6.再会
リンはルーナ国の城の地下牢に居た。
国王に降伏の説得をしたが、王は聞く耳を持たず、複数の騎士団をそそのかしたとして、激昂して自らリンを鞭で打った。
その場で首もはねようとしたが、騎士からも国民からも絶大な人気を誇る女神を殺すべきではないという側近の必死の説得により、命を奪うのは踏み留まり、リンを地下牢へと入れたのだ。
地下牢に入って1ヶ月半だろうか、少し前に王は首都から逃げ出したらしい、主の居なくなった城は以前にも増して不安定だ。
リンはというと、地下牢に来てからずっと、看守の男に食事と引き換えに体を迫られていて、少し気のある素振りを見せては、のらりくらりとかわしている。
看守は糞みたいな男だが、そのお陰で餓死はしてないし、少ないが情報も入ってくる。
背中のむち打ちの傷は一部が膿んでしまったようで、治りが悪い。
まあ、この環境ではなあ。
石畳に薄い布を引いただけの上に仰向けにされながら、リンは周囲を見回す。
ここはじめじめして、底冷えのする、まあまあ不潔な地下牢だ。
捕虜の時の待遇の方が全然よかった。
今日、ついにしびれを切らした看守の男に組み敷かれながら、リンはぼんやりと辺境伯での捕虜達の大部屋を思い出していた。
自分にのし掛かる看守を払いのけるのは簡単だが、今、この糞みたいな男にへそを曲げられては飢えてしまう。本意ではない行為だが仕方ない、リンは出来るだけ意識を飛ばすようにした。そうすることで心は守れる。
なので、リンの心は今、辺境伯の訓練棟の大部屋にいる。そこは寝る時は雑魚寝で変な臭いもしていたが、最低限は清潔で、寝具の洗濯も出来たし、体を差し出さなくても食事が出た。
ここから比べれば、天国だったな。
傷の手当てもしてくれたしなあ。
そして、演習場で剣を交えた赤茶色の髪の騎士を思い出す。
真っ直ぐで力強い太刀筋だった、リンの好みのスタイルだ。
出来れば、あの男にもう一度会いたいな、と思っている自分に少し驚く。
何を考えているんだ、敵国の将軍だぞ?
驚いて戒めてから、そもそも、自分もイーサンも国に忠誠を誓う騎士であり、誓った対象が違うだけで、それを理由に尊敬や好意を抱くのを否定するのは違う、と思い直す。
実際、戦場でまみえたり、捕虜となったサンズの騎士の中には、部下に欲しいな、と思うような者達も多くいた。
それにすぐに敵国では無くなるだろう、この戦争が終わればおそらくサンズは宗主国に、ルーナはその属国になる。
元々が小さな国の集まりで自治領の多いルーナは、統治するのが難しい国だ。
この戦争も内部の争いに手を焼いたルーナの国王が、共通の敵を作って問題を先伸ばしにしようとして始めたものなので、サンズにルーナを征服する意思はないし、旨味もない。
トップをすげ替えて、賠償金を支払わせ属国にするのが妥当だ。
そうすると、別に敵ではないな、主?違うな上司か?……あ!
そこでリンは肝心な事を思い出す。
私、もう、あの男に騎士の誓いしているんだった……
なんて考えていると、いきなり自分の上の看守の首が飛んだ。
「ん?」
びしゃびしゃと生臭い血が降りかかる。
「うわ、ぺぺっ」
口に入りそうになった血を吐き出していると、看守の体だっものが蹴り飛ばされて、リンは力強い腕に抱き起こされた。
「くそっ」
赤茶色の騎士が今日も怒っている。その顔は激怒していた。
彼は、上衣を脱ぐとそれをリンにかけた。
「何をしている!!」
ぐわんぐわんとイーサンの大声が地下牢に響く。
「何とは?」
ナニしてたのだが、とは思う。
会いたかった男が目の前に居て、少し動揺しているのが分かった。もちろん、動揺はおくびにも出さない。
「あんな奴の首ぐらい、素手で折れるだろう!!」
イーサンが看守の死体を指差す。
「付き合えば食事をくれると言うので仕方なく」
「はあ?」
「操を守って餓死するほどの淑女の精神はない。死んでも生きろ、というのが私の団の精神だ。乙女なんてとうに捨てている、気にするな、合意の上だ」
「合意するな!!」
「嫌がるとああいう男は興奮するぞ、行為がエスカレートする。嫌だが仕方ないな、くらいの姿勢で、たまに声をあげてやるのが一番穏当にだな、」
「もういい黙れ!!!シア!」
すぐに、女にしては驚くほどの長身で豊かな胸の黒髪の騎士がイーサンの後ろから現れた。
そのシアが軽々とリンを抱きかかえる。
「えっ、わっ、シア?歩けるんだが」
「見た目はかなり痩せてます」
「そうなのか?まずいな、筋肉が付きにくい体質なんだ、元に戻すのに時間がかかる。ところで、えーと、ルーナは落ちたのか?私はまた捕虜になるのだろうか」
のんびりと聞くと、「お前は俺の騎士だろうが!!!」と怒られた。
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