27.派閥争い
「あなたこそ、相応しい」
ルイーゼの執務室で、人払いをしてソファに向かい合って座る薄茶色の柔らかそうな髪の5つ年下の男は言った。
ルイーゼは息を飲む。
「本気ですか?」
「本気です。既に会議には手を回しています。あなたさえ受けてくれるのなら、次の会議で可決されます」
「でも、そうなると、殿下の立場はどうなりますか?」
ルイーゼが聞くと、サンズの第三王子であるライアンはその青灰色の瞳を嬉しそうに細めた。
ルイーゼと話している時に、ライアンが時々する目だ。その瞳に熱が込もっている事くらいはルイーゼも知っている。
ライアンがこんな目で見てくるようになったのはいつからだろうか。
当初はその目は表面的な優しさだけで、熱はなかった筈だ。
前の夫にはついぞされなかった目で、ルイーゼは居心地が悪いような気になる。
「私の事はお気になさらないでください。立場は今とそんなに変わりませんし、問題ありません」
「もし、今回の違法な薬物関連の事を気にしているのでしたら、今が一番、不信感が強い時期なので、その内に落ち着くはずです」
ルイーゼが踏み込んでそう伝えてみると、ライアンは微笑んだ。
「いいえ、今回の事がなくても、私はこうしたでしょう。こちらの方が私の性分に合っています」
優しい微笑みのまま言うと、ライアンは身を乗り出してルイーゼの手を取った。
公の場でのエスコート以外で触れられたのは初めてだ。少し驚いたが嫌ではなかった。
ライアンの手はひんやりとしている。
「王妃殿下に、私の事を気にかけていただくだけの慈悲があるのならば、今からする申し込みをお許しください」
そして5つ年下の男は、彼らしくその落ち着きを乱さないまま、自分の愛を口にしてルイーゼに結婚の申し込みをした。そして、「お返事をいただけませんか?」と聞いてきた。
「お返事するまでもないでしょう、決まっている事です」と返そうかとも思ったが、それをするにはルイーゼはライアンの事を好ましく思い過ぎていた。
戸惑うばかりだが、今のルイーゼにこの年下の王子を傷付ける事はできそうにない。
だからと言って「喜んで」という諾の返事も出来そうもなかった。
国母はルイーゼが10才の時から為るべきもので、結婚はその為の手段の1つだった。
唯一知っている男は自分に冷淡な前の国王だけで、だから、ルイーゼは実地の愛や恋を知らない。
簡単に「喜んで」と返して、王子を幸せにしても、後々、傷付ける事になるような気がした。
迷った末に結婚については触れずに、「手が冷たいですね」と言うと、「これでも緊張しているんです」と返ってきたので、ルイーゼは笑ってしまった。
***
舞踏会の夜より1ヶ月が経っている。
イーサンの第一騎士団が追っていた、違法な薬物取引は城でのあの夜以降、急展開を見せた。
ハームス伯爵の言っていた、取引は本当に行われていて、踏み込んだシア達により、黒幕の中立派の大物が捕らえられ、ここから芋づる式にごろごろと関わっていた者達が出てきた。
最終的には、サンズの大物貴族の名前まで出てきて、一連の捕り物が何とか終わったのは最近のことだ。
思ったよりも関連している貴族が多く、サンズ国まで絡んでいたので、この1ヶ月は第一団だけでなく、他の騎士団も取り調べや屋敷の捜索にと忙しい日々だった。
そして、違法な薬物の元をしっかりと摘発できたのは喜ばしい事なのだが、貴族会議の勢力図は荒れた。
勢力の多数を占めていた、中立派の有力者が何人も抜けた事で、中立派の貴族達が浮き足だち、王妃派や旧国王派に流れる者が出てきた。
しかもその流れは今、王妃派に分が悪い。
薬物取引には、サンズの大物貴族まで関わっていたのだが、他国の人物なので、ルーナとしてはサンズに調査の依頼と処罰をお願いするしかなかった。
ライアンが間に入って、国として公式に要請し、サンズ側も蔑ろにした訳ではなかったのだが、相手は大分、都合の悪い相手だったようで、調査と警戒は継続中だが、処罰まではされていない。
これが、貴族達の不信感に繋がった。
取引の摘発をしたのが、イーサンの第一騎士団でサンズの騎士達で構成されていた事も、不信感を増大させてしまった。サンズに対して都合のよいように処理されたのでは、と噂されたのだ。
「元々、貴族達は王子殿下を警戒はしていたからな」
ファビウスが言う。
いつものように、リンは従兄弟で近衛騎士団長のファビウスと並んで騎士団へと向かっている。
「しかし、殿下はもう十分、ルーナの為に尽くしてくれてるじゃないか」
「それもあって、分が悪い程度で済んでるんだよ。宰相も手腕はあるが人気はないからなあ。なんだかんだで様子見の貴族が多い」
「ふーん」
「あと、取りまとめ役がいなくなって、中立派の中でも派閥争いが起こってるらしいぞ」
「あんまり、派閥が分かれると収集つかなくなるな」
「足の引っ張りあいになるからな」
「何だか落ち着かないな。そう言えば、実家に私への求婚も来たらしい」
「おっと、久しぶりだな」
「中立派の小物だ。きっと変な上に卑怯なんだろう、私直接ではなくて、実家にだからな」
リンの両親は、大慌てで手紙を寄越して、リンが直接断りの手紙を書いたのだ。
「いや、リン、貴族の求婚は本来、家にするんだよ。あと、そういうのは俺に言え、お前の家の主家はうちなんだ、サーラ家から断りを入れる。断り方次第では拗れるんだ、安易に対応しないでくれ」
リンが直接断ったことを聞いて、ファビウスが呆れ顔だ。
「分かってる、強そうなのが来たらちゃんと言うよ」
「リンの女神人気は、まだまだ凄いからな、こうも派閥争いが激しいと、お前を囲いたい奴らはこれから沢山出てくる。本当にちゃんと相談してくれ」
「これから沢山出てくるのか………嫌だなあ、辺境に異動願いでも出そうかな」
ファビウスの実家からでも断れない所から縁談が来たら、と考えると胃が重たくなった。
そこまで高位の家門ともなると、例え女神だとしても、夫人としては全く役には立たなそうなリンを望むとは思えないが、早めに僻地へ逃げておいてもいいかもしれない。
「王都を離れてしまうのは、1つの手段ではあると思うが、どうした?珍しく弱気だな」
今までのリンであれば、「最悪、相手に決闘でも申し込むから気にするな」だったのだ。
「今は特に、結婚したくないんだ」
リンの頭に赤茶色の騎士がちらつく。
元々、あまり結婚願望はないが、恋を自覚したての今、好きな男以外と結婚なんて絶対に嫌だ。
名ばかりの男爵令嬢であるリンには“家の為に結婚する”という考えはない。結婚は好いた者とするものだと思う。
でも、好きな男であるあの公爵家令息は、ちゃんと貴族だ。いずれはどこぞの令嬢と結婚するのだろう。
それ、近くで見るのは嫌だな。
「辺境への異動、ありかもなあ」
ふと口にしてしまっただけの事だったが、それもいいかもしれない、と思えてきた。
もう一度、その可能性について考えていると、騎士団の入口から、最上位の文官の服を来た男が出てきて、リンへとにこやかに近付いて来た。
「ネザーランド団長、よかった、あなたに会いに来たのですが、留守だと言われて帰ろうとしていた所です」
艶やかで真っ直ぐな銀髪を緩く纏めた、40代くらいの美しい男だ。
背は高く、文官なのに妙にがっしりしている。
「これは、宰相殿」
リンは膝を折って、簡単に礼をする。
この銀髪の美丈夫は宰相だ。
嫌いな奴だが、宰相だし、邪険にする訳にはいかない。
「お時間、よろしいかな?」
「もちろん、構いませんよ。サーラ団長、また後で」
リンはにっこりして、宰相を自分の団長室へと案内した。
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