47.打診 ~ルイーゼ編~

舞踏会が無事に終わり、後は戴冠式と結婚式への準備だったはずなのだが、舞踏会の夜に現場を押さえた違法薬物の取引で、想定していたよりもずっと多くの中立派の大物貴族達の名前が出てきてしまい、騎士団も城もバタバタした。

ルーナのみならず、サンズの大物の名前まで出てきて、ルイーゼとライアンもその事後処理に追われる。


違法薬物取引自体は、輸入元から流通ルート、販売ルートまで叩き潰せたのでそれは良かったのだが、多くの貴族の捕縛は貴族会議の勢力図に激震を与える事となった。

捕縛された貴族はそのほとんどが、会議の最大派閥である中立派の中心的な貴族だったので、まとめ役がいなくなった中立派が浮き足だつ。

王妃派と旧国王派に流れる者が続出して、一気に派閥争いが激しくなったのだ。


そして、その争いは王妃派に少し分が悪い。

薬物取引にサンズの大物貴族が関わっていたことで、そしてその貴族がサンズとしても手のつけにくい相手で強硬な手段に出れずにいることで、ライアンへの不信感が広がってしまった。

これまでのライアンの実績もあるし、サンズとの交渉は続けていくので、不信感はやがて下火になるだろうが、時期が悪い。

即位の是非を問う、戴冠式前の会議まではあまり日がなく、このままでは即位は出来ても様々な制約が付いてくる畏れがあった。


やっと薬物取引に関する捕り物が一段落したある日、ルイーゼは公務の間に中立派の貴族と接触して、丁寧に説明を試みようと考えていた。


1人でも多く、こちらに好意的な相手を確保しておきたい。とりあえず手紙を送ろうか、と思っていると、ライアンが訪ねてきた。


侍女から来訪を告げられて、通してもらう。

派閥争いの相談だろう、とルイーゼは思い執務机から立ち上がってライアンを迎えた。


「お時間をいただき、ありがとうございます。大切なお話があるのです」

ルイーゼの執務室に入ってきたライアンはそう言って人払いをすると、ルイーゼにソファに座るよう促した。そして自身も向かいに座ると、いつもの穏やかな笑みでこう伝えてきた。



「次の会議で、あなたの即位の案を通します」

この時点では、ルイーゼは状況が全く飲み込めなかった。



「王妃殿下、あなたが女王に」

絶句するルイーゼにライアンが続ける。



「あなたは賢く、思いやりも深く、貴族からの信もあり、民にも人気です。常に王妃の立場を忘れず思慮深い。何より国の為を思っています。王位にはあなたこそ、相応しい」


ルイーゼは息を飲む。やっと頭が追い付いてきた。

「本気ですか?」


「本気です。既に会議には手を回しています。あなたさえ受けてくれるのなら、次の会議で賛成多数で可決されます」

「でも、そうなると、王子殿下の立場はどうなりますか?」

ルイーゼが聞くと、サンズの第三王子であるライアンはその青灰色の瞳を嬉しそうに細めた。


「私の事はお気になさらないでください。立場は今とそんなに変わりませんし、問題ありません」


「もし、今回の違法な薬物関連の事を気にしているのでしたら、今が一番、不信感が強い時期なので、その内に落ち着くはずです」

ルイーゼが踏み込んでそう伝えてみると、ライアンは微笑んだ。


「いいえ、今回の事がなくても、私はこうしたでしょう。こちらの方が私の性分に合っています」

優しい微笑みのまま言うと、ライアンは身を乗り出してルイーゼの手を取った。

公の場でのエスコート以外で触れられたのは初めてだ。少し驚いたが嫌ではなかった。

ライアンの手はひんやりとしている。


「王妃殿下に、私の事を気にかけていただくだけの慈悲があるのならば、今からする申し込みをお許しください」


そして5つ年下の王子様は、愛の告白をしてきた。


「隠していませんでしたので、とっくにお気付きかと思いますが、この身が焦がれるほどにあなたを愛しています。一朝一夕の想いではありません、あなたの聡明さに惹かれ、仕事ぶりに好感を持ちました。控えめですが、王妃として穏やかな威厳もあり、敬意を払っています。ほんの時折見せる少女のような一面や、柔らかい笑顔も大好きです。

私の隣で私を支えて欲しいと思っていましたが、いつしか、私があなたを支えるべきだと思うようになりました。あなたに生涯仕えて、お支え致します。私と結婚してくださいませんか」


告白自体には驚かなかった。

ライアンが言うように、最近のライアンはルイーゼへの気持ちを隠していなかったので、その好意は知っていた。


跪かれたり、抱き寄せられて情熱的に告げられていればびっくりして慌ててしまっただろうが、ライアンは瞳にこそ熱はあるものの、淡々と落ち着いた口ぶりだったので、ルイーゼは狼狽えずに告白を聞けた。「大好きです」には若干ドキドキしてしまったが、平静は保てた。


ライアンが微笑みながら「お返事をいただけませんか?」と聞いてくる。


「お返事するまでもないでしょう、決まっている事です」と返そうかとも思ったが、それをするにはルイーゼはライアンの事を好ましく思い過ぎていた。

戸惑うばかりだが、今のルイーゼにこの年下の王子を傷付ける事はできそうにない。


だからと言って「喜んで」という諾の返事も出来そうもなかった。

国母はルイーゼが10才の時から為るべきもので、結婚はその為の手段の1つだった。

唯一知っている男は自分に冷淡な前の国王だけで、だから、ルイーゼは実地の愛や恋を知らない。


簡単に「喜んで」と返して、ライアンを幸せにしても、後々、傷付ける事になるような気がした。


どっちに転んでも、この王子様を傷付けてしまう。

迷った末に何とかルイーゼが言ったのは、「手が冷たいですね」だった。


「これでも緊張しているんです」

ライアンがほんの少しむっとする。

ルイーゼは笑ってしまった。


「落ち着きはらって見えますよ。愛に身を焦がしている方の求婚とは思えないほどしっかり話されていました」

「妃殿下がお望みなら、抱き寄せて愛を叫ぶこともできます」

ちょっとだけ意地悪く言ってみると、しれっとそう返されてルイーゼはまた笑った。


そんな事をされたら、ルイーゼはパンクしてしまう。もちろん、ライアンにそんなつもりはないのだ。彼はきっとルイーゼがしっかり落ち着いて返事が出来るように告白してくれた。

くすくす笑いながらルイーゼの胸がじんわりと温まる。


「否定をされないのなら、諾と受けとります」

しれっとしたままのライアンが告げた。


これもライアンの優しさだろう。返事をしづらいルイーゼを追い詰めないようにしているのだと分かって、ルイーゼは否定をしない事にした。

ずるいけれど、今は甘えようと思う。


「いいですね、王妃殿下、諾とみなしますよ」

ライアンの畳み掛けに、ルイーゼは困り顔で笑う。


ルイーゼが否定しなかったので、ライアンはルイーゼの手へ顔を寄せて口付けをした。


「私の生涯をあなたに捧げます。私の陛下」

今回の言葉にはしっかりと熱がこもっていた。

ルイーゼは手と顔が熱くなってしまって、そっと手を引く。

ライアンはすぐに手を離してくれた。


「“陛下”は早いです。そちらにはまだ返事をしていません」

「こちらは、お受けくださると信じています。あなたが即位するなら、王妃派に流れるという中立派の貴族は多い。旧国王派は私の即位に向けての制限とその理由を考えるのに必死です、女神の受け皿にも注力している。今なら完全に裏をかいて、無風で即位出来ます」


「女神の受け皿?」

「こちらの話です。1つ、撒き餌というか疑似餌をまいてまして」

「疑似餌……」


「そちらはまた後日お話します。今はあなたの女王の件です。今までも、軍事以外の主だった政策はあなたの意見を聞いて、決定はあなたに委ねてきましたので、即位しても、決定権があなたに移るだけで、この10ヶ月ほどの状況からの大きな変化はありません」


「軍の事は、私は素人です。自治領の問題を武力で解決する際も、ろくな決断は出来ないでしょう」

「それは、私が担います。お支えすると申し上げましたよ」

実際に担うのは騎士団と総帥ですけど、とライアンは付け足す。


「何より、王妃殿下は女王という立場に魅力は感じておられるでしょう?あなたは権力を欲するタイプではないが、国や民のために働く事はお好きです。女王になれば一生それが出来ます」

「王妃でも出来ます」

「私よりあなたが適任です」

「しかし、サンズは良い顔をしないでしょう」

「私が何とかします」

「今日は引いてくれないのですね」

「この件に関しては、一歩も引く気はありませんね」

ライアンが23才の青年らしいギラギラした目をしてくる。

これが彼の素なのかしら、とルイーゼは思う。

ルイーゼの前でのライアンは常に礼儀正しく穏やかな青年だ。


そのライアンの熱意に影響されたのかもしれない。

ルイーゼは自分が女王になる事に少しわくわくした。


こういうの、久しぶりだわ。

幼い頃に、プレゼントの箱を開けた時や、遠出をした時の感覚に似ている。


ルイーゼは静かに答えた。

「即位の話、お受けします」



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