15.謝罪

リンが先頭きって第三団との喧嘩に参加して、多数のサンズの騎士をのしてから3日後、リンはルミナス総帥の執務室に呼ばれた。


「申し訳ありませんでした!」

入室して一番に直角に体を折って謝罪する。


「団長として団員達を止めるべき所、率先して騒ぎを大きくして申し訳ありませんでした!」

体を折り、頭を下げたままでもう一度謝罪を繰り返した。


「あー、えーと、はい。もちろん、あなたをその事で呼びました。ネザーランド団長」

「はい」

「団長のあなたが今回の乱闘に加わったのは、団長としてあるまじき事であったと思います」

小柄中年眼鏡からヒヤリとした怒気が放たれる。

リンがお世話になったルーナの前総帥のビリビリとした怒気とはまた違った、底冷えのするような空気だ。


あれも怖かったが、これも怖いな。

頭を垂れながら、リンは身を引き締める。


「言い訳のしようもありません、私が未熟でした」

「そうですね、団長のあなたは、やはり堪えるべきでした」

「はい」

「気をつけてくださいね」

「はい」

「以上です」

「はい、え?」


リンは驚いて顔を上げる。

向かいの執務机では、既に怒気を引っ込めた穏やか中年眼鏡の総帥が静かに座っていた。


「以上ですか?」

「はい」

「あれ?減給とか、謹慎は?」

当然、それらの罰があると思っていたのだ。


「忘れてました。すみません、来月から3ヶ月間の給金は3割カットです」

「はい、え?それだけ?謹慎は?」

ここは、少なくとも1ヶ月は謹慎の所だ。この3日もリンは自主的に謹慎している。


「謹慎は諸事情でなしです」

「諸事情?」

「ええ、まず、今回の事ですが、あなた個人に対する性的な暴言が複数あったと聞いています。あってはならない事でした」

ルミナス総帥は苦々しげに言う。


リンが聞いたのは、暴言の最後の部分だけだったのだが、あの前には複数の第三団の騎士達による「女神って本当に強いのか?」「どうせ象徴的なあれだろ?」「偉いさんに媚売ってる女なんだろ、顔はいいもんな」「女を使ってのしあがった奴が団長なんて、お前らも可哀想だな」というようなくだりがあったらしい。


第三団の騎士達は、戦場でリンと見えた事がなく、軍神の噂は聞いているが実力は知らなかった。

サンズの騎士達の中には、“騎士道と身を捨てて、民衆を救った女神”としてリンを心棒している者もいるがそれは少数で、イーサンの団のように地下牢から出てきた当初のボロボロのリンを知っている者達はともかく、大多数のリンを直接知らない騎士達はリンの事を少し胡散臭い目で見ており、第三団員達はそういう騎士達だった。


自分達が敬う第三騎士団長や、赤獅子として畏れられているイーサンがリンに一目置いている事に嫉妬もしていたようだ。

だから、リンの第二団との些細な言い合いから、リンを攻撃するような発言に発展した。




「私だって騎士の端くれです、そもそも女性へのそのような発言は許しがたいもので、サンズの騎士として情けない限りです」

「はあ…」

いやいや、騎士の端くれって、あんた、トップだよ?

本筋とは関係ない所が気になってしまうリンだ。


「ネザーランド団長が激昂するのも無理はない事でした。暴言はあなたのみならず、第二団の団員達をも貶めるものでしたし、あなたの事ですから、あなたに続く女性の騎士達の事も考えての暴挙だったのでしょう」

「あ、はい、少し違うような……」

一番最後の、後に続く女性騎士の事までは考えてなかったので、気まずい。


「あなたほどの人の謙遜は、美徳ではありませんよ。胸を張っていてください」

にっこりする穏やか中年眼鏡。


「はあ」

「そういった経緯に情状酌量の余地があるのと、もう一点、今回の事で閃きがありまして」

総帥がぴっと人差し指を立てて、いたずらっ子のような笑みになった。


「閃きですか?」

「はい。あなたが飛び蹴りした騎士、ベンジャミン・ユルムですが、謝罪に行ったらしいですね」

「はい、来ました」



乱闘の翌日、顔を盛大に腫らしたユルムが自主謹慎で私室にいたリンの元を訪れて、暴言を謝罪されている。


「申し訳ありませんでしたっ」

扉を開けた途端に土下座して謝られた。

因みに騎士団女子寮は男子禁制なので、ユルムの後ろには監督の寮母さんも腕組みして立っている。


「うわっ、えーと、君は?」

「第三騎士団所属ベンジャミン・ユルムです!昨日ネザーランド団長に飛び蹴りされました!」

「ああ、初っぱなの」

「はい!あっという間にのされました!すみませんでした!」

「いや、こちらこそすまない。その顔の腫れは私のせいか?」

顔に入れたのは最初の蹴りだけだったはずなのだが、ユルムの顔はかなりボロボロだ。


「いえ、これは乱闘の事情と俺の発言を話したら、うちの団長にやられました」

「へえー、意外だな、優しそうなのに」

第三団の団長は細い目の物腰の柔らかな男なのだ。


「怒ると怖いんです。“ネザーランド団長の強さなんて、彼女が歩いている様子見るだけで分かるだろう、馬鹿が”、と言われました」

「歩いている様子は普通だと思うが……とりあえず立ってくれ、ユルム」


ユルムの大声の謝罪に、非番の女騎士達が扉を開けてチラチラこちらを見ているのだ。

リンの方が居たたまれなくなってしまう。


「俺は歩く様子からは強さを測れない未熟者ですが、昨日、ネザーランド団長の強さは実感しています。とても失礼な事を言いました、すみません」

立ち上がってからも、ユルムは頭を下げた。


「もう気にしてない、君も気にしなくていい。顔を上げて持場に戻りなさい」

「はい、ありがとうございます……あの、1つ聞いてもいいですか?」

顔を上げたユルムが、そわそわしだす。


「なんだ?」

「昨日仰っていた、ネザーランド団長の好みはどんな方でしょうか?」

「え?」

「不躾にすみません、あなたの理想の騎士を目指そうと思いまして」

「ああ理想ね、なるほど。私の理想はでかくて強い騎士だ、頑張れよ」

にかっと笑ってそう伝えると、ユルムは「頑張ります!」と言って、寮母さん監督の元引き上げていった。




「彼はすっかりネザーランド団長に心酔しているようです」

「そうなんですね」

「ええ、第三団の騎士達もあなたに対して礼儀正しくなったとか」

「あー、まあ、そうですね、礼儀正しいというか、怖がられてる気もしますが」

自主謹慎中に食堂に行くと、これまで形だけのおざなりな礼をしていた第三団の騎士達が、リンに対してきっちり姿勢を正してくるようになっていた。

股間を押さえている者もいるので、あれは恐怖から来る行動だと思う。


「それで、閃いたんです」

「そうでした、閃いたんでしたね」


「騎士同士で分かり合うには、結局は拳と拳のぶつかり合いが必要なのでは?と。小競り合いではない、真剣なもので」

うん?拳と拳………?


「もちろん、喧嘩祭りをする訳にはいきません、騎士団ですからね。なので、剣を合わせてみては、と思い付きまして」

「はい」

合同訓練を打ち合いに特化するという事かな。

それはいいかもしれない。剣を合わせれば相手の事を知れる。


「ちょうど、王子殿下からも大衆的な娯楽のイベントをしたい、と相談されていたので、私の閃きについて昨日相談し、是非やろうとなっています」

ここで総帥は一旦言葉を切った。リンを見てにっこりする。


「2ヶ月後に剣術大会を開きます」

楽しみで堪らない、という様子でルミナス総帥は言った。


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