45.無防備 ~ルイーゼ編~
舞踏会の日、ルイーゼの用意ができたと聞いて、ライアンはルイーゼの部屋へと向かう。
ルイーゼの部屋は、前の国王が使用していて今はライアンが使っている部屋の隣にある王妃用の部屋ではなく、少し離れた国の賓客が使用する客間の内の1つだ。
前夫にあてがわれたその部屋を今もルイーゼは使っている。
ライアンはもちろん、結婚すればルイーゼにはその日の内に隣の部屋に移ってきてもらうつもりだ。
そして時々、結婚を決めた時にそうしておけば良かったと後悔もしている。
あの時はまだ、ルイーゼのことを好ましいと思ってはいたが、是が非でも手に入れたいとまでは思っていなかったし、国と戦争が絡んだ政略的な結婚相手のつもりだったので、適度な距離があった方がお互いのために良いと考えたのだ。
ルイーゼに拒まれなければ体の関係も結ぶつもりだったが、それもあくまでも良好な夫婦関係を築くための手段の1つで、世継ぎのためでもあった。
ルイーゼ本人からの希望がなかったこともあり、別段、部屋を隣にしなくてもよいだろうという結論に至ったのだ。
本当に、ルイーゼをただの駒扱いしていた自分が腹立たしい。
今のライアンはそんな冷めた目でルイーゼを見る事は到底できなくなっている。
部屋は絶対に隣だし、結婚したら出来れば毎日彼女の隣で眠りたい。
いつからなのか、わりと初期からだとは思うが、ライアンは完全に恋に落ちている。
ルイーゼと同じ空間に居ると、それだけで幸せを感じた。
あの落ち着いた声で“王子殿下”と呼びかけられて、濡れた雀の羽のようなしっとりした目で見つめられるだけで堪らなかった。
笑ってくれると満たされた気分になって、ライアンの事を気にかけてくれるととても嬉しい。
ルイーゼの全てを手に入れたいし、触れて口付けて、全部見たいと強く思う。でも、それと同時に絶対に傷付けたくなくて、意に添わないような事をするつもりもない。
彼女に触れるのは、結婚して夫婦になってからで、それもルイーゼが自らの意志でライアンを受け入れてくれるまでは、触れないと決めている。
だから、今はまだ部屋が隣じゃなくて良かったんだ。
ライアンはそのように自分に言い聞かせる。
国王の部屋の隣の部屋は本来の王妃の部屋で、奥の扉一枚で繋がっているのだ。
今の状態だと、毎夜、扉一枚の向こうの気配を感じて悶々とすることになっていたかもしれない。
はあ、でも嫌がられたらどうしようかな。
結婚式が近付いてきた今、結婚後、拒まれたらどうしよう、というのが最近のライアンの悩みだ。
添い寝だけでもしてくれるかな…………それはそれで生殺しが半端ないな。
だからといって、使命感や義務感で受け入れて欲しくもない。
そうなるのが一番嫌だな、と思う。
結婚式があるという事は初夜もあるのだが、初夜にルイーゼに淡々と事務的に対応されたらと考えると、何ともいえない、どうにも飲み込めない嫌な気持ちになる。
その時、自分はどうするだろう?
悲しげに立ち去れればいいのだが、身勝手な怒りから執拗に恋する女を責め立てて抱いてしまいそうな気もして少し怖い。
どうやら、恋愛に関して自分は少し執着的というか粘着質な気質のようだ。
知らなかった。
少しイーサンが羨ましい。
あの赤茶色の髪の騎士団長は、幼い頃からの仲だ。
3つ年上だが、イーサンは単純な性格でライアンが腹黒いからなのかあまり年上だと思った事はない。
そのイーサンは、女神のリンに惚れていて、リンを手に入れれる立場でライアンとしてもそうして欲しいのに、恋人がいるらしい彼女を想って頑なに手に入れようとしてくれない。
リンは26才で十分によい年だ、恋仲だとされる近衛騎士団長のファビウスも23才で家柄的にも結婚は可能な2人なのに結婚も婚約すらしていないのだから、もう奪っていいと思う。
ライアンならきっとそうした。
いや、うーん。いろいろな手を使って別れさせてから奪ったかな。
傷心に突け込んで手にいれて、そこからじっくり懐柔したと思う。
それをイーサンは、ただ一歩引いて見守っている。イーサンならリンが義務感から自分を受け入れようとすれば、何の迷いもなく黙って手は出さないのだろう。
そういう真っ直ぐさは自分にはないとライアンは思う。
それにしても、女神殿と近衛騎士団長って本当に恋仲かな?
確かによくじゃれてはいるけど、恋仲なら人前でじゃれるか?まあ、女神殿はかなり男前だから人目を気にしてない可能性もあるけど……
などと考えていると、ルイーゼの部屋にたどり着いて、ライアンは一旦、いろいろな思考を奥にしまった。
ノックして、侍女に導かれて部屋に入ると、華やかに着飾った想い人が立っていた。
「とても美しいです」
心からそう呟く。
焦がれる人はいつも美しい。
普段の質は良いが控えめなドレスを纏った姿も好きだが、今日のように華やかなドレスに身を包んだ姿も本当に綺麗だ。
普段は絶対に出さない、肩やデコルテも出ていてその肌の白さにくらくらしてしまう。
ガキじゃあるまいし、どうかしているな。
何とか気持ちを落ち着けて、アクセサリーをライアンの瞳の色にしてくれた事に触れて喜びを伝える。
ルイーゼが戸惑っているのが分かった。
でも、当初はただ困惑していたその戸惑いの中に、最近は照れや浮わついた様子が少し混じってきていると感じる。
願望がそう感じさせているのかもしれないけれど、どちらにしろ、ライアンの好意が迷惑ではないようだ。
「麗しく気高い私のレディ、あなたをエスコートできて光栄です。お手をどうぞ」
腕を差し出せば、彼女にしてはぎこちなく手を添えてきた。
今日は少し無防備で可愛いな。
出来ることならこのまま拐って自室に連れ込みたい。
そんな事を考えながらも、ライアンはちゃんと穏やかに会話をリードし、ホールについてからは貴族達の相手をそつなくこなした。
やがて曲が始まったので、決まっていた通りルイーゼをダンスに誘う。
ホールの中央に向かって位置につくと、ルイーゼがにこにこしていた。
ダンスをリードしながら笑顔の理由を聞くと、さっきすれ違ったイーサンとリンのペアのことで、リンがコルセットを着けてないのに盛大に焦っていたイーサンが原因だった。
「ふふ、取り乱してましたね。女神殿はコルセットなしのようだ」
そう返すと、予想外の質問がきた。
「王子殿下も慌てますか?」
ルイーゼにしては踏み込んだ質問だ。
どうしたんだろう、今日の彼女はやっぱりかなり無防備だ。
ドレスのせいか?
ライアンがすっかり仲良くなった王妃付きのベテラン侍女シルビアによると、前国王はルイーゼにドレスを贈ったことはなかったようだし、こういう華やかで品はあるが露出のあるデザインを着るのは珍しいらしい。
それとも、自分のせいだろうか?
私のエスコートとダンスに少し浮わついている?
だったらいいな、と思う。
ライアンはルイーゼの耳元に顔を寄せて囁く。
「あなたがそうだったら慌てました」
囁くとみるみるルイーゼは真っ赤になった。
ステップが乱れたので、ライアンは慌ててリードを強くする。
「す、すみません」
真っ赤になって謝るルイーゼ。
すごく可愛い。
「いえ、私のせいです。動揺させてしまいました」
「すみません」
まだ真っ赤だ。
ああ、マジで可愛い。
普段の落ち着いたルイーゼとのギャップが大きくてしんどい。
本当に5つも年上だろうか。
恋愛偏差値めっちゃ低くないか、可愛い。
「大丈夫です」
「あの、王子殿下の好きな食べ物は何ですか?」
ええ、ここで話題変えるの?
そんな唐突に?
びっくりしてこちらのリードも少々乱れた。
「ああ、ごめんなさい」
「いえ、大丈夫です。……今日は随分無防備だな」
はあ、連れ込みたい。
自室に連れ込みたい。
こんな無防備なルイーゼは、滅多にお目にかかれない。今なら、自室に連れ込んで告白したらなし崩しで押せそうだ。膝に乗せて腰を抱いて、むき出しの肩に唇を寄せても拒まれないと思う。
キスも出来るかも。
中座する訳にはいかない舞踏会であることが恨めしい。
「え?」
「何でもないです。少し舞い上がってしまいそうで困ります」
「舞い上がる?」
「んんっ、何でもないです、好きな食べ物でしたね」
ライアンは自制心を総動員して、王子の笑みでダンスと会話を続けた。
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