39.結婚の打診 ~ルイーゼ編~

ライアンとの初対面を終えた翌日、宣言通りに彼は朝の早い時間にルイーゼの居る客間へとやって来た。


昨日と同じように長身の女騎士シアが控える中、昨日と同じようにライアンはルイーゼの向かいに座り、開口一番に淡々とこう告げた。


「あなたには現国王と離縁して、私と結婚してもらいます。私はあなたを娶ることで、ルーナの王になる」


えっ。

ルイーゼは、心底驚く。

とても久しぶりに頭が真っ白になった。国王が逃げたと聞いた時ですら、ここまで真っ白にはならなかったのに。


最初に浮かんだのは宰相の言葉だった。

「王妃という立場は利用もしやすい、あなたはまだお若いし、それなりに美しく魅力的です」


思わずライアンを見返した自分の目は、揺らいでいただろう。


ライアンは困ったように眉を寄せたが、その目に妥協はなかった。同時に、そこには熱っぽさや色欲もない。


どうやら、ライアンが欲しいのはルイーゼの“王妃という立場”だけで、宰相が言った、“それなりの美しさ”や、まだ何とかあるギリギリの“若さ”ではないと分かって、ルイーゼはひとまずほっとする。


「私のような年増を娶らずとも、高位の貴族のご令嬢であれば、王家の血を受け継いでいる者がおります。私は王子殿下への支持を発表して身を引くつもりですし、わざわざ私と結婚しなくてもよいと思いますが」

このサンズの王子様の見た目と物腰、加えて国王の地位があれば、手を挙げる家門も令嬢も多いだろう。何も自分と結婚することはないと思う。


「あなたは控えめで賢く、仕事も正確です。そして国と民の事を想い、ご自分の意見をしっかり持っています。あなた以上の女性を探すのは難しいでしょう」

ライアンはにっこりと微笑みながらルイーゼの提案を打ち消した。


「……」

そもそも拒否なんて出来ないのだ。

最初のライアンの言葉は問いかけではなく、宣告だった。


まだ、身は引けないのね。

虚しいような、嬉しいような、複雑な気分だ。

ルイーゼは、小さく息を吐いた。


「分かりました。お受けします」

いつもの落ち着いた声でそう答えた。目も、もう揺らいではいない。


少なくとも、この若い王子様は前の王子様のようにルイーゼを疎んではいないし、ルイーゼ以上の女を探すのは難しい、とまで言ってくれた。


そこに愛はなくとも敬意はあると思う。

きっとそれなりにやっていけるわ。大丈夫、前の結婚よりはマシなはずよ。

ルイーゼは自分にそう言い聞かせた。


ここでライアンは更にこう付け足す。


「出来れば、私の子も産んでもらいたい」


これにもルイーゼは心底驚いた。

頭が真っ白になるのとはまた違う驚きだった。思わず、えっ、と声に出しそうにもなったが、何とか堪える。

今回は一瞬だけ、ちり、と熱を感じた気もして、王子様をまじまじと見つめるが、王子様の笑みは完璧な作り笑いのままだ。


「ダニエル王子の存在は知っていますが、私とあなたの子に後を継がすのが一番平和的で望ましいです」

「それは……お約束は出来かねます。私と現在の夫は結婚して12年になりますが子はいません」

何とか気持ちを持ち直して、ルイーゼはまず伝えるべき事を伝えた。


国王と結婚して12年、あの男が戯れにルイーゼの寝室を訪れるようになってからなら8年だろうか、その間に子は為していない。

そういった行為自体、数ヶ月に一度ではあったが、それでもできる時はできるはずだ。


ルイーゼにも、せめて子供を、と思った時期はあった。

国と民の為に働けるのは生きがいだったが、膨大な公務はルイーゼを疲弊させ、あの夫の元、自分は愛される喜びも、何かを慈しむ優しさも知らぬまま一生飼殺しの仕事漬けで暮らすのかと悲嘆に暮れるような時は、せめて自分に子供がいれば、と願った。

男の子なら、何かと揉めるから女の子がいい、と具体的に想像したりして、どうしようもない虚しさを感じたこともある。


そんな期待と虚しさも、25才を過ぎたあたりから無くなった。

国王は若い頃からの愛人であった側妃との間にも、子はダニエル王子一人だけだったので、子を授からなかったのは国王側の原因が大いにあるような気はするが、ルイーゼは自分にも何か問題があるのでは、と思うようになったのだ。


「出来れば、の話です。無理強いもしません。あなたが許さないのなら、触れもしません」

ライアンが穏やかな眼差しのまま告げる。


結婚して、国王になってしまえば、ルイーゼの許しなど得なくても関係は結べるのに、許さないなら触れない、とは紳士的ではある。

紳士的ではあるが、少しほっとすると共に1つの考えが浮かぶ。


そもそも、王子は私にそういう欲を感じるのかしら?

ライアンにとってルイーゼは5つも年上で、おまけに国王のお古だ。正統派王子が触れたいと思う相手ではない。

ルイーゼは再びライアンを見るが、王子様の崩れない微笑からは真意は掴めなかった。


もしかすると、ルイーゼの拒否を理由に早々に側妃や愛妾を置くつもりなのだろうか。

色に溺れるタイプには見えないが、ルイーゼに触れたくなければ、他の女性を置くことになるだろう。


ルイーゼとしては、ライアンが他に女を囲うのは全然構わない。何といっても初婚の時の夫には既に側妃もいたのだから。


私は、王妃としての立場だけ弁えればいいのだわ。

彼もそのつもりに決まっているのだから。


結局、ほんの一瞬だけ甦った子供への想いを打ち消してルイーゼはこれにも「分かりました」と答えた。





***


そうして、この日の内に不在の国王に代わって、ルイーゼが国王代理となった。

国王代理となったルイーゼは、緊急時に会議にかけずに国の方針を決める事の出来る、“国王の専決権”を行使して、宰相とライアンの立ち会いの元、自分と国王の離縁、国王の王族からの除籍、ライアンとの結婚を決めた。



その翌日、城の謁見室にて発表の場を設け、戦争の敗北とサンズへの降伏、王妃の離婚と新しい結婚についてルイーゼが公表した。



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