48.戴冠式 ~ルイーゼ編~

「ルイーゼ・ルーナ王妃殿下の女王への即位を提案します」


戴冠式直前の貴族会議にて、ライアンより高らかに告げられたその提案に、一部の貴族は騒然となり、しかしその他の訳知り顔の貴族達の賛成多数によって、ルイーゼの女王即位はあっけなく決まった。

ライアンを王配とすることも難なく通り、旧国王派は何も出来ないまま会議は終了した。




「あなたが女王とは」

散会後、会議場では目を丸くしていたカザネス宰相が、平静を取り戻してルイーゼに話しかけてきた。


「お手柔らかにお願いします」

「やりにくいですねえ」

「あら、意外です」

「手塩にかけて育てましたので」

カザネスがニヤリと笑う。


「恩は感じております。これからもお世話になるつもりです。宰相、あなたには多くの不利な条件で交易をするサンズとの、出来るだけ有利な交渉をお願いするつもりです」

「ややこしそうですね」

「お好きでしょう?前国王はあなたが力を付けすぎるのを嫌って外交には関わらせませんでしたけど」

「面白そうな内は尽力しますよ」

「向こう5年の不利な条件です。あと5年は楽しめますね」

ルイーゼは微笑んでそう告げた。



そこからは、10日後の戴冠式と結婚式まであっという間だった。

準備自体はライアン用にされていたものを全てルイーゼに置き換えるだけでよかったので、大きな混乱はせずに当日を迎える。


神殿でルーナの王として厳かに王冠を戴き、ルイーゼは改めて国の為に尽くすと誓った。

戴冠式の後に、女王として叙勲や褒章の儀式を行い、流れるようにライアンとの結婚式も行われる。


ルイーゼは二度目の婚姻の誓いをした。


夫婦となったライアンと、神殿の入り口から集まった人々に姿を見せると大歓声で迎えられた。

新しい女王に熱狂する人々にルイーゼは笑顔で手を振る。

ルイーゼとライアンは花で飾り付けられ、客車がオープンになった馬車に乗り、王都の大通りをゆっくりと沿道の人々に祝福されながら城へと戻った。



***


そして夜、初夜である。

ルイーゼは初夜の支度をして夫婦の寝室にいた。


支度といっても、念入りに湯浴みをして香油を少し塗っただけで、ふりふりの夜着や、すけすけの下着を着ているわけでない。


侍女達には、やたら可愛らしい夜着を勧められたのだが、しっかりきっぱり断っていつも夜着にしてもらった。

でもこれだって、日中のドレスからすると随分と心もとない。ルイーゼはその上から薄手のガウンも羽織って寝室をうろうろしていた。


乙女では勿論ないし、閨は元夫との間でたまにはあったはずなのに、緊張がすごい。


元夫との初夜もガチガチではあったのだが、あれは緊張というよりは、恐怖に近かった。

婚約時代から冷たかった元夫が優しくしてくれるとは思えなかったので、16才のルイーゼはこれからされる行為がひたすらに怖かったのだ。

結局、何の連絡もなくすっぽかされて惨めな夜なだけだったが。


しかし、今回は違う。

まず絶対にライアンはここに来る。


「今夜、部屋には行きます。待っててくださると嬉しいです」

神殿から城への道中の、ふとした瞬間にそう囁かれている。


だから、訪れることは確定だ。


でも、部屋行きます、という事は、初夜をしないという事もあるのかしら?

そわそわとベッドに腰かけてルイーゼは考える。

私が拒めばしないのでしょうね。

きっとそうだろう。


別にいいのに。


そう思ってからルイーゼはびっくりする。

別にいいのに、なんて元夫の時は思ったことなどない。いつも嫌だった。いつも目を瞑り、終わるのを待っていた。


別にいいんだ。

ルイーゼは自分の気持ちを確かめるように、そろりと自分の胸に手を置いた。


そしてここで、ルイーゼは、ベッドに腰かけている自分にはっとする。


これでは、待ち望んでいるみたいではないかしら?

そう思い付いてしまってさっと立ち上がった。

かあっと顔が火照って、どこでライアンを待つのがいいのかと部屋を見回す。


ソファ?

でも、こんな状況で隣に座られたらまともに話せないわ。


書き物机の椅子?

変よね。


壁際に立つ?

怪しいわ。


やっぱりベッド?

考えてみるとこれが普通な気はするけれど、でもやっぱり隣に座られたら…………


ああ、どこで待つのが適当なのかシルビアに聞いておくべきだったわ。


完全に挙動不審になり、さっきより早いペースで部屋をうろうろと歩き回る。


待って、歩き回っている時に入ってこられたら、マズイわ。

別にまずくはないのだが、軽いパニックのルイーゼはますます狼狽える。


どうしよう?

早く落ち着かないと!

どうしよう?!


結局。


混乱の極みに達したルイーゼは書き物机の椅子にちょこんと座った。

ここが一番、ライアンの部屋と繋がる扉に近かったからだ。入ってすぐに見つけてもらうのがいいだろう、というよく分からない結論に達したルイーゼだ。


とくとくとくとくとくとく、と煩い心臓を宥めてガウンの裾をいじいじしていると、扉がノックされて、遠慮がちに開けられた。


ゆったりした寝衣に身を包んだライアンが入ってきて、すぐにルイーゼを認める。


ひゃああっ

真っ赤になったルイーゼは思わず立ち上がった。

でも、立ち上がったものの、何と声をかければいいのか分からなくて固まる。


少し硬い様子で入ってきたライアンは、そんなルイーゼを見て、ほっとしたように笑った。


「緊張してくれているんですね」

「王子殿下は落ち着いてますね」

つい嫌味っぽく言ってしまった。


「いいえ、緊張していますよ」

「うそ」

唇を尖らせると、ライアンが目を丸くする。


「はは、こんなに可愛いとはヤバイな。陛下、自重してください、目も潤んでいるし顔も真っ赤でその顔は困ります」

「困るんですか?」

「拒まれても従えるかどうか分かりません」

「拒みません」

断言すると、ライアンは優しく微笑んでルイーゼのすぐ側までやって来た。


「あなたが可愛いと優しく出来ます。抱き寄せてもいいですか?」

「拒まないと言いました」

はあ、とライアンは息を吐いて、ルイーゼを優しく抱き締めた。

ライアンの胸にルイーゼの頬が触れる。寝衣ごしに堅い胸板を感じて心臓が跳ね上がる。


「……よかった」

「何がですか?」

「あなたが可愛いくて。あなたに事務的に対応されたら、乱暴にしてしまうんじゃないかと怖かったのですが、杞憂でした。すごく可愛い、あー、これはこれでマズイな」

「まずいの?」

「まずいですね。胸がいっぱいになりそうです。大人っぽくしたかったのに。2人の時はルイーゼと呼んでもいいですか?」

「え?はい、構いません」

いきなり名前を呼ばれて驚くが、嫌ではなかった。


「私の事はライアンと」

「えっ?お、王子殿下ではダメですか?」

「ダメですね。もう王子ではないですし」

「では、殿下と」

「なら私も陛下にしますよ。ベッドの上で陛下でもいいんですか?」


ぼふん、と音がするくらいにルイーゼの顔が更に赤くなる。


「あ、ベ、」

ベッドの上で陛下と呼ばれるのは、何やらとてもいやらしい気がした。

そして、ベッドの上!

そうだけど、今から確かにそういうアレだけど。


「ね、ライアンと呼んでください。ルイーゼ」

「分かりました」

「さっそく、呼んでください」

「ライアン」

小さく呼ぶと、ルイーゼを抱き締める腕に力が加わる。


「キスしてもいいですか?」

どんどん進めてくる王子様。いや、夫。

「はい」

努めて何でもないように返事をして、ルイーゼはぎゅっと目を瞑った。


ライアンの手が頬に添えられて、顔を上に向けられる。

「キスは苦手?」

眉間のシワをそっと触られて聞かれた。


「恥ずかしながら、経験がないのです」

ルイーゼはキスはした事がない。元夫はしてこなかったし、結婚式の誓いのキスは額にされた。

ぎゅっと目を瞑ったまま答えると、ライアンの手がぴたりと止まる。


「…………」

そこから何の反応もないので、そろりと目を開けると、ライアンが片手で顔を覆って固まっていた。


「あの……?」

「はあ、死にそう」

「えっ」

「こっちの話です。初めてには拘らない性質なんですけど、これは嬉しいです。誓いのキス、額にして良かった。あんな場所ではじっくり味わえないですもんね」

ライアンは両手でルイーゼの顎を優しくすくうと、そっと顔を近付けてきたので、ルイーゼは慌てて再び目を瞑った。


ふに、と柔らかいものが唇に触れる。

それはすぐに一旦離れた後また戻ってきて、ふにふにと二度三度とキスされた。

四度目は唇で唇を食まれて、ライアンの手が離れる。


キスだけで蕩ける、などと聞いたことはあるのだが、初めてのキスは意外に普通だった。

ルイーゼはほっとして目を開ける。


「このまま進めても?」

切ない顔のライアンに聞かれてルイーゼは頷いた。


「あの、恥ずかしいので、いちいち聞かないでください。あと、わ、私はあなたが好きなので全く不快ではありません」

最後の部分は早口になってしまった。


ライアンは絶句した後、再び、ぐい、とルイーゼの顔を引いて少し強引なキスをしてきた。

「もう一回、言って」

上気した顔でライアンが言う。


「あなたが好きです」

分かっていた事だった。


ライアンから熱く見つめられていた戸惑いの中に、居心地の悪さが出てきた時から少しずつ好きになっていた。

あんな風に距離をとって優しくされ、気遣われながら蕩ける笑顔を向けられて、好意を持たない方が難しいと思う。

何よりこの夜を自然に受け入れている時点で、好きに決まっていた。


身を焦がすほどの熱情ではないが、ルイーゼは穏やかにライアンが好きだった。


「物凄く、嬉しいです」

ちゅっ、ちゅっとライアンがキスを続ける。

「見も世もない、とかではないのですが」

「あなたらしいです」

キスが瞼や鼻やこめかみにも降ってきた。


キスが一段落すると、甘い笑顔でライアンが言う。

「じゃあ、遠慮なく進めますね」



そうして間もなく、ルイーゼはキスだけで蕩けるの意味を知った。



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