43.居心地 ~ルイーゼ編~
ライアンはルイーゼをお茶に誘って以降、たまにルイーゼの午後のお茶にも顔を出すようになった。
ルイーゼは毎日午後のお茶の時間が取れる訳ではない。
公務の関係で、わざわざ席を設けてお茶をするのは週に2回ほどで、執務室で簡単には休憩を取るだけの時もある。
時間もきっちり決まっている訳ではないのに、ちゃんとお茶の間にライアンが訪れるのは、誰かがライアンに情報を流しているに違いない。
きっと、シルビアでしょうね。
古参の侍女は、最初のライアンへの拒否反応はどこにやったのか、今ではすっかりライアンとルイーゼをくっつけようとしていた。
くっつくも何も、結婚は決まっているのに。
とルイーゼは思う。
ルイーゼとライアンの結婚は、敗戦当初から決まっていたし、発表もしている。
戴冠式と同時に行う結婚式の日取りも無事に決まり、あと五ヶ月もすれば2人は結婚する。
だから、別に盛り上がらなくてもいいと思うのだが、シルビアを始め侍女達はかなり盛り上がっている。
こういうのは本当に慣れていなくて、どのように振る舞えばいいのかと困ってしまう。
侍女達の盛り上がりだけであれば、ルイーゼとしても窘めて終わりなのだが、他ならぬライアンの様子も、どうやらあれなのだ。
ルイーゼは、自身では恋愛やロマンスの経験は皆無なのだが、それでも城の舞踏会で想い合う恋人達や、想い人に焦がれる紳士達やレディ達を見てきたので、そういう機微に全く鈍感な訳ではない。
元々、洞察力はあるほうだ。
だから、ルイーゼにだって分かる。
ライアンは自分に、あれだと思う。
えーと、つまり、恋というか、恋までいってなくても好意というか、いや、でも好きとかじゃなくて、憧れとかの可能性もあるけど……。
夜に侍女達を全て下がらせて、一人でドレッサーの前でぼんやりしながら、ルイーゼは日中のライアンの様子を思い浮かべる。
今日の午後だってそうだった。
今日は、二ヶ月後に城で開催される大規模な舞踏会用のドレスのオーダーをしたのだが、これに付き合ってくれてライアンは時折ルイーゼを見る目を眩しそうに細め、蕩けるような甘い笑みを見せていた。
次の舞踏会は戦争が終わって初の大規模なもので、ルーナの貴族達に新しく王となるライアンを披露目し、ライアンとルイーゼの結び付きをアピールするものなので、ルイーゼのエスコートは勿論ライアンで、勿論ファーストダンスも踊るし、当日ルイーゼを包むものは全てライアンから贈られる。
そのドレスのオーダーだった。
そもそもこのオーダーは、ライアンには希望の色やデザインだけ聞いてルイーゼと侍女達だけでするはずだったのに、希望を聞きに行くと「侍女殿から日程は聞いています。私も一緒に選びますよ、贈らせていただくのに選ばないなんて失礼ですから」とこれについては有無を言わさず一緒に選ぶことが決まっていた。
部屋中に広げられた生地や糸、デザインのサンプルの中からライアンはルイーゼの好みを聞いて真剣に選んでくれ、決めた生地は光沢のある落ち着いたアイボリーだった。
てっきりライアンの瞳の色である青灰色を連想させるような色になると思っていたので、アイボリーは意外だった。
「青にしなくてよろしいのですか?」
そう聞いてみると、ライアンは嬉しそうにはにかんで、
「では、青い糸でドレスの裾に刺繍を入れてください」
と言ってきた。
この人、私に遠慮しているんだわ。
ルイーゼは目を瞬く。
この人は戦争に勝った国の王子で、ゆくゆくはこの国の王になる人だと言うのに、敗けた国の王妃なんかに心をくだいている。
ルイーゼが不快な思いをしないように、傷付かないようにと。
あんなに熱っぽい目で見つめてきたりするくせに、ともすれば必要以上に距離を取りルイーゼの様子を確認しながら、ほんの少し近付く。
その気遣いの理由くらい、簡単に分かる。
憧れなんかじゃないだろう、これはきっと恋情だ。
こういう扱いをされるのは人生で初で、どう反応したらいいのか全く分からない。
ルイーゼは10才から国王の婚約者で王妃となる事が決まっていたので、何の間違いも起こらないようにと、若い男性とはほとんど触れ合わない少女時代を過ごし、唯一の交流があった国王はルイーゼに冷淡だった。
王妃となってからは、紳士達から国母として労られたり恭しくされる事はあったけれど、熱を向けられた事はなかった。
人生で初の体験に、今日もただ小娘のように戸惑うばかりだったルイーゼだ。
情けないわね。こういう時、例えばネザーランド団長ならどうするかしら?
手慰みに、下ろした髪をすきながらふと考える。
ルイーゼは今後、ライアンに見つめられた時に気まずく目を逸らすだけで終わらないようにする為にも、身近な女性で自分と同じく人の上に立つ立場であるリンならどうするのかをイメージしてみた。
イメージ自体は簡単に出来た。
「どうした?私に惚れたか?」
リンなら強気な笑みを浮かべて、何なら少し誘うような顔でこう言うだろう。
「…………」
絶対無理。
自分には絶対無理だった。
立場は似ていても、タイプが違いすぎた。
シルビアがこっそり教えてくれた所によると、ランカスター団長が女神に惚れている、との事だったけれど、こんなやり取りを2人はしていたりするのだろうか。
リンが近衛騎士団長のファビウス・サーラと恋仲だというのはルイーゼでも知っている有名な噂だが、シルビアによるとそっちの2人は男女の仲ではないらしい。
「あれはじゃれ合う子犬みたいな仲です。私は本命はランカスター団長だと睨んでいます」
思い込みの激しい忠義の侍女はそのように言い切っていた。
「…………」
シルビアは、リンとイーサンで「どうした?私に惚れたか?」の件を想像してみる。
そんな風に言われて、あの赤獅子はどうするかしら?
通常状態なら「揶揄かうな、もう行く」くらいな気がするけれど、公然と見つめてしまうほど好きならば、案外、誤魔化さないし、引かないかもしれない。
そうなると、「そうだが、どうする?」くらい言うかも……
そうなると、リンがあそこまで見事な男の据え膳を食わない訳はないし、そうなると……
「…………」
わりと逞しく想像してしまって、ルイーゼは顔を赤らめた。
頭を振って邪念を追い払い、鏡に映る自分を見ると、随分と幼い少女のようなルイーゼがこちらを見ている。
困ったわね、とルイーゼはため息をついた。
ライアンに優しくされ、見つめられて、柄にもなく動揺している自分がいる。
これは、政略結婚なのよ。
ライアンもそれをしっかり分かっている。
だから彼は、ルイーゼを熱の入った目で見ながらも、距離は詰めてこないし、会話や行動も一線を越えないように気を使っているのだ。
ルイーゼの立場を理解して、ルイーゼを慮っている。
それが、ますますルイーゼには居心地が悪いのだ。
ライアンが気持ちのままに自分に迫って、自分を手に入れてしまえばいいのに、とも思う。自分は敗戦国の王妃なのだし拒む権利はない、受け入れればいいだけだ。
受け入れるのは平気だ。ルイーゼをただ征服したかっただけの前夫と比べれば、少なくともライアンはルイーゼへの欲があるのだから、惨めな気持ちにもならないだろう。
でも、ライアンは絶対にそんな事をしない。
「あなたが許さないなら、触れません」
当初言っていたあれはきっと本心だ。
こんな風に優しく優しく包まれて、全てルイーゼの意のままになるようにされると、どうしたらいいのか分からない。
今のルイーゼは、ただ立ち尽くすしかできなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます