32.戴冠式

その日は新しい王の即位に相応しい、輪郭のきりっとした小さな雲が幾つか浮かんでいる晴天だった。


神殿では今まさに、一番高位の神官が神への言葉を終え、新しいルーナの王の為の王冠を手に取る。


神官の前には、新しい王となる女が、膝を付き、頭を垂れていた。

濃いブルネットの髪は王冠を戴くのに邪魔にならないように、うなじの辺りできっちりとまとめられ、その身を包むドレスは白い絹だ。ドレスの上からは儀礼用の裾の長い真っ赤なマントをまとっている。


ルイーゼ王妃は、髪と同じ濃い茶色の目で静かに神官を見上げた。

神官は恭しく、王冠をルイーゼの頭に乗せる。

ルイーゼがゆっくりと立ち上がると、その手に王笏が渡された。


「新しい王の誕生です」

神官が宣言すると、神殿内に大きな拍手がわき起こる。ルイーゼ・ルーナ女王陛下の即位が成った。




「今日の王妃殿下は一段と美しいな」

騎士の正装に身を包み、儀礼用の飾りマントも付けたリンは呟く。

「リン、今や陛下だよ」

本日も変わらず、きらびやかな従兄弟のファビウスが嗜めてくる。

「そうだな、女王陛下だ」



この戴冠式の10日前に開かれた貴族会議で、ルイーゼ王妃の女王としての即位が提案され、旧国王派の貴族達が、ただ驚嘆して見守るしかない中、それは難なく過半数の賛成を獲て、可決された。

その後のルイーゼとライアンの結婚についてもすぐに通り、ライアンは王配となる事が決まった。


これらの決定は翌日には公式に発表され、民衆には驚きと喜びをもって迎えられた。

以前より小まめな視察に出向き、各地の診療所や学校、道路の整備などに心を砕いてきたルイーゼは民からの根強い人気があったからだ。


前国王に冷遇されながらも、王妃派という派閥を作り上げた才覚は中立派の中でも一目置かれており、地味だが堅実な手腕に信を置く貴族も多かったので、ルイーゼが女王になるとなれば、王妃派に流れる者達も多かった。

この戴冠式までの1ヶ月ほどで、ルイーゼはあっという間に、女王派という新しい一大勢力を築いていたのだ。



「リンは、発表の前から女王陛下の即位を知っていたんだよな?」

「あー、まあ、成り行きで」

リンはイーサンの求婚を受けた朝に、ライアンからルイーゼの即位を告げられている。


告げられた時は驚いた。


ライアンは、「私は参謀タイプだから王配の方が動きやすいんだ。サンズとのやり取りは続くから、民の心証的にもそっちの方がいい。それにこれから先、サンズからの要求を拒む時も来ると思う。父上や兄上には悪いけど、その時、王妃殿下が王になっていた方が拒みやすい」

そう説明して、にっこりしていた。




「女王陛下にも驚いたが、リンの電撃結婚にもまあまあ驚いたなあ、ほら、愛しい旦那だぞ」

ファビウスがくいっと顎で指し示す。


中央では、陛下となったルイーゼが早速に、此度の戦争の報奨を与えていて、ちょうどリンの夫である赤茶色の髪の騎士に伯爵位を授けていた。


そう、イーサンは既にリンの夫となっている。

赤獅子はマジで、一刻の猶予もなく結婚を進めた。


ライアンの言った、10日後の会議までに婚姻の書類を用意して神殿の手続きの根回しをし、新居を見繕った。


自分の実家には急ぎの文で決定事項として結婚を知らせ、会議でルイーゼの即位が可決されるとすぐに神殿に婚姻証明書を提出した。

全ての段取りと書類の用意はイーサンがしたので、リンがしたのは実家へ手紙を書いたのと、婚姻証明書へのサインくらいだ。


「ファビウス、私もまあまあ驚いたよ」

「他人事だな、まあ、2人とも明日から3日間休みなんだろう?しっかり甘い日々を過ごせよ」


女王の即位と結婚を祝い、国をあげて明日から一週間の休日となる。と言っても、騎士団は交代制で勤務があるのだが、ライアンは迷惑をかけたからと、その内の3日の休みをリンとイーサンに与えた。

落ち着いたら、結婚休暇も取って、イーサンの領地に行くつもりでもあるので何だか申し訳かったが、ありがたくもらう事にした。


「まずは引っ越しだけどな」

新居への引っ越しは明日だ。新居として、イーサンが買ったのは中古の貴族の家具付きの屋敷で、双方、家具や建具に拘りはなかったので、家具付きはちょうど良かった。

屋敷自体は広すぎず、こざっぱりしていて、リンは気に入っている。

リンもイーサンも、おそらく屋敷を空けがちになるので、住み込みの使用人もイーサンが手配済みだ。

こういう所、ほんとマメだ。


神殿の中央では報奨の授与が終わり、ルイーゼとライアンの結婚式へと移行している。

伯爵となったイーサンが、団長達の列へと戻ってきて、ファビウスが「結婚してから、牽制がすごいんだよなあ」と言いながらそっと離れていく。

イーサンはリンの隣に並んだ。


「今日から、伯爵殿だな」

「お前は伯爵夫人だ」

「げっ、ほんとだ」

リンが嫌そうな顔をすると、イーサンが笑う。

明日からは、この男と食事を摂り、一緒に眠り、目覚めるんだなあ、と思う。


悪くない、とても良さそうだ。

伯爵夫人とてリンの柄ではないが、愛しい男の妻ならば、それもいいかと思う。

因みに家名はそのままランカスターなので、リンは、カリン・ランカスターとなっている。



そうして、リンはイーサンと共に翌日に新居へ移り、新婚らしく、存分に甘い3日間を過ごした。

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