほとんど平民と同じ環境で暮らしていたリンには騎士や貴族の矜持は理解は出来ても納得は出来ない。
泥臭くても、惨めでも、生きていれば何とかなると思っている。
だから、騎士として華やかに散る、や、見事な死に様、なんてするべきではない。
そういう死は、出来るだけ減らすべきだ。
だから降伏の説得をするつもりだ。
「陛下が聞くわけないだろう?そんな無駄な事……待て、それなら説得には俺が残る。リン、近衛の奴らはお前の指示なら聞く。女神で俺の従姉妹だからな。俺が残るからお前は辺境へ戻れ」
「ダメだ」
「ならお前が残るのもダメだ、リン」
ファビウスがリンの肩を強く掴む。
「ファビウス、お前が残れば、お前は間違いなく殺される。私なら、女神であるし人気もある、殺しはしないさ」
「リン、俺は死は怖くない。戦争に負ければサンズはある程度は国の中枢をすげ替えるだろう。サンズがどこまで粛清するかは分からないが、近衛騎士団長の俺は対象になる可能性はある。俺の生死はいいんだ」
「ファビウス、私は死に様を語るのは嫌いだ。お前は少しでも生き残れる方に行くんだ。陛下に殺されはしない私が残る」
「それでもダメだ、なあリン、忘れてないか?お前は女なんだぞ?他の方法で貶めることだって出来る、知ってるだろう?」
「国王はそこまで屑ではないよ」
「リン」
ファビウスの声が掠れる。
この従兄弟とは小さい頃からの幼馴染みで、優れた女騎士でもあったファビウスの母に共に手ほどきを受けた仲だ。
互いに順当に出世し、持ちつ持たれつでやってきた。世間では恋仲の噂があるのも知っているが恋愛感情はない。
あるのは兄弟のような親愛の情だ。
「私の団を頼む、他にもあと3日で説得出来そうな所は説得するつもりだ。お前がまとめてくれ」
リンは穏やかに笑うと、肩を掴むファビウスの手をそっとどけた。
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