46.優先順位 ~ルイーゼ編~
ライアンとのダンスを終えたルイーゼは、続いてイーサンと踊る。
イーサンは、ちゃんとコルセットを着けているルイーゼ相手に明らかに安堵している様子でおかしかった。
ルイーゼも、イーサンと無難な会話をしてやっと落ち着いてくる。
舞踏会の目的を思い出して、ルイーゼは気持ちを切り替えた。
戦争が終わって初めての大規模な舞踏会。
サンズ軍は穏便にルーナを制圧したし、進軍中は各地で食糧の補給までしていたので、民への受けはいい。後は貴族達だ。
この舞踏会でライアンやイーサンの印象を良くしておくことは非常に重要なのだ。
舞踏会の3ヶ月後には戴冠式で、その10日前の貴族会議でライアンを国王する決議が取られる。
他に候補がいないので決議自体は形式的なものだが、宰相の旧国王派は何かと制約や条件を上げてくるだろう。それを出来るだけ有利に乗り切るためには、中立派の貴族達の支持が必要になってくる。ここで良い印象を残して、会議までにしっかり足場は固めておきたい。
ルイーゼは浮わついた気持ちをしっかりと奥へとしまった。
二曲続けて踊った後、参加している貴族達にライアンと共に挨拶をして回る。
戦争中に無理を言った者を労い、領地の様子を聞いて、支援が必要なようなら何かできるだけ事を検討すると伝えた。
戦争が終わって初の舞踏会で、サンズの王子であるライアンがいる事もあって陳情が多い。
ルイーゼは丁寧に話を聞き、ライアンも穏やかに、しかし名言を避けつつ、手助けを惜しまない姿勢を見せた。
懐に入るのが上手いのね。
ルーナの貴族達としっかり打ち解けつつあるライアンにルイーゼは感心する。
少し低姿勢気味で、国王というよりは参謀タイプな気はするが、まだ23才なのだ、威厳や貫禄はその内に出てくるだろう。それまではルイーゼが支えればよい。
最初の掴みとしては感触は良さそうだ。
これなら何とかなるだろう。
後はこのまま平和に今夜を終えるだけね、と安堵しだした時だった。
少々慌てた様子のファビウス・サーラ近衛騎士団長がライアンに近付いてきて、何やら耳打ちした。
ライアンの眉がぴくりと動いて、ちらりとルイーゼを見たのでルイーゼは微かに頷いた。
「すみません、王妃殿下が少しお疲れのようです、休憩をとらせていただきますね」
ライアンは歓談していた人達ににこやかにそう伝えると、「二曲も続けて踊らせてしまいましたからね」とそっとルイーゼの腰に手を回して、ホールの奥の別室へと誘った。
別室で人払いがされ、ファビウスが、舞踏会の休憩室の一室でハームス伯爵が違法な薬物を焚いていた事と、それにリンが巻き込まれた事を伝える。
リンは焚かれた煙を吸っていて、今は医師の診察を受けているはずだという。
「最近、出回っている薬物ですか?多幸感を得られるという」
確か中毒性もあるのよね、とルイーゼは思い出す。
「そうです。ハームスは薬物取引に関わっていました。捨て駒にされて自棄になっていたようですね、ネザーランド団長相手に、舞踏会に合わせて行われている取引まで喋りました。そちらには今、第一騎士団のバトラー副団長が向かっています」
「ネザーランド団長は無事ですか?」
「外傷はありませんし、意識もしっかりしてます。襲おうとしたハームスも彼女が自分で片付けてます。ただ、かなりの濃度の煙を吸ったようで……」
ファビウスの表情が険しくなる。
この優男がこういう表情をするのは珍しい。煙を吸ったリンの体に、何らかの影響が出る可能性を心配しているのだろう。
ルイーゼとしてもそこは気がかりだ、何もないと良いけれど。
「…………」
「どうしますか?舞踏会」
ライアンがルイーゼに聞いてきた。
サンズの王子様はルイーゼの意見を尊重してくれるようだ。前夫では一切なかったことだ。
ルイーゼはきゅっと拳を握った。
「それは、続けましょう。中止はイメージが悪くなります。これ以上の企みがないのならこのまま続けます。サーラ団長、念のために警備は厳しくしてください」
「はい」
「それと、あなたにもネザーランド団長にも申し訳ないのですが、ハームス伯爵は1人で休憩室で薬物を焚いていた所を騎士団で取り押さえた事にしてください」
舞踏会を続けるのだ。
後から、その最中に女神のリンが事件に巻き込まれていた事が知れるのは具合が悪い。
「分かりました。ネザーランド団長もそれを望むでしょう」
「ごめんなさい。ネザーランド団長には後で私からきちんと伝えます。薬物の影響が出た場合も私が責任を持ちます」
現場にリンをいなかった事にすると、ハームスを取り押さえて薬物の取引を聞き出した手柄はなかった事になるし、万が一、リンに何らかの薬物の後遺症が残った場合、言われのない疑いを抱かれる可能性だってある。
出来ることなら事件を公表して舞踏会を中止したいが、この場合は舞踏会を続けることが優先されるべきだ。
それを、リンの従兄弟で彼女を大切に思っているファビウスに伝えるのは心苦しかった。
「はい、ありがとうございます」
「ごめんなさい、あなたにとっては大切な従姉妹なのに」
「王妃殿下が気に病むことではありません。会場での危険がないなら、中止は悪手です。ネザーランド団長は煙は少ししか吸ってないようですし、手柄なら捨てるほどあります、きっと拘りませんよ」
ファビウスが困ったように微笑んだ。
ルイーゼはファビウスに、せめてリンに付いているようにと言ったのだが、「舞踏会が終わってからでないと、仕事しろと追い返されます」と却下されてしまった。
ファビウスが任に戻り、ルイーゼとライアンも何事もなかったかのように会場へと戻る。
引き続き必要な社交をこなして、ルイーゼは無事に舞踏会を終えた。
舞踏会を終えると、その足でルイーゼはリンのいる客間へと急いだ。
近衛騎士から、リンの健康に害はなかったと聞いているが自分の目で確認したかったし、舞踏会の成功を優先する決定を下したのは事実なので、ちゃんと説明がしておきたかった。
客間にたどり着く。
扉がきっちりと半分開けてあり、中からは怒ったイーサンの声が聞こえてきていた。
リンが怒られているようで、そこに立ち入るのはどうかと思い、ルイーゼは扉の外で立ち止まる。
盗み聞きみたいになってしまうが、しょうがない。話が終わったらノックして入ろう。
部屋からは、イーサンに答えるリンの元気そうな声も聞こえて、それにはほっとした。
「いいか?何度も言うが、単独で行動するな」
「それは反省している」
「おまけに無断だ、たまたまハームスが監視下にあったから、シアがすぐに乗り込めたんだぞ、それがなかったら誰も来なかった」
「いや、ハームス1人だったし、全然平気だった」
「複数人いた可能性だってあった!」
「城の舞踏会の休憩室だぞ?賊なんて入りようがないだろ?まあ参加者で示し合わせれば可能だが、そこらの貴族の男なら何人いようと対応可能だ」
「リン、今日のお前はドレスで丸腰だったんだ」
「いや、丸っきりの丸腰では……あー、まあ、そうだな」
「薬も焚かれていただろう、実際に筋力弛緩の作用も出ている。しっかり吸わされていたら、ハームスだってお前を好きに出来た。お前、あんな奴、くそっ」
「イーサン?勝手にハームスと私の濡れ場を想像するのは止めてくれ、想像の中でも気持ち悪いから」
「してないっ!おっまっ、反省しろ!」
「だから反省してるってば」
「してない!してないから怒ってるんだ、だいたい、何で単独だ」
「うわあ、戻った。最初に戻ってるぞ、イーサン」
戻ってるわ。
半開きの扉の前でルイーゼもそう思う。
これは、しばらく入れないわね、と困っていると、リンの後方で肩をすくめていファビウスと目が合った。
ファビウスはファビウスで、舞踏会が終わるなり駆けつけていたのだろう。
苦笑しながらファビウスが部屋から出てくる。
「あっ、おい、ファビウス、置いていくなよお」
「リン!話はまだ終わってない」
「いやだから、悪かったと」
ファビウスの後方ではまだ説教が続くようだ。
「王妃殿下、わざわざすみません。あの通り本人は元気です」
出てきたファビウスはそう言う。
「そのようですね、安心しました。舞踏会での決断について説明しておこうと思ったんですけど、今日は難しそうですね」
「単独無断行動の上に、丸腰でしたからね。私もさんざん言い聞かせましたが、ランカスター団長にもしっかり怒っておいてもらいましょう」
「ええ、私の話は明日にします」
「では、お部屋までお送りします」
近衛騎士団長はいつもの甘い笑顔で言い、ルイーゼはそれにもほっとする。
そうして、ルイーゼはファビウスに部屋まで送ってもらい、さっと湯浴みをすると、いろいろな疲れもあつて突っ伏すように寝た。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます