5.降伏の軍勢
占拠している辺境の城に複数のルーナの騎士団が到着したのは、リンが去って1ヶ月後。
城門の前に現れた一団の報を受けてイーサンが城壁に駆け付けると、それを認めて一騎、前に進み出てきた。
どうやら、この降伏の意を掲げる団のまとめ役のようだ。
てっきり、リンが率いてくるものと思っていたのに、進み出てきたのはアッシュグレイのショートカットの女騎士ではなく、白馬に乗った煌々しい金髪の優男だった。
金髪の騎士はマントを付けず、帯剣もしていない。手には敵意のない事を示す白い花の花輪を持っている。
城壁に立つイーサンがこの城の主だと分かっているようだ。優男はイーサンを静かに見上げてきた。
「俺が行こう」
「危険では?」
傍らのシアが眉を寄せる。
「相手が一騎で来てるんだ、名のある騎士なのだろうし俺が迎えるのが筋だろう。弓を構えておけ、少しでもおかしな素振りがあれば、射殺せ」
「分かりました」
イーサンは城壁を降りると、自身も馬に跨がり、門を開いて金髪の騎士と対峙した。
「貴殿が名高い、サンズの赤獅子将軍、イーサン・ランカスターだろうか?お初にお目にかかる、私はファビウス・サーラ、恥ずかしながら国を捨て、付いて来てくれた者達を率いてきた」
金髪の騎士、ファビウスは、全く恥ずかしくなさそうに、にっこりと甘い笑顔を浮かべる。
「ファビウス・サーラ、近衛騎士団長だな?そして女神の騎士だ」
「そのようにも呼ばれているな。あの女神殿に騎士は必要ないのだがね」
笑みを深めるファビウスにイーサンはイライラした。
女神とは、もちろんリンの事だ。
ルーナの近衛騎士団長ファビウス・サーラと、戦いの“女神”と呼ばれる第二騎士団長のカリン・ネザーランドが恋仲であるのはサンズまで聞こえてくる有名な話だ。
ファビウスとリンは従兄弟同士で幼馴染み、年はファビウスの方が2つ下だが、騎士団への入団は同じ年で同期でもある。
幼馴染みだけあって、2人の仲は周囲がそうと知るほどに親密だ。
祭典の時に騎士の正装に身を包んだリンとファビウスが楽しげに談笑している様子は、とてつもなくお似合いで、ルーナでは明らかに2人をモデルにした恋愛小説まであってベストセラーらしい。
双方、軽い恋愛話はちらほら聞かれるが、本命はいない。きっとお互いこそが本命なのだと噂されており、当人達も否定はしていない。
そういう貴婦人達が好みそうな話は敵国の事であっても聞こえてくるのだ。
「リンはどうした?」
そう聞いてから、イーサンは自分の言動に驚く。
カリン・ネザーランドをわざわざ愛称で呼んだからだ。
ここは私的な空間ではないし、降伏してきたとはいえ、相手は敵国の近衛騎士団長だ。本来ならネザーランドと家名で呼ぶべき場面なのに、“リン”と愛称が口をついて出た。
俺は、まさかこいつに張り合ってるのか?
驚きながらファビウスを見ると、ファビウスも少し面食らっている。
「失礼、女神殿が俺にそのように自己紹介したんだ」
「ははっ、あいつらしい」
花が咲くような笑顔でファビウスが笑い、イーサンはまたイライラする。
「それで、リンは?」
「それが降伏してきた敵軍にまず聞く事ですかね?」
「俺に、降伏の説得を約束したのはあいつだ、そして俺はリンを信用して自由の身にした、まずはリンと話すべきだろう」
「なるほど、残念ですが、ネザーランドはこちらに来ていません。彼女はルーナの城に残りました」
「なんだと?」
「我が国の王が、王都での徹底抗戦を考えているようで、それを止めさせるのだと」
ファビウスの言葉にイーサンの剣が素早く抜かれた。
あっという間にファビウスの喉元に、その切っ先が突き付けられ、城壁の上の弓兵達に緊張が走る。
「貴様、それで自分だけ、のこのことこちらに来たのか?!あいつがどうなるか分からない訳ではないだろう!」
イーサンの殺気で、ビリビリと周囲の空気が震える。ファビウスの笑顔が消えた。
「……降伏の軍は誰かがまとめなくてはいけなかった。もちろん私もネザーランドが残るのは止めた」
「止めただと?無理矢理にでも引っ張ってくるべきだろうが」
「それが出来たらそうしたさ。俺よりリンの方が強いんだ、仕方ないだろう。女神の自分は殺されはしないから、残って国王を説得するときかなかったんだ」
ファビウスの一人称が“私”から“俺”へと変化する。声色もイーサンと同じくらいイライラしてきて、余裕がなくなる。
イーサンはそんなファビウスの様子にますますもやもやが募った。
「あいつは女だぞ?殺されないからといって無事で済む訳がない」
「リンが女だという事は、俺だって本人以上によく知っているよ」
「じゃあ、殺してでも連れてくるべきだった、場合によっては死ぬより惨い目にあう」
「ランカスター将軍」
ファビウスは掠れた声でイーサンを呼んだ。
その顔がくしゃりと歪む。
「あなたが、リンを気にかけてくれているのは分かったが、俺にとってカリン・ネザーランドは従姉妹で幼馴染みで騎士団の同期だ、過ごした年月も想いもあなたより強いと自負している、大切な半身なんだ。これでも責め苦なら十分に感じている」
口調は冷静だったが、声は掠れたままだ。
そこまで想ってるなら、騙し討ちしてでも連れてこいよ、とイーサンは思うが、そこで、しかし自分もこの辺境の城から「降伏の説得に行く」と言ったリンを危険だと知りながらも、解放したなと気付く。
騎士としての彼女の気持ちと誇りを奪ってはいけない、と思ったのだ。
自分とこの優男は同じだ。
「はあ、悪かった」
イーサンは剣を納めた。
リンの今の現状を徒に想像して悼んでいてもしょうがない、こちらはこちらで出来る事をするべきだ。
「ルーナのクソ陛下は、クソだがクズではない。そういう貶めはしないと信じてはいる」
「その違いは分からないが」
「それで、私達は受け入れて貰えるのだろうか?」
「武装解除して捕虜としてでも良ければ、受け入れよう」
「ありがとう。そして、早々にお願いがある」
「なんだ」
「ルーナの騎士達が落ち着いたら、リンと同じように、あなたに忠誠を誓うから私を自由にして欲しいんだ。王都へ戻ってリンを救出したい」
「次から次に、勝手に誓わないでくれ、それはダメだ」
「そこを何とかお願いだ」
「ダメだ」
「ランカスター将軍」
「貴殿、1人ではダメだという話だ」
「?」
「正確な人数や所属は後で確認するが、降伏の軍はかなりの大所帯に見える。近衛まで入っているという事は王都の軍勢はかなり手薄だろう。それなら散らばった軍を呼ばれる前に一気に迫った方がいい、明日にでも俺の団が出て、サンズの本軍に合流し進軍を速めるように勧める。そのまま先に王都へ向かえばいい、一緒に来るか?」
「いいのか?」
ファビウスの顔が輝く。
「王都や城に詳しい者がいれば助かる。我が軍に混ざる事になるが、それでもよければ、むしろ同行をお願いしたい」
「ありがとう、なら、剣を貸してくれ。この場で誓おう」
「止めてくれ、俺はただのいち騎士なんだ。俺に忠誠を誓ったリンが寄越した奴だ、信用しよう」
「私が言うのもなんだが、敵国の騎士を簡単に信用するべきではないと思うぞ」
ファビウスが少し心配そうにイーサンを見てくる。
「あなたのリンへの想いは本物だという事は分かる。少なくとも、あいつを救うまでは裏切ったりしないさ」
「ふむ、俺がこれから従う男は単純な馬鹿ではないようだ」
「よく勘違いされるが、馬鹿ではないな」
イーサンが手を差し出すと、ファビウスは力強くその手をぐっと握った。
握手が終わると、ファビウスは後ろを振り返って、控えている騎士達に高らかに叫んだ。
「ルーナの騎士達よ!我らはこれより捕虜となる、しかし恥ずべき事ではない、これは祖国を焦土としないための決断だ!」
「「「はい!」」」
「そして、お前達の憂いは赤獅子が解決してくれる!赤獅子は女神の救出に動いてくれると言ってくれたぞ!」
わあっとルーナの騎士達から歓声が上がった。
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