31.イエス

「えっ、私に聞かれても…」

求婚の返事の可否を聞かれたルミナス総帥が慌てる。


「なぜ迷うんだ?」

「迷うというかだな、今は無理なんじゃないかと」

「無理ってどういう事だ!」

返事を渋るリンにイーサンが詰問し、リンは宰相から聞いた側妃の件を話し、それから逃れる為に退職して辺境を放浪でもしようかと思っていた事を話す。


「は?側妃だと?そんな訳ないだろう。確認するから来い。総帥、退職願は破棄しておいてください」

そう言ったイーサンは、もはや苦笑いをしている総帥を置いて、リンを引っ張りライアンの執務室へと向かった。



「殿下!どういう事ですか?!」

着くとすぐにイーサンは側妃の件をライアンに問いただす。

「あれ?おや?」

ライアンは、目を丸くしてリンとイーサンを見比べてから、てへ、と笑った。


てへ?

なんだその、てへ、は。

驚くリンに、ライアンが面白そうに口を開く。


「いやあ、ごめんね?何かあったんだね?宰相にわざとその偽の情報流したのは私なんだ、ちょっと注意を逸らしておきたい案件があってね」


「え?」

偽の情報?

よく分からないが、どうやら側妃の話はないようだ。


「それにしても、何やら急展開だった様子だね。詳しく話して欲しいな」

ライアンはにっこりと、イーサンがしっかり掴んでいるリンの手を見る。


「あ」

居心地が悪くなってリンは手を離そうと、もぞもぞしたがイーサンは逆にリンを引き寄せた。

「結婚の申し込みをしました」

リンを引き寄せて宣言するイーサン。


「わっ、こんなとこで言うなよ」

「へえ、おめでとう」

「まだ返事をもらってはいません。“殿下の側妃の話があるから結婚は無理じゃないか、側妃は困るから退職して田舎に逃げる”と言われました」


「あー、なるほど、それは、本当にごめん。ネザーランド団長を側妃にとは、以前は考えた事もあったけど、今はその気はないよ」

ライアンは申し訳なさそうに謝ると、「だから、気にせず受けてもらっていいよ」と微笑む。


「はい、あれ?」

返事をしてから、リンは、申し込みを受ける事になっている事に気付く。


「待ってください、まだ受けるとは」

「断るつもりなのか?」

食いぎみにイーサンが聞いてくる。


「イーサン、私だって貴族の結婚がややこしいのは知ってるんだ、お前は公爵家令息で、もうすぐ伯爵だろう?こちらはしがない弱小男爵令嬢だ」


「お前は側妃の話まで出る女神なんだ、問題ない。そもそも、お前が女神でなくとも、平民であろうとも関係ない。身分差が気になるなら爵位は全て返上しても構わない。ここまで好きな女と一緒になれないなら、身分に何の意味もない。愛しているんだ、お前もそうなら結婚してくれ」


「「うわあ……」」

熱い告白にリンとライアンの声が揃う。

リンの顔が熱くなる。


「それで、返事は?」

イーサンがぐいぐい迫ってくる。

「は?ここでか?」

「どこでも一緒だろう、返事は?」

「いや、あの」

「昨日、俺を好きだと言ったよな?」

「それは……そうだが」

リンがちらりとライアンを見ると、ライアンは、気にしないで、というようにそろりと壁際に寄った。


「リン」

手が強く握られて、至近距離で見下ろされる。

逃げ場はない。


「リン」

もう一度、名前を呼ばれる。

リンは観念した。

好きな男なのだ、結婚に否やはない。



「はあ…………イエスだ」


何とかそう伝えると、イーサンの手の力が緩んだ。赤獅子が眩しく笑ってリンの頬に優しく触れる。


「よかった」

そして、そのままキスをしようとして、


ぴたりと止まった。




「……あー、私の事は気にしなくてもいいよ?」

壁になっているライアンが言って、イーサンが真っ赤になる。


「いいえ、失礼しました」

「いや、元はと言えば、そんな情報を流した私のせいでもあるし気にしないで、それにしてもおめでとう。私も嬉しいよ」


「はい、返事ももらえましたし、明日にでも結婚しようと思います」

続いたイーサンの言葉にリンはびっくりする。


「明日?!」

「そうだ。気が合えば、即日結婚すると言ってたじゃないか」

「それは私の地元の話だ。待ってくれ、明日はないだろう、貴族なら普通は婚約期間があるだろう?」

そう聞くと、イーサンが不機嫌そうになる。


「婚約なんかしてられるか、お前は退職して逃げる所だったんだぞ、あと少しで辺境を探し回る羽目になる所だったんだ。考えるとぞっとする。一刻も早く、お前を俺のものにする。散々遠慮したんだ、もう遠慮はしない」


「遠慮?何に?」

「イーサンはさあ、あなたとサーラ団長が恋仲だと、ずっと思っていたんだよ」

くすくす笑いながら、ライアンが説明してくれる。


「私としても女神のあなたは、こちら側に欲しかったから、側妃も考えたし、何よりもイーサンが気にしているようだったから、イーサンにあなたを妻にしないか、再三提案してたんだ。

でも、ずうううっと、ネザーランド団長には恋人がいるから無理です、って断られてたんだ」


「ええぇ」

なんだそれ、乙女か。

公爵家令息だろう?


でもそう言えば、昨夜もファビウスの事を聞いてきてたな、とリンは思い出す。

イーサンを見ると、ばつが悪そうに目を逸らされた。


「ねー、いじらしいよね」

「あれ?でも、殿下には舞踏会の時に、ファビウスは恋人ではないと伝えましたよね?」

「うん。ふふ、黙っておいた方が楽しそうだったから、黙ってた。いやあ、こうなると、辺境へ赴くイーサンも見たかったね」


「は?知ってらしたんですか?」

これはイーサンだ。


「知っていたよ。戴冠式の後にはもうネザーランド団長にイーサンとの結婚を提案しようかと思ってたんだ」

「あー、相談ってそういう」

「そうだよー、そして、早々に結婚してくれるのは私としてもありがたいんだけど、あと10日待って。会議で通したい案件があるんだ、それまで宰相の関心を逸らしておきたいんだ」


「殿下の即位の件ですよね?それなら通るのは間違いありません。他に候補がいません。戴冠式も決まってますし、直前の会議でその決定をするのは、形式的なものです。

宰相の旧国王派はいろいろ条件は付けてくるでしょうが、今、その想定問答は文官達と作成しています。出来る限り対応します」

「違うよ、イーサン」

ライアンが静かに首を振る。


「違うとは?」

「違うんだ、即位するのは私じゃない」


ライアンは、まだ秘密だよ、と言ってルーナの新しい王の名を告げた。



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