14.乱闘
「これはこれは、ネザーランド男爵令嬢」
そう声をかけてきたのは、ちょび髭小太りの貴族の男だった。その隣には顔色の悪い細い貴族の男がいる。
城では貴族達の会議も再開されているので、政務で登城してきた貴族達なのだろう。
「お久しぶりですね、ハームス伯爵」
ファビウスがリンを庇うように一歩前に出て、ちょび髭に、にこやかに挨拶する。
「ああ、そうだね、サーラ伯爵令息」
ハームスは“伯爵令息”を強調しながらファビウスに答えた。
騎士団長だろうが、何だろうが、男爵令嬢と伯爵令息なら、ここでは伯爵である自分が一番身分が高いぞ、と暗に言っているのだ。
ハームスはファビウスを無視して、リンに近付く。
「いやあ、しかし、ネザーランド男爵令嬢は真に上手くやりましたな?」
「はあ、何のことでしょうか」
リンは仕方なく相手をする。小太りだからか、ちょび髭の鼻息が荒くて気持ち悪い。
「国を裏切っておいて尚、のうのうと城に残っているでしょう?」
「………はあ」
どう返事しても、何かは言われるので、曖昧に相槌を打つ。
ハームス伯爵は、国王派で戦争前や戦時中は甘い汁をすすっていた貴族の1人だ。隣の男もそうなのだろう。
罪を問うほどの悪事はなかったし、小物だったので爵位や領地を取り上げられてはいない。
だが、すすっていた甘い汁は無くなった。
それで、自分を恨んでいるのだろうな、と予測はついた。
「どのような手管を使ったので?お教えいただきたいですな」
むふー、むふー、と鼻息が荒い。
「男爵令嬢には、女の武器もありますものなあ」
むふー。
はあ、気持ち悪い。
「女の武器とは?涙でしょうか?」
「ははは、26才の嫁き遅れ年増がご冗談を!」
むふー!!!
すごく嬉しそうだ。嫁き遅れ年増と言えたのが嬉しいみたいだ。
ああ、気持ち悪い。
「体を使えるでしょう、と申し上げているのですよ、あのサンズの王子とはもうご関係がおありかな?」
むふー!
「ご想像にお任せします」
リンはにっこりした。
こういうイチャモンは慣れている。女で騎士なら誰でも通る道だ。目くじらを立てていたらこっちが疲れる。
「ほほう、それとも辺境からご一緒だったらしい、赤獅子殿とかな?捕虜だったらしいではないですか、慰み者として情を勝ち取ったのでは?」
むふー!
びきっとリンの額に青筋が立つ。
は?
ライアンはともかく、イーサンを引き合いに出されたのは、怒りを抑えるのに非常に苦労した。
ライアンはいい。
腹黒いし、笑顔は嘘くさく甘い。甘え上手な猫らしいし、ガードは固そうで王妃に丁寧なのは評価するが、もしかしたら万が一、女に手が早いとかあるかもしれない。
とにかくリンは、ライアンとの仲を邪推されるのは、どうでもいい。
でも、イーサンは違うだろう!
イーサンは違う。
イーサンは真面目で単純で、優しい騎士だ。
剣を合わせた瞬間からそれを知っている。
捕虜の少年だったはずのリンが女だと知って、狼狽えまくったに決まっているのだ。
慰み者にする???
するか!!!!!
あいつがそんな事をするわけないだろう!
リンは怒鳴り付けたいのを必死で抑えた。
「いやいや、私もお相手願いたいものですなあ」
むふー。
「……そうですか、では、まず剣のお相手をしていただかなくてはなりませんね?」
びきびきと青筋を浮かべながら、自分でもかなり怖いと思われる笑顔でリンはにっこりする。
「え?」
「私、夜のお相手はある程度、強い方でないと燃えませんので。名乗りをあげられるという事はハームス伯爵は腕に自信がおありなんですね、意外です。では、今から騎士団の演習場へ向かいましょうか」
すっとエスコートの手を差し出す。
「え?、あ、いや、」
「ご心配には及びません、ちゃんと模擬刀でしますので、何かあっても顎の骨が砕ける程度でしょう、ささ」
ぐいぐいと手をその小太りの腹に突き刺した。
「は?顎?……わ、わわ私は、急用があるのだ、し、失礼する!」
真っ青になったハームス伯爵は慌てて踵を返し、隣の男もその後を追って2人で小走りで駆けていった。
「あー、リン、平気か?」
ファビウスが、ちょっとリンとの間を開けながら尋ねる。
「平気だ」
「殺気がすごいぞ、こめかみに血管も浮いている」
「平気だ、ファビウス、これから打ち合いに付き合え」
「げっ、俺で憂さを晴らすなよ」
「お前なら、そこそこ強いから大丈夫だ」
「いやいや、大丈夫って何が?もう大丈夫じゃないよな」
「いいから付き合え」
メラメラと怒りを燃やすリンは、とにかく剣を振って気持ちを落ち着けよう、と早足で騎士団へと向かいだす。
このままでは、小半時後には可哀想なファビウスが出来上がるところだったが、天はファビウスに微笑んだ。
「団長っ、喧嘩ですっ」
廊下の向こうから走ってきたのは、リンの第二騎士団の騎士だった。
「うちと第三団で喧嘩になりそうですっ」
***
喧嘩が起こりそうだと知らせを受けて、リンとファビウスが現場にたどり着くと、リンの第二団とサンズの騎士で構成される第三団が既に取っ組み合いの乱闘になっていた。
そして、到着して早々にサンズの騎士の一人の暴言が響く。
「どうせ、お前らもあの女神とヤってんだろ!!」
ーーーーーーーーーは?
ちょび髭の対応でイラついていた上に、サンズのとはいえ同業の騎士にそんな風にを言われて、おまけに自分の団員も辱しめられる形だったので、今回のリンは即座に切れた。
「えっ、おいっ」
慌てるファビウスの声はもはや聞こえていなかった。
閃光の如く、リンの飛び蹴りが先ほどの暴言を吐いた騎士の顔にめり込む。
「こんなに大勢の夜の相手なんて、出来るかあ!!」
ぶちギレたリンは乱闘のど真ん中でそう叫ぶと、足を払って踏みつけ、蹴りあげ、ひじ打ちを食らわせ、と手当たり次第にサンズの騎士達の相手をしていく。
「うわあ、だんちょう……」
味方のはずの第二団の騎士達が、ちょっと引く。
「おい!お前ら、リンを止めろ!!部下だろっ、責任持って止めろ!」
ファビウスが真っ青だ。
「サーラ団長!嫌です!サーラ団長が止めてくださいっ、あの人切れたら見境ないし、男相手は急所狙うんですよ!」
「知ってる!俺も絶対に嫌だ!」
「団長っ、落ち着いてください!」
「うるさい!!私にだって好みはある!!」
「知ってます!」
「あんなちょび髭の相手なんかするかあ!!」
「えっ、俺?俺っすか?俺も団長は嫌です!寝首をかかれそうで嫌です!」
第二団唯一のちょび髭の騎士も真っ青だ。
「団長っ、とにかく落ち着いてっ」
「リン!」
「邪魔するなファビウスっ」
「団長っっ、だから落ち着いて~」
結局。
第二団とファビウスで何とかリンを宥めて止めた頃には、股間を押さえてうずくまる多数のサンズの騎士達が、地面で悶えていた。
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