41.レディ扱い ~ルイーゼ編~

国民に向けて、敗戦と降伏、自身の離婚と結婚を発表した翌日より、ルイーゼは再び王妃として振る舞うことになった。


生活の場も客間から元の与えられていた私室へと戻る。

因みにこの私室は、本来王妃が与えられるべき部屋ではない。前の夫は自分の隣の部屋をルイーゼには使用させなかった。側妃に使わせる訳にもいかず、本来の王妃の部屋はずっと空き部屋のままだ。


そんなルイーゼの私室の扉の外には、変わらずサンズの騎士が張り付いているが、政情が不安定な今は監視というよりも護衛の意味合いが強いだろう。元々近衛が張り付いてはいたし、ルイーゼは特に不快ではなかった。


執務室も元の執務室が与えられたが、こちらはすぐに利用するとはならなかった。


戦争末期に溜まりに溜まった通常公務に加えて、戦後処理や戦後の混乱で生じた問題の処理、城と王都を正常な状態に戻す為のあらゆる事に対処しなければならず、しかしこれをやれるのはルイーゼとカザネス宰相とライアンの3人に、イーサンと残ってくれていた数人の文官とライアンの連れてきた補佐官だけで、少数精鋭と言えば聞こえはいいが、仕事の量に対して圧倒的に人が足りていなかった。


おまけにライアンやイーサンやサンズの補佐官には、ルーナの実務や事情を逐一説明しながらの業務になる。


各々の執務室で仕事に当たるのは効率が悪く、また、当初は仕事の分担のしようもなかったので、一番広いライアンの国王としての執務室に10人ほどが缶詰めになって公務にあたった。


敗戦の発表から3日後には、好戦的な幾つかの自治領が早速小競合いも仕掛けてきて、その対応にも追われる。

もはや寝る暇もない。

当初は出来るだけ早くにルイーゼとライアンの結婚式とライアンの戴冠式を手配するはずだったのだが、それも後回しとなった。


執務室の者達は、自分の手元の仕事に手一杯で、その手元の全体像すらも掴めないまま事柄の処理に追われる、という有り様で仕事に追われた。

人々は明け方にやっと身を清め、数時間の仮眠を取った後、再び机で書類に向き合うという生活を送る事になる。


そんな生活を1週間ほど送ってから、このままでは全員が 共倒れになる、という危機感をライアンが抱く。

通常の仕事をするべき状態への感覚は、宰相とルイーゼとライアンの中では、まだライアンがまともだったからだ。

宰相は所謂仕事人間であったし、ルイーゼはまともな仕事環境を知らなかった。


危機感を抱いたライアンはまず、文官達を交代制にした。城に戻って来てくれる者達もちらほら出てきていたので、まだまだ人は足りていなかったが何とか交代制にする。

そして自治領との紛争の現場へも赴くイーサンには、関わる仕事を限定させた。


その後、替えがきかない、ルイーゼと宰相とライアンの決定権を持つ3人についても、緊急の案件以外での深夜の業務を止めるようにと決める。


こうして、執務室で缶詰めになっていた者達の顔色が少しよくなってきた頃、ライアンは夜にルイーゼとライアンと宰相の3人だけが残っているような時には、ルイーゼに早めに休むようにとも言ってくるようになった。


「王妃殿下はもうお休みください」

最初にこのように言われた時は、ルイーゼは抵抗した。


「まだ、終わっておりません」

「終わるものではないのです。あなたは女性です。十分な睡眠を取るべきです」

「これくらいの事なら過去にもありました」

「過去は過去です」

「睡眠に男女は関係ないと思うのですが」

「騎士でもあるまいし、男よりは体力がないでしょう?」


「…………」

確かに体力は劣るがやってる事は書類作業だ。これくらいの事をこなす体力はある。

ルイーゼは珍しくむっとした。

疲れていたのもあったと思う。


「すみません。言い方を変えます。女性をこんな遅くまで働かせていると思うと私がしんどいんです。私の心の安寧のために、もう休んでください」

ルイーゼの気配を察したライアンが困った顔をする。


「はあ……」

ルイーゼは、ここまで言われてはどうしたものか、と宰相を見た。


カザネス宰相は、やれやれ、という顔をした。

彼のこういう態度も珍しい。そしてカザネスは言った。

「妃殿下、今あなたが少し怒ったのが分かりましたよ。あなたにしては珍しいです。疲れておられるのです。

周囲からは王妃として髪や肌の艶も見られていて、その辺りの手入れの苦労も男性とは違うでしょう。お休みになられるべきだと思います」


「宰相閣下、その言い方はどうかと思います。王妃の髪も肌も問題なんてありません」

カザネスの言葉に反応したのはライアンだった。ほんの少し声が苛ついている。


ルイーゼの頭の中で、どうしてここでライアン王子が苛つくのかしら?という疑問が浮かぶ。

でもすぐに、ライアンも疲れているのだろうという結論に達する。


「ええ、妃殿下はいつも、それなりに美しいですよ」

「宰相閣下」

くすりと笑うカザネスに、ライアンが咎めるように声をかける。


「何でしょうか、王子殿下」

「それなり、とは」

「分かりました!もう休みます」

何やら2人が剣呑な様子になってきたので、ルイーゼは思わずそう割って入った。

割って入ってから、少し可笑しくなって笑ってしまった。今の王子と宰相のやり取りは絶対に変だったと思う。

俯いて、ふふっと笑って「変なの」と呟く。

ライアンが目を瞬いた。


「変な喧嘩はやめましょう。私は明日もそれなりに美しくするために休みます。それにしても、お二人も通常の状態ではなさそうです、随分とお疲れの様子ですよ。早めに切り上げてくださいね」

ルイーゼは顔を上げると、ふんわりと微笑んで2人に告げた。



そうしてこの初回以降は、ルイーゼはライアンに早めに休むよう催促されれば素直に従って休むようになった。

一度受け入れてしまうと、こんな風にレディ扱いされるのも、むず痒いが嫌な気分ではない。

ライアンの態度は女を卑下するものではなく、ルイーゼを思いやってのものだったからだろう。


これをシルビアに自慢すると、「レディ扱いの基準が低すぎます!」と嘆かれたが、自慢以降はシルビアのライアンへの目付きも少し柔らかくなった。



敗戦後、1ヶ月も経つ頃には、忙しさと仕事量はむしろ増したのだが、文官も半分ほど戻って来てくれて人は増えた。

こうなるとライアンの執務室では人が納まり切らなくなり、ライアンもルーナの公務に慣れた頃だったので、各々の執務室を使うことになる。

ルイーゼは久しぶりに自分の執務室へと戻った。





***


ルイーゼが自分の執務室で公務を行うようになって、1ヶ月経ったその日。


ライアンが訪ねてきて、ルイーゼに前の夫の首が送られてきた事を知らされた。

前国王は側妃と子飼いの第一騎士団と共に、少しややこしい気質の一族が治める自治領に逃げ込んでいたのだが、その一族の逆鱗に触れてしまったようだ。


「前国王を確認されますか?」

そう聞いたライアンが、ルイーゼをじっと見つめる。その瞳が揺れていた。


「もちろん、確認すべきでしょう」

「ですが、その、かなり生々しいものです。本人である事は、サーラ団長とネザーランド団長、宰相も確認しています」

「それでも、王妃である私がするべきです」

だから、ライアンもわざわざ聞きにきたのだ。


「はあ……あなたならそう言うとは思ってました。決して無理はしないでください。あなたの目に触れさせたいものではありません」

ライアンが諦めのため息と共に言う。


本当にこの王子は、ルイーゼを姫か何かのように扱ってくれる。そして、ライアンの不安げな瞳から、その心配は心からのものだと分かった。

今回もそうだが、最近の王子はルイーゼに作り笑い以外の表情を向けるようになってきている。

少し懐かれたのかしら、とも思う。


「大丈夫です。もう小娘ではない年ですし、後方ですが戦地の慰問もした事があります」

ルイーゼはきっぱりと告げる。


そして、ルイーゼは変わり果てた前の夫を確認した。憎しみや恐れや、ひょっとしたら哀しみを感じたりするのかと思ったが、ルイーゼは物言わぬ夫に少し憐れを感じただけだった。



この後、前国王が揉めたと思われる自治領に残されている第一騎士団の騎士達の解放で更にバタバタするのだが、この件が落ち着きだす頃、やっとルーナの政情も一息つけるような状態になってきた。



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