12.新しい体制

「はあー、ファビウス、私はもう風呂に入って寝る」

トゥンク族の自治領より戻り、休む間もなくライアンに報告をした夕方、リンはファビウスと共に城の廊下を騎士団の寮へと向かっている。


鞭打ちの傷が癒えるまでは城の客間でお世話になっていたが、快復してからのリンは元の騎士団女子寮の部屋に戻っている。

第二騎士団長だったリンの部屋は、個室で風呂付きのまあまあ良い部屋だ。


「俺もそうしよ、あれ、なんか城の中が綺麗になったな」

ファビウスに言われて見回すと、確かに花瓶が割れて転がっていたりした廊下がきちんと掃除されていた。


「ライアン殿下が少しずつ、元の状態に戻っていると言ってたのは、これかあ」

トゥンク族の自治領に行っていたのは1ヶ月ほどだ。このトゥンク族の件が国内の火種の最後の山だったようで、やっと内政は落ち着きつつあるらしい。

城の侍女達も戻ってきているみたいだ。


「近衛と第二団の奴らも戻ってくるしな」

ファビウスが嬉しそうに言う。

先ほどライアンから、降伏して辺境の城で捕虜となっていた騎士達が解放され、王都に向かっていると知らされた。


ルーナの騎士団は、サンズから新たな総帥を迎え、再編成される。

平時に王都に駐在している騎士団は近衛を入れて6つあるが、前国王の子飼いだった第一騎士団は解散となり、敗戦で除隊する者達を整理して、6つの内、第一団と第三団、第四団をサンズの騎士で、第二団と第五団と近衛は従来通りのルーナの騎士で構成されることとなった。


イーサンは第一団の団長となり、総帥補佐官も兼務する。また、ルーナの城を真っ先に制圧した褒美にライアンの戴冠に併せて伯爵位も賜る予定となっていて、トゥンク族に殺された前第一騎士団長が治めていた、サンズと国境を接する領地を貰うらしい。


リンは変わらず第二団の団長を務め、ファビウスも近衛騎士団長を引き続き務めることとなった。団員達もあまり変わらないまま、元の業務に戻る。

騎士団の寮も、今は城に残っていた騎士達しか使っていないが、第二団と近衛が戻り次第、荷物と部屋割りを整理して、ルーナとサンズの騎士両方で使うらしい。


「新しい総帥、どんな方だろうな」

「バトラー副団長が言うには、小柄で穏やかな方らしいぞ」

リンの疑問にファビウスが答える。

バトラー副団長とは、シアの事だ。


「ファビウス、シアと話すのか?」

「お前の救出に向かってる間に話すようになった」

「手を出すなよ」

「え?」

「お前は大きい女が好きだからなあ」

「そういう言い方するなよ、誤解を生む」

「一度、騎士に手を出して拗れてるだろ?」

「ぐっ……過去を持ち出すなよ。それで新しい総帥だが、サンズの騎士団で事務方から総帥補佐官まで上り詰めた珍しい人で、こういうややこしい状況も何とかするだろう、だと」

「なるほどなあ、じゃあ総帥とは真逆かな」

リンは遠い目をした。


今のリンの言葉の中の“総帥”は、今回の敗戦で自決したルーナの総帥だ。

“総帥”は、リンが新人で入団した時からルーナ騎士団総帥で、とにかくお世話になった人だ。べらぼうに強くて、完全に負かされた事もある。


「うちのは巌みたいな人だったからな」

「ああ、厳しい方だった」


「……リンがクソ陛下を説得しようとして、地下牢に入れられた後、お前のことを、王都と民を守った女神だと市井で情報を流したのは、おそらく総帥だよ」

「そうなのか?」


「俺はここを発って辺境に行く前に、総帥に会ったからな、リンは残ってることも伝えた」

「よく見逃してもらえたな」


「降伏するなんて、直には言ってない。仄めかして挨拶だけした」

「それでも、あの人がよく見逃したなあ」


「頑固な人だったけど、いろいろ分かっていたんだと思う」

「そうなんだろうなあ」


「……泣くなよ」

「泣いてない」


「ライアン殿下もランカスター団長も、総帥をちゃんとルーナの騎士として手厚く埋葬してくれた、本望だろうよ」

「そういうの、嫌いなんだ」

唇を尖らせて言うと、ファビウスがリンの頭をポンポンしてきた。


「俺の胸で泣くか?」

ヨシヨシしながら、従兄弟が甘い笑顔だ。


「ファビウス、泣いてない」

「そうか?」

「ああ、泣いてない、怒るぞ」

「ふふ、冗談だ……おっと、リン、ランカスター団長だ」

ファビウスがさっとリンの頭から手を離す。

廊下の向こうから、こちらに歩いてくるサンズの騎士達の先頭にイーサンとシアがいた。



イーサンは、そのふさふさした赤茶色の髪を無造作に下ろしている。肩甲骨くらいまである髪が歩くたびに軽く靡く。


それを見て、この男をベッドに横たえるか、床に座らせるかして、その髪をくしけずり整えてみたいな、と思うリンだ。

あの鬣のような赤茶色の髪は少し癖があって柔らかそうだ。


自身は手入れのしやすさからずっと短髪にしているが、リンは男も女も長い髪が好きだし、それをいじるのも好きだ。好みの男なら尚更だ。


いかんな、疲れてる上に感傷的になっていたからか、自分の欲望に素直だ。

リンは、むくむくと湧き上がる己の欲望をきっちり隠して、さっと壁際に寄って道をあけた。


「なぜ、脇に避けるんだ?」

本日も何やら怒ってるよう見えるイーサンだ。

なんでだ?

会うのは1ヶ月以上ぶりで、何もしていない。たぶん。


「ランカスター団長のお邪魔になってはいけませんし」

「なぜ敬語だ?」

「第一騎士団長と兼任で総帥補佐官にもなると聞いております。そうなると上司です」

びしっと姿勢を正して答えると、ますます不機嫌だ。

なんでだ?


「補佐官はただの肩書きだ、ルーナの騎士にナメられないようにと殿下が付けただけだ。俺とお前は団長同士で対等なんだ、敬語はやめろ」

「ナメられないようになら、敬語だろ?」

何だか怒っているし、とりあえず敬語はすぐにはずしてみた。


「萎縮させる必要はない、お前が俺に敬語を使えば、お前の下の騎士が萎縮する。雰囲気が悪くなる、道も譲るな」

「ランカスター団長がそう言うなら」

「イーサンでいい」

「えー、それは、さすがに馴れ馴れしいだろ、なあ、シア」

「シアが、シアなら、俺もイーサンだろう」

「仲間外れが嫌なんだな」

「よそよそしいのが嫌いなんだ」


「ははは、分かった。ならイーサンで。伯爵位を賜るらしいな、おめでとう」

リンが手を差し出すと、イーサンは少し逡巡してから握手に応じた。


「ありがとう。正直、あまり嬉しくはないんだがな、次男で騎士しかしてきてない。領地の管理なんて異次元だ」

「私は領地なしの男爵家だから、その相談には乗れないな」

「お前なら、何でもこなしそうだ」

「何の買い被りだよ」


そこからイーサンに貰う予定の領地の場所を詳しく聞き、任務で赴いた事のある地域だったので、美味い郷土料理を教えてやる。

その流れで、トゥンク族のもてなしの料理に苦労した事(独特の臭みがある料理が多いのだ)も話す。


一通りの雑談を交わして、そろそろ行こうかと隣を見ると、ファビウスがにこやかにシアと話していた。

ファビウスは長身だが、イーサンほど大柄ではない。シアと並ぶと同じくらいか、シアの方が少し高いかもしれない。

自分もシアくらい背丈が欲しかったなあ、と思うリンだ。上段からの攻撃はどう考えても有利だし、背丈があればリーチも長い。

羨ましい。


じとっと見ていると、ファビウスが視線に気付き、そろそろ戻るか、と言ってリンとファビウスは寮へと戻った。



その3日後、辺境より第二団と近衛の騎士達が城に到着した。


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