7.磔?
シアに抱き抱えられてリンは地下牢の廊下と階段を抜け、中庭に出た。
戦況が悪化してからは、庭の薔薇の面倒を見る者はいなくなり、国王が逃げ出してからは水もやられていなかったようで、中庭は今や荒れた繁みになっている。
そこを我が物顔で占拠しているサンズの騎士達。
分かっていた事だが、リンは何ともやるせない気持ちになった。
ルーナは滅びるのだな。
淡々とそう思う。
サンズの騎士達は、現れた団長と副団長、そして副団長に抱えられたリンを、チラチラ見てくる。
リンへの目付きは敵意というより、興味だ。敬意に近いものまで混ざっている。
「?」
リンは自国を売った騎士なのだ、地下牢にいたから見た目はそれなりにボロボロだろうし、正に辱しめも受けようとしていた。
蔑まれこそすれ、敬われはしないはずなのにこの視線は何だろう。
「リン!」
そこへ、聞き覚えのありすぎる声で自分の名前が呼ばれた。リンには顔を向けずともその声の主が分かる。
サンズの騎士の中から、その騎士服に身を包んで駆け寄ってきたのは、ルーナの近衛騎士団長だった男でリンの従兄弟のファビウス・サーラだった。
「は?ファビウス?」
声で誰かは分かっていたが、敵国の騎士服を纏う本人を見てリンは驚く。
「無事か?」
「いや、無事か?じゃないだろう。何している?なぜ、サンズの騎士服を着ている?」
降伏したとはいえ、こんなにすぐに敵国の騎士服を着て軍に混ざっているなんて、恥知らず過ぎる。
女には軽薄な奴だったが、騎士道精神はある奴だったはずだ。
「お前も着てるぞ?」
ファビウスが面白くなさそうに、リンの羽織る上衣と、上衣を着ていないイーサンを交互に見た。
「これは不可抗力だ」
「サーラさんは、あなたを助けるためならと、我が軍に協力し、城の案内をしてくれたんです」
シアが2人の間を取りなすように説明する。
「だからって、お前、」
お前は近衛騎士団長だろうが、そんな男があっさり鞍替えするなよ、
そう続くはずだった言葉をリンはぐっと飲み込んだ。シアの言う通り、ファビウスはただ自分の為だけにやって来たのに違いないのだ。
「お前が生きてるなら地下牢だと思った。地下牢の鍵の在処を知っている者は限られる、俺が適任だ。ところで、リン、お前……」
ファビウスは言いよどんで、リンの全身に素早く目を走らせた。
リンは粗末な囚人服にイーサンの騎士服の上衣をかけられている。
拷問はされなかったので、手足の指も爪も全部揃っているが、全体的に薄汚れていて、たぶん臭い。
看守はこんな自分にどうやって欲情したのだろう?女神とまで言われていた女騎士が、堕ちている様子にムラムラしたのだろうか?そうだとしたら完全なクズだ。
そんなクズの返り血がリンの囚人服を染めていて、足は裸足だ。
シアが言うにはリンは前より痩せたらしい。
ファビウスの瞳が揺れる。
動揺を隠しているのが分かった。
リンが痛ましいと思われて傷付くのを知っているのだ。
「何だ?私がお姫様抱っこをされているのが、そんなに驚くことか?」
リンはわざとニヤリとしながら言ってやる。
そんなリンにファビウスは、力なく長い息をはいた。
「……お前なあぁ、少しは心配させろよ」
「手も足もちゃんとある、指も全て無事だ」
リンが言うと、ファビウスはそっとリンの足の爪先を手に取った。
「おい?」
「本当だな、足指も全部ある」
「えっ?おい?」
ファビウスはそのまま身を屈めてリンの足の甲に口付けを落とす振りをした。リンは驚愕する。
「うっわっ、おまっ、うっわっ、足だぞ?!私の?!」
「ははは、大丈夫だ、振りだけだ」
「そういう問題じゃない」
「ご無事で何よりだ、女神殿………おっと、そんなに睨まないでくれ、赤獅子殿」
リンの慌てぶりに、してやったりの笑顔だったファビウスの顔がすぐに引きつる。
リンが引きつるファビウスの目線を追うと、かなり怒った顔をした赤茶色の髪の騎士がいた。
「ぐずぐずしてないで、行くぞ」
「行くって、どこに?」
「城門だ、急げシア」
「城門?」
磔にでもされるのだろうか?
「早く歩いても平気ですか?」
シアがリンの体を気遣う。
「平気だ、私は磔にでもされるのだろうか?」
「される訳があるか!!」
鳴り響くイーサンの怒号。
怒った背中がずんずんと進んでいく。
リンは身をすくめて一旦口をつぐみ、少し歩いた所でシアに小声で聞いた。
「シア、お前の上司は、なぜずっと怒ってるんだ?」
「リン、あなたはもう少し、男心に詳しくなった方がいいです」
「おとこごころ?詳しいぞ、体以外は男だからな」
「うーんー」
「シア、その残念そうな微笑みには傷つくのだが」
そんなやり取りをしながら、そしてサンズの騎士達に道を開けられながら、リン達は城門へと向かう。
城門が近づくにつれて、城の外のざわめきが聞こえてきた。
内容までは聞き取れないが、ざわめきは悲鳴や怒号のようなものだと分かった。
リンの顔が強張る。
「シア?外が騒がしいが」
「民衆が押し寄せているんです」
「民衆が?なぜ?」
「嘆願ですね」
「嘆願だと?サンズは罪のない民に何かしたのか?」
ぐるりと歩いた城の中は、荒れてはいたが戦闘の跡はなかった。
国王も逃げているし、てっきり無血開城したのだと思っていたのに、何かあったのだろうか。
「それはありません、王もいませんし、町でも城でも目立った混乱はありませんでした」
「そうか、じゃあ何の嘆願だ」
ほっとしたリンにシアが微笑む。
「自分達の為の嘆願ではありませんよ」
「え?」
「シア、ここで代わろう」
そこで、城門の正面の塔にたどり着き、イーサンが振り向くと、シアからひょいっとリンを取り上げた。
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