11.戦後処理
ルーナがサンズとの戦争に負けて、3ヶ月が経った。
この3ヶ月はリンにとって怒濤の3ヶ月であった。いや、リンだけではない、イーサンにとっても、ファビウスにとっても、ライアンにとっても、王妃と宰相にとっても、ルーナの城に居た全ての人にとっても怒濤だった。
まず、城の中が全然落ち着かないままに、ルーナ国内の幾つかの自治領が小競り合いを仕掛けてきた。
中央が落ち着かない内に揺さぶって、何か有利な約束を結ぼうという魂胆なのだろう。
好戦的な自治領との境界には、ルーナの騎士団が常駐しているので、基本的にはそこが対応するのだが、此度の戦争で手薄な地域もあり、救援の要請があった所へはサンズの軍から応援が向かい、リンとファビウスはそのサンズ軍の道案内役と現地の騎士団との橋渡し役、場合によっては現場での指揮役、とで駆けずり回る事になる。
リンはてっきり、政情が落ち着くまでは監視を付けられて城に軟禁のような形になると思っていたのだが、熱が引き、数日休んだ後にはサンズの兵と共に城を出立していた。
王都にいたルーナの主な騎士団は、リンの降伏の説得により辺境に勾留されており、ルーナ側の騎士が全然足りていなかったのだ。
そして中央の城では、ライアンとイーサンと王妃と宰相と残っていた文官達が、自治領の揉め事の報告を受けては対策を練り、それと並行して、機能しなくなっていた城と王都の警備と執務を見直し、溜まりに溜まった通常業務を行い、この機会に中央の貴族の中でも特に腐りきった貴族の罪を糾弾し、騎士団の再編成もする、という目まぐるしい日々を過ごした。
イーサンはその合間を縫って、問題の大きな諍いの現場には顔を出し、リンは何度かそんなイーサンとも出会った。
当初のライアンの目論見としては、早急にルーナの国王と王妃の離婚を、国王を王族から廃する形で成立させて、ライアンが王妃と婚姻を結んで国王となる予定だった。
しかし、自治領との小競り合いに続く小競り合いへの対応に追われ、国王と王妃の離婚だけは成立させたものの、ライアンと王妃の結婚式とライアンの戴冠式は未だに行えていない。
「ねえ、君の国、火種が多すぎない?」
敗戦してから1ヶ月後くらいの時に、ライアンの執務室にリンが新たな地方の問題を報告に行くと、疲れ果てたライアンにそう言われた。
この時期は一番問題が多発していた時期で、ライアンは睡眠時間もほとんど取れていなかった。
「今の状態はかなり特殊です、殿下」
「そうなの?」
「はい、ここまで目が回るのは私も初めてです」
「へえぇ」
「そして、殿下はとても素早く適正に対処していただいております」
ライアンは不馴れな他国の事なのに全く問題なく実務に当たっていた。
無駄な武力も使わず、外交で解決できる部分はきちんと外交だけで解決もしている。
リンは城の客間でに初めてライアンに会った時は、そのいかにも嘘臭い笑顔に秒で苦手だと思ったが、慣れるとこれはこれだなと平気になった。
嘘臭いが嫌味はないし、演技でも気安い様子は話しやすくて助かる。仕事も出来る。
あのクソ陛下に比べると数段マシだ、いや、比べるのが申し訳ないくらいだ。
というのが最終的なリンの意見だ。
城に残ってくれていた文官の意見も同じようで、戦争を吹っ掛けておいて負けたのに、こんなに良くしてもらっていいんだろうか、とまで思ってしまう。
賠償金はしっかり取られるようだが、その金でこの王子が買えたと思えばむしろ安い気もする。
そして、仕事以外でもリンはライアンを高く評価している点があった。
「女神にお褒めいただけるとは光栄だね。でも私が何とかやっているのは、ルイーゼ王妃殿下の力添えのおかげだよ」
ライアンが瞳を綻ばせながら、王妃の名前を呼ぶ。
リンはこの瞬間が好きだ。王妃が丁寧に扱われているのだと分かるからだ。
王妃は控えめだけれど芯が強く、賢く強かでもあり、リンはそんな王妃に好意を持っているし、尊敬もしている。
なので王妃をきちんと遇しているライアンの評価は高い。
「賢い方です」
「ほんとにそうだね」
「ええ」
だから、大切にしてくださいね、とリンは心の中で付け足す。
16才で当時35才の国王に迎えられたルイーゼ王妃は現在28才、まだまだ、幸せを見つけられる年齢だ。
ルイーゼ王妃と先の国王との結婚は、王妃にとって幸福なものではなかったので、敗戦後は出来れば離宮でも与えられて穏やかに過ごして欲しかったのだが、ライアンは初見で王妃の賢妃ぶりに気付き、利用すると決めてしまった。
ライアンがルイーゼ王妃と結婚して国王になるという事は既に公表もされている。
それなら責任取って、大切にしてもらいたいと思う。
王妃の名前を呼ぶライアンの様子からは、熱情とまではいかないけれども、人としての好意は持っていると感じられる。これなら前国王のように普段は蔑ろにしておきながら、気まぐれに夜も渡るなんて事は無さそうだ。
愛するまではいかなくても、敬意を払い、親愛の情を持って接してくれるだろう。
ほんと、大切にしてくださいね、ともう一度リンは思った。
さて、その前国王だが、こいつもこの3ヶ月の怒濤に一役買っていて、リンは綺麗に巻き込まれた。
前国王はサンズの軍が王都に迫ると、自分の子飼いの第一騎士団と、若い頃からずっと愛人であった側妃と共に城から逃げたのだが、逃げ込んだのはルーナの最北に位置するトゥンク族の自治領だった。
ここは崖に囲まれた自然の要塞のような場所で、攻めるのは不向きな上に、トゥンク族はかなり偏屈な一族なので一度争うと後がややこしい。前国王は既に王族から廃していたことだし、ライアンは静観する事にした。
そして、一番忙しかった戦後2ヶ月の時にトゥンク族より城に届けられたのは、国王と側妃、第一騎士団長の首だった。
「間違いありません」
リンやファビウスと共に首実検の為にそれらを確認したルイーゼ王妃が、きっぱりと言う。
「ありがとうございます、あなたはもう休んでください」ライアンはすぐにルイーゼを労るように下がらせた。
前国王はどうやら、トゥンク族領内に逃げ込んだもののトラブルを起こして、その逆鱗に触れたのだろう。
仮にも一国の王であった人が、辺境の部族に殺され、首だけ送りつけられるなど、無様な死に方にもほどがあるが、それはいい、それは自業自得だ。
問題は、トゥンク族領内にまだ居ると思われる第一騎士団の騎士達だった。
彼らは国王の子飼いだったとはいえ、上司の命令に従っただけなのであり、一人一人に罪はない。
助けに行くしかなかった。
リンは、トゥンク族の族長とはちょっとした縁で気に入られていたので、大量のお土産を持ってファビウスと共にトゥンク族の元へ第一騎士団の騎士達の身柄を引き渡してもらうべく、出掛ける羽目になった。
大変だった。
長くなるから、説明はしないが、大変だった。
でも、このトゥンク族との交渉がこの怒濤の3ヶ月の締めくくりとなった。
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