23.エスコート?

演習場での手合わせ3本勝負の翌日に、リンは今度はイーサンに呼び出された。

イーサンに呼び出されるなんて初めてだ。

潜入捜査の依頼だろうか、と思いながら、第一騎士団の団長室へと向かう。


「第二騎士団所属、カリン・ネザーランド、参りました」

「なぜ敬語なんだ」

姿勢を正してきちんと名乗ると、奥の執務机に座るイーサンが、むっとしていた。とにかく敬語を嫌がるイーサンだ。


「呼びつけるという事は、総帥補佐官として呼んだのかと思いまして」

「確かにそうだが、敬語はやめろ」

「はーい、それで?潜入捜査の依頼か?」

姿勢はそのままで、口調を戻す。


「違う」

「じゃあ、何だ?」


「……3週間後の城で開催される舞踏会に、出てくれ」

イーサンの歯切れが悪い。


「なんだ、そんな事か。戦争の終結を祝うやつだよな、分かった」

リンは即答する。


警備を担当しろ、という事なのだろう。

城での夜会の警備は、通常はファビウスの近衛が担うが、今回は王都とその近郊全ての貴族が招待されている大きな夜会らしいし、警備の人数もいつもより多く必要だ。


わざわざ、呼びつけてまで命ずる事でもないだろうに。

そう思っていると、イーサンは早口で、嫌な事を一気に言ってしまうように続けた。


「エスコートは俺になる最初のダンスをそのまま俺と踊り次のダンスはライアン王子殿下と踊ってくれ後は引っ込んでくれて構わない」



……………………うん?


今、なんと?


「エスコート?」

固まるリンだ。

エスコートは俺?


「不本意だろうが、我慢してくれ。王子殿下の命だ。ルーナの貴族達に女神のお前と、俺や王子が懇意だとアピールしておく必要があるんだ」


エスコートは俺??


「リン?」

「………………」

しばし考える。

エスコートは俺……


「えーと、警備ではなく、参加するということか?」

「そうだ」

「イーサンのエスコートで?」

「そうだ」

「つまり、令嬢として?」

「そうだ」

「ダンスも踊るのか?」

「そうだ」


いやいやいやいやいや!!!


「待ってくれ!無理だ!」

リンは執務机に身を乗り出した。

無理無理無理無理!


「不本意なのは分かる、しかし、」

「いや、不本意とかじゃなくてだな、参加は構わないが、令嬢としては無理なんだ!」

「? どういう?」

「私は令嬢として、夜会に参加した事がない!」

「は?」

「私の実家の説明、聞いてたか?夜会の招待なんか、ある訳ないだろう」

「だが、騎士団に入団してからは、ずっと王都だろう?女神なんだし、夜会の誘いくらいあっただろう」

人気の騎士はそういう誘いも多い。


「それは全て騎士として誘いを受けているから、騎士服で男性側として参加だ」


女性の騎士はほぼ全員貴族の出身なので、普通に夜会やお茶会に参加する者もいるし、リンのように人気がある騎士は、招待を受ける事も多く、妖艶に、もしくは可憐にドレスアップして参加する者が多い。

ホストにもよるが、普段と様子が違う装いは結構喜ばれるし、騎士服は仕事着なので、夜会でまで着たくないという意見が多い中、リンは全て騎士の正装一本で参加してきたのだ。


「そうなのか?」

「そうだ、エスコートをした事はあるが、された事はない」

「……そうか」

「ああ!」

「舞踏会への参加自体は嫌ではないんだな?」

「そういう付き合いも大切だという事は知っている。王子殿下や王妃殿下の為になるなら努めさせてもらう。華やかな場所はそれなりに楽しいし、嫌ではない」

変な難癖をつけられる事もあるが、それさえ流せば、リンは酒も強いし、着飾ったレディと喋るのも好きなので、夜会ではいつもちゃんと楽しんでいる。


「……お前を政治的に利用するんだが」

吐き出すようにイーサンが言う。

最初の切り出し方といい、イーサンとしては、リンにこんな形の舞踏会参加は頼みたくはなかったのだろう。


「王子殿下の命令なんだろ?何度も言うが、別に参加は嫌ではないんだ。こういうのなら前にもあった。だが、令嬢としての参加は無理だ。エスコートされるのは何とかなるだろうが、ダンスが無理だ」


リンとて、今回の城での舞踏会の印象が大切な事は分かっている。

戦争後初の大規模な夜会で、貴族達は新しい指導者達がどんな人物なのか興味津々でやって来るのだ。


それを受けて、宰相がまとめる旧国王派の動きも活発になってきている。これを機に勢力を拡大できたら、と考えているようだ。

リンは宰相の事は個人的には好きではないので、ライアンが取り込んだ王妃派の助けになるのなら、協力したい、とは思う。


「そうか、……ところで、ダンスは踊れないのか?」

「男性パートなら踊れる、ご婦人からの申し込みが多いから覚えた」

「なら、ステップは踏めるんだな」

イーサンが思案顔になる。


「待て待て、なら、何とかなるな、とか考えてるよな?!」

「ダンスは何とかしよう、リードするから付いてきたらいい」

わあ、カッコいい、って、

そうじゃない。


「イーサンならまだしも、王子殿下と騎士服で踊る訳にはいかないだろう?」

「それはちょっと、そうだな。ドレスを着るのは嫌か?」

「そもそも、ドレスは1つも持っていない」

「俺と殿下から贈る、元々そのつもりだった」

「わあ、いかにもだな」

さすが、ロイヤルにノーブルだ。


「こちらの政治的な都合だし、嫌ならドレスは無理に着ろとは言わない」

「ぐっ……」

そう言われると、断りにくい。


「王子殿下には俺から断りを入れておく、ただ、殿下は騎士服でダンスでもいいよ、と言いそうではあるが」

「ぐっ……」

それ、絶対に変だ。


「……はあ、分かった、ドレスを着てみよう。入場と2曲のダンスだけだぞ」

「無理してないか?」

今度は心配そうになるイーサンだ。


「お前なあ、詰めが甘いよ。そこは同意につけこめよ」

あの腹黒王子なら、きっとにっこりしてつけこむ所だ。

「リンが嫌がる事はしたくないんだ」

「嫌がってはない、戸惑ってるんだ。そして、ドレスは贈らなくていい、そういうのは、恋人同士でするんだろ?

値段も高いし、1回しか着ないのに勿体無い。潜入捜査用の備品から見繕うよ」


「……そうか、分かった」

ドレスを贈る事はあっさり引いてくれて、ほっとする。

ちょっと好いてる男に仕事でドレスを贈られるのは何か違う、と思う。


ヒールなんて、履けるかなあ、とぶつぶつ言いながら部屋を後にしたのだが、翌日、今度は黒い笑顔のライアンに呼び出された。





***


「備品のドレスはやめよう?」

圧のある笑顔の王子様だ。

向かい合ったリンは既に詰んでいる予感がした。


「ネザーランド団長は、イーサンが救いだしたルーナの女神で、私からの信も厚い女神、としての参加なんだよ?」

「あ、はい」


「都中の貴族が来るんだ、ネザーランド団長が着ているドレス、もちろん注目されるよね?」

「あ、はい」


「そこに備品のドレス、はないよね?」

「あー、はい」


「ドレス、贈らせてね?」

「はい」


「よろしい。付いてきて」

リンの言質を取ると、すぐにライアンはリンを別室へと連れていく。

待っていたのは、ルイーゼ王妃付きの侍女のシルビアさんだった。その後ろにはデザイナーらしき人物と数人のお針子らしい女性達。


「本人の承諾が取れました。後はよろしくお願いします」

放り込まれるリン。


「え?」

展開の早さに驚くリンにライアンは、「今日の職務は免除してあるから」とにこやかに去っていく。


「お待ちしておりました」

にっこりするシルビアさん。

やっぱり既に詰んでいる予感だ。リンは、観念することにした。


そうして半日かけて、リンのドレスがオーダーされる事となる。


「好きな色はありますか?」

「爽やかな色でしょうか」

「では、青でどうでしょう、今作らせている新しい統一騎士服も青ですし」

「じゃあ、青でお願いします」


「形はどうします?」

「とにかく邪魔にならずに、走れるものでお願いします」

「ネザーランド団長、夜会では走りません」

「有事の際は走れる必要があります」

「……分かりました」


「では、靴は室内履きのような、踵のないものにしますか?」

「ありがたいです。そうしてください」


「ネックレスと、イヤリング、髪留めも選びましょう」

「ネックレスはダメです。服にしまえないのなら、有事の際に引っ掛かると困ります」

「……分かりました、ではドレスはデコルテが出ないデザインにして、イヤリングと髪留めだけにしましょう」

「ありがたいです」


「あ、あと、コルセットなんですが、無しでお願いしたいです。有事の際にですね、」

「分かりました。無くても様になるようにしましょう」


「……シルビアさん、ひょっとして、髪留めに暗器を忍ばせたりできます?」

「それは、ダメです」


という形で、サクサクとリンの舞踏会の準備が進められた。

オーダーしたドレスの代金はライアンが、靴とアクセサリーの代金は、イーサンが持つらしい。

「必要経費だから、くれぐれも気にしないでね?」とライアンには言われ、イーサンには「結局押し切る形になり、すまない」と謝られた。


イーサンはダンスはリードするから何とかなる、と言っていたが、リンは果たして、自分に女性パートが踊れるか不安だったので、ファビウスにダンスの相手もしてもらった。


事情を話すと、ファビウスは心配顔になった。

「リン、お前は政治的な立ち回りをするのには向いてない。大丈夫か?」

「入場してダンスだけだ。以前も何度か前国王に頼まれて国王派の夜会にも顔を出してたし、平気だよ」

「以前は、貴族の勢力もこんなに微妙ではなかっただろ?国王派一強だったからな。今は会議も荒れ気味だし、勢力争いも活発だ。舞踏会の2ヶ月後には戴冠式に結婚式だろう、宰相は王子が国王になる前に会議の勢力を固めておく気だ。変に足を突っ込むと巻き込まれるぞ」

従兄弟が少し真剣だ。


「深入りはしないよ。すぐに休憩室に引っ込む」

「そうしろ。まあ、あの赤獅子がお前を傷付けはしないだろうが」

「ああ、イーサンは優しいやつだ」

「いや、優しいっていうかだな……はあ、知らん、そこは俺が世話を焼いてやる義理はないしな」

ファビウスが何やらぶつぶつ言っている。


ぶつぶつ言いながらも、ファビウスはリンのダンスの練習に付き合ってくれて、

「まあ、何とかなるんじゃないか。当日はブーツでもヒールでもないんだし、踏まれてもそんなに痛くないよきっと」

と、いつもの甘い笑顔でフォローしてくれた。



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