13.諍い

敗戦より5ヶ月、ルーナの城は徐々に日常を取り戻している。

負けたとはいえ、戦時中のピリついた重苦しい空気から解放され、城内の雰囲気は明るい。

ライアンとルイーゼ王妃の結婚式も半年後と決まり、少しお祝いムードもある。


戦負国の王妃と戦勝国の王子という、絵に書いたような政略結婚だが、協力して公務をこなす2人の様子は淡々としながらも穏やかで、前国王と王妃の冷めに冷めた結婚生活を知る面々としては、前回より絶対マシだろう、と思っているのだ。


サンズとは結局、払えないほどではない賠償金の支払いと、向こう5年のサンズに有利な交易の条約などが交わされる事になるようだ。


リンは戻ってきた第二団の騎士達と共に、鍛練を開始し、王都とその近郊の見回りや、戦時中の混乱で勢力を伸ばした盗賊集団の捕り物などに精を出している。


そんな中、今リンを悩ませているのは、最近城内で頻発しているルーナの騎士とサンズの騎士の諍いだ。

これに悩んでいるのは、リンだけではない。

団長一同、悩んでいる。


本日はルーナ騎士団の新総帥となった、クロード・ルミナス総帥の部屋にて、第一から第五、それに近衛の6人の騎士団長が集まり、頻発する喧嘩についての対応を話し合っていた。

因みに今回は第二回だ。


「昨日も食堂で小さな喧嘩があったようですね」

小柄な眼鏡中年のルミナス総帥が言う。


この新しい総帥は、シアがファビウスに話していた通りの穏やかな人で、人あたりがとてもいい。

見た目は地味な様子で、総帥だけが纏える黒の騎士服を着ていなかったら、中堅の文官と間違えてしまいそうな雰囲気の人だ。


笑顔も嘘くさくないし、きっちり仕事もこなしてくれるので、リンは初対面時より、良い印象を持っている。


さて、食堂での喧嘩だが、ルーナ側から吹っ掛けたらしいと、副官が補足の説明をする。

「どちらから始めたかは、そんなに重要ではないんですよねえ、困りましたね。もちろんある程度の摩擦は覚悟してたんですけど、少し多いですね」

ルミナス総帥は眉を下げた。


大勢の血気盛んな若者達が、ほぼ初対面のまま集団生活を始めたのだ。

おまけに片方は戦勝国で片方は戦負国。

衝突しない方がおかしいだろう。


気質の違いも原因の1つだ。

サンズの騎士達は質実剛健、真面目で律儀な者達が多く、対するルーナは軟派で楽天的、異性にモテるから騎士になったという者達が多い集団だ。


加えて最近、ライアンは、戦後処理の際に後継ぎがいない家門や汚職のあった家門を整理して、そこから取り上げた爵位や領地を、ルーナの貴族の娘と婚姻を結んだ、爵位継承権のないサンズの騎士に優先的に与えると発表した。


政策としては、2国の融和を狙っているのが分かりきったものだし、サンズの優れた人材をルーナに定着させる事も出来て、無駄に飛び地で増えてしまった王家の直轄地も捌ける悪くない策だ。


悪くない策なのだが、この政策により、現在ルーナのフリーのご令嬢達の間ではサンズの騎士達がモテにモテている。

結婚したら爵位と領地がもらえるのだ、そりゃモテる。


これがルーナの騎士達には、もう全っ然おもしろくない。つい先日まで、祖国を守って勇敢に戦った騎士だと、ちやほやされていたのに、それを全部サンズの騎士に取られたのだ。もちろん、おもしろくない。


そうしてイラついたルーナの騎士がサンズを挑発し、サンズの騎士が戦勝国としての嫌味や揶揄なんかを口にして、ヒートアップして互いに手が出る。

という喧嘩が起こっている。


毎日、これの繰り返しだ。


いや、戦争に負けたんだし、しょうがないだろ。

むしろ爵位や領地云々に釣られる女なんか、止めておけよ、とリンは思う。


不満を言う団員達にそれを伝えると、

「団長には俺達の男心なんて分かりませんよ!」

「そうですよ!誰でもいいから女にモテたいんっす!」

「あっ、でも、団長にはモテなくていいですよ、俺達の中で団長は性別を越えた存在です、崇拝の対象なんで!」

と怒られてからのよく分からないフォローをされた。


「本命の好きな人、ただ1人にモテないと意味がないだろ?」

「うわあ、正論。まじ正論っすね、団長」

「でも団長、まずは不特定多数にモテないと、本命も見つかりません!」

「……なるほど?」

モテないと好きな人見つからないって何でだ?

まあ、いいか。


とにかく、そういう理由で諍いは頻発し、サンズの騎士達がモテ続けているので、諍いの数が増えている。



「自治領や辺境のいざこざが落ち着いて、余裕が出てきたからの悩みではあるんですけどね」

「前回の話し合いでは、騎士服を統一しようか、という事になったんですよね、どうなりました?」

「急いで作らせてますが、戦争の影響でどこも人手不足で、納品はまだまだ先です」

「まあ、服だけで喧嘩が無くなるとは思えませんがね」

「それでも、しないよりはマシでしょう」

「あとは、うーん、慰労会を開いてみるとか?」

「何の慰労会ですか?戦争の?勝った方と、負けた方、両方いるんですよ。酒も入れば絶対大きな喧嘩になります」


みたいな話し合いは続き、第二回の結論は、団をまたいでの合同訓練をやってみようか、という事になった。


第三回の話し合いまでに各自、合同訓練の具体的な案を持参するように、という所で閉会となる。




「ファビウス、平和になったんだな」

閉会となり、ファビウスと共に騎士団へと戻りながらリンは言う。


「そうだな、合同訓練の案を出せ、なんて、平和だな。最近は町の雰囲気も随分と明るい」

「そうだなあ」

のんびり歩いていると、窓から、庭に張り出したテラスでお茶をするルイーゼ王妃が見えた。


リンとファビウスが歩いているのは、城の2階部分で、少し遠目だが斜め下のテラスが俯瞰でよく見える。


「お、王妃殿下だ」

ファビウスもすぐに気付く。


ルイーゼ王妃は本日は、濃いブルネットの髪を緩く結い上げて、気取らないドレスを着ている。

和やかな様子で、侍女達と談笑していた。


前国王が居た時には、王妃は面倒くさい公務のほとんど全てを押し付けられ、忙殺されていたのでこういう光景はなかった。


城がサンズ軍に制圧されてからは、仕事はライアンと分担していたが、なにぶんやる事が多すぎてやはり忙殺されていたので、お茶なんてする余裕はなかった。

やっと、王妃にも穏やかな時間がやって来たのだな、とほっとする。

リンはとても久しぶりにルイーゼ王妃の自然な笑顔を見た気がした。


「王妃殿下も明るくなられたな」

「ああ、寂しげな容姿の方が笑うといいなあ」

「ファビウス、王妃殿下に手は出すなよ?」

リンはじとっ、と従兄弟を睨む。


「俺を一体なんだと思ってるんだ、出さないよ、おや?ライアン殿下だ」

ファビウスが気付き、リンも目線を戻してテラスに入ってきたライアンを認めた。


ライアンは茶色い柔らかそうな髪の毛を風に揺らしてやって来て、「お邪魔してもよろしいですか?」とでも言ったのだろう、侍女達が直ぐ様ライアンの席を用意している。


侍女達が用意する間、ライアンは王妃の側に寄り添い、庭の花についていろいろ聞いているようだ。

ライアンが庭を指し示して、それについて王妃が答え、さらにライアンが何かを言って王妃を笑わせた。


「はは、最近の王子殿下は、普段は猫だが、王妃殿下の前では犬みたいだな」

ファビウスがおかしそうに笑う。


「王子を犬猫に例えるなよ、不敬だぞ」

「でも思わないか?ライアン王子は普段は長毛種の甘え上手な猫みたいだけど、王妃の前では尻尾振ってる犬だ」

「そうか?そんなにか?」

リンはテラスにいるライアンを見る。

確かに、ルイーゼ王妃に向ける王子の笑顔には、嘘くささがなく、ちょっとキラキラしている。


「ふーん?」

恋に落ちたのだろうか?

5ヶ月前は、王妃に敬意は払いつつも政略の為に利用するつもり満々だったはずなのに。

腹黒王子のくせにチョロいじゃないか。


ライアンにとって王妃は5つ年上の寂しげで賢く気高いひとだ。

サンズで第三王子として普通に過ごしていたなら出会ってこなかったタイプの女性だろう。

案外、簡単に落ちたのかもしれない。


「ここの所、王妃殿下に対する王子の様子に急激に甘さが加わってる」

近衛として、王子や王妃と接する事の多いファビウスが断言する。


「へえー、甘さねえ……でも、恋に浮かれてるいる様子はないぞ」

気遣いに溢れ、常に一定の距離を保っているその様子は恋しているという感じではない。

と、思う。


「お前、男心に鈍いからなあ、ひざまずいて愛を乞うだけがアプローチじゃないんだ。特にあの2人の場合は、馴れ初めもややこしい」

「まあ、そうだなあ」

何と言っても、国と戦争が絡んだ政略結婚だ。

おまけに、ライアンは征服した側だ。愛を乞えば、それは強制となる。


「私としては、王妃殿下が幸せになってくれればそれでいいが、5つも下の男を好きになるかな?」

「どうだろうな、でも、シルビアさんがニコニコしているし、大丈夫だろう」

「シルビアさん?」

「ほら、いつも王妃の側にいる、小柄な古参の侍女だよ。シルビアさんが認めてるなら問題ない」

「あー、あの」

それはきっと、リンが地下牢から救出された日に、客間を整えて、前国王の事を「クソ野郎」と言ったあの侍女だ。


シルビアさん、と呼んでいる所を見るに、ファビウスは彼女とも気軽に喋る仲のようだ。

本当に自分の従兄弟は女に軽薄だな、とリンが呆れていると、声がかかった。




「これはこれは、ネザーランド男爵令嬢」

ねっとりとした声。


リンの事を、ネザーランド“団長”とは呼ばずに、“男爵令嬢”と呼ぶからには嫌な奴なのだろうと思いながら振り返ると、そこに居たのは、予想通り嫌な奴だった。


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