20.慰めか注意
「あ、すまない」
「いや、俺こそ」
切り出したのが、同時だったので、まずは譲り合う。
「「…………」」
「私からでいいか?」
「ああ」
「あんな土壇場で、八百長まがいの事をさせてすまなかった」
言いながらリンは頭を下げた。
「…………」
反応がないので、ちらりと見上げるとイーサンは苦々しい顔だ。
「本当にすまない、怒るのは当然だ」
「あ、これは違う、違うんだ、頭を上げてくれ」
謝罪を繰り返したリンにイーサンは慌てて表情を変えた。困ったような顔になる。
困っているイーサンには構わずにリンは続けた。
「決行した時は、これで負けても構わないと思っていたんだが、イーサンの性格なら、あそこで私の誘いを無視して勝つなんて出来なかっただろう。あんな場面で選択肢のない決断を迫って、悪かったと思っている」
「リン、だから違うんだ」
「?」
「お前に怒ってはいない」
「別に気を使わなくてもいい。ただ、あの瞬間までは、本気でやってたんだ。イーサンとの決勝を蔑ろにしたわけではない、それだけは分かって欲しい。対戦は楽しみだったし、試合中も言いようもなく高揚していた」
伝えておきたかった事を一気に話す。
「それは分かっている」
「そうなのか?」
分かっていると言われ、ほっとする。
「剣を合わせれば、相手が本気かどうかは分かる。俺も試合であんなに昂ったのは久しぶりだった」
「そうか、よかったあ」
いつの間にか入っていた体の力が抜けた。
あの試合の自分や、イーサンと共有した時間が嘘だったと思われるのは、絶対に嫌だったのだ。
「……なあ、引き分けにしようとしたのは、誰かに何か言われたのか?」
イーサンは少し迷ってからそう聞いてきた。
どこかから圧力がかけられた可能性を気にしているようだ。
「誰かに言われた訳じゃない。私だって、雰囲気くらい読むさ。ルーナは戦争に負けたんだ。サンズの王族までいる前で勝つわけにはいかないよ。
それにせっかく民もサンズの統治に落ち着いてきているのに、変に刺激する事になるかもしれないとも思った」
リンがイーサンに勝つことで、ルーナの優位を錯覚するような事になれば、揉める原因にもなる。あんな大注目の場面で勝つわけにはいかなかった。
「そうか」
「それで、わざと負けるのは癪だったし、さすがにお前が怒るだろうなあ、と。まあ、あんな引き分けでも怒ったんだろうけど、怒ったよな?」
リンは試合後に礼をした時の不機嫌なイーサンを思い出す。目も合わせてくれなかった。
「確かに怒っていたが、お前にじゃない」
「私にじゃない?」
「ああ、あれは自分に腹が立っていた」
イーサンは、はああ、と長いため息をついた。
ため息の後、イーサンは真っ直ぐに強くリンの目を覗き込む。
「リン、その引き分け云々は、1人で考えていたのか?誰かに相談できたか?」
それは自分を心配している声色だとリンには分かった。
イーサンは、リンが決勝の組み合わせを見て、1人で悩んでいたかもしれない事を心配していた。
「いやあ、相談はちょっとしづらいだろう、八百長の相談だぞ?」
確かに1人で悩んでいたし、数日どんよりとはしたがそんなに深刻ではなかったと思う。イーサンがあまりに真剣なので、リンは出来るだけ軽く答えた。
「そうか」
「だから1人だ。まあ、察している人達はいた。ファビウスとか」
「……そうか」
「あとは、王妃殿下もだな。大会の3日前にお茶に招ばれて、“あなたの身が心配です、無理が出ませんように”と言われた」
あれは労ってくれていたのだと思う。
「すまない」
「なぜ、そこでイーサンが謝るんだ?」
「気付くべきだったからだ」
イーサンの顔に苦々しさが戻る。
「俺にはきっと、戦勝国の奢りみたいなものがあったんだと思う。剣術大会の勝敗の影響なんて考えてなかった、負ければ自分が未熟なだけだと思っていた。
ルーナのお前達がそんな風に気にするなんて全く考えもしなかった、おそらく総帥もだと思う。決勝のカードを考えたあの人に悪気はない」
「それは分かるよ。総帥はとにかく純粋に楽しみにしてくれてたんだ」
うん、そこは、すごくよく分かる。
「俺は、お前の立場や悩みに気付けなかった自分に怒っている」
どうやら過去の自分に苛立つイーサンに、リンはじんわりと心が暖かくなった。
大会前の、どんよりしていた自分が報われた気がする。
そして、自分とは違ってイーサンは毛ほども戦勝国だという事を気にしていなかったのだと気付く。
ああ、そうか、と納得した。
「それだけ、イーサンはルーナに馴染んでたって事でもあるだろ?総帥もだし、王子殿下もそうなんじゃないか?こっちに来てるサンズの人達は私達と対等に接してくれているんだと思う。きっと対等な者同士の大会として開催してくれたんだ。私達が卑屈になりすぎのかもしれない」
言葉にして、しっかりと府に落ちた。
イーサンは自分の事を完全に対等な騎士として見てるんだな、と。
思えばずっと、そうだったのだ。辺境の城で捕虜だった時からずっとだ。敗戦国の騎士だと色眼鏡で見ていたのは、自分だけだった。
「しかし、サンズ本国から貴族達と第二王子まで来てたんだ、ルーナ側が萎縮する事は考えるべきだった」
「そんなに気にするなよ。1人で悩んだっていっても、ちょっと考えたくらいのものだ」
自分の悩みは、とてもちっぽけだったのでは、という気がしてくる。
「本当にすまない」
「だから、気にするな」
リンの言葉にイーサンは眉を寄せた。
あれ?なんで今不機嫌になるんだ?
「なぜここで、リンが俺を慰めるんだ」
「え?何かダメだったか?」
「俺がお前を慰めたかった」
「そうなのか?」
「苦労したのはお前だろう?」
「そうかなあ……なら、どうぞ」
リンは何となく、両手を広げてみる。
両手を広げてから、これは違ったのでは、と思っていると、そろりとイーサンの手が伸びてきて、頭をナデナデされた。
「次からは相談してくれ」
「……慰めじゃなくて、注意じゃないか」
「間違えた。1人で大変だったな、気付けずすまない。でも、次からは相談してくれ」
「ふはっ、結局、注意じゃないか」
リンは再び吹き出した。
雨が小降りになってくる。
「ところで、優勝者への褒美の剣、本当に俺が貰ってよかったのか?」
イーサンが思い出して聞いてきた。
リンとイーサンは、優勝者の賞金は折半にして、宝剣はリンがイーサンに譲ったのだ。
「構わない、あれは私には大振りすぎる。満足に振れない剣をもらってもしょうがない。飾るとこもないしな」
「売ればかなりの値になる」
「いやいやいやいや、畏れ多くて売れないだろ」
「それもそうか」
「お坊ちゃん育ちのくせに、ちゃんと金にはがめついな」
「金銭感覚はまともだ、貯蓄もある」
「ふふ、だから何のアピールなんだ」
そうして雨は止み、リンとイーサンは帰路についた。
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