37.面会 ~ルイーゼ編~
与られた客室で、ルイーゼはぼんやりと椅子に座っている。
こうなった今、自分に出来る事はない、やる事もない。何もしない時間なんて久しぶりで、茫然自失としてしまう。
ルーナはどうなるのだろうか。
ぼんやりとしながらも考えるのは、この国の行く末だ。
宰相はサンズの属国の扱いになるだろうと言っていた。
この戦争はこちらが吹っ掛けた戦争で、サンズにルーナを征服する意図は元々ないし、旨味もあまりない。
そうなると宰相の言う通り、属国扱いにして賠償金を支払わせ、いくつかのこちらに不利な条約を結ぶのだろう。
ルイーゼもそれが妥当だと思う。
ルーナは元々小さな国が集まって出来た国で、火種が多い。混乱すれば手がつけられなくなる可能性はある。
サンズはルーナの統治体制は崩さずに実権を握りたいはずだ。
10才のダニエル王子を傀儡にするのだろうか。
いや、わざわざサンズ軍の指揮官に第三王子を据えているという事は、第三王子を王としてルーナを治めさせる腹積もりかもしれない。
第三王子が王となれば、ルーナ王家の血筋は途絶えるが、現国王のお陰で王家の人気はかつてないほど低い。今なら民の反感もあまり買わずに済むだろう。
サンズの第三王子はライアンという名前だったと記憶している。
ライアンはサンズで評判の王太子に引けを取らない才気溢れる若者らしい。
明日には会えるので、会って問題なさそうなら自分はライアンへの支持を表明して静かに身を引こう、とルイーゼは思う。
ルイーゼは自分が王妃として、民衆にわりと人気がある事を知っている。
こまめな視察で顔は知られていて、国王からの冷遇は同情を買っているし、学校や治療院の整備には感謝されている。そんなルイーゼの支持はある程度の力になるはずだ。
降伏の宣言は自分がするのがいいだろう。民へのショックが少ないし、それと同時に第三王子の支持を表明できれば形としては一番いい形になる。
ライアンが、そういった事を提案出来るような若者ならいいな、とルイーゼは思う。
それならルイーゼも安心して身を引ける。
そしてもし可能であれば、身を引いた後も公務の一部を任せてもらえたら、とも考えている。
王妃を退けば、実家に帰されるか離宮に引っ込む事になるだろうから、そうした環境でも出来るような細々とした事でいい。何かの役に立っておきたい。
ルイーゼは10才から、国母として国と民に尽くすように教育を受け、その為に生きてきたのだ。
いきなりそれらを取り上げられるのはきっと辛い。
そんな事をつらつらと考えながらぼんやりとしていると、夕方にルイーゼの部屋を赤茶色の髪の騎士、イーサンが訪ねて来た。玉座で会った時の苛立ちがなくなり、少し雰囲気が柔らかくなっている。
城が手薄だという情報は掴んでいただろうが、それでも敵国の城に乗り込み制圧するのはかなりの重圧だったのだろう。
「不自由はないですか?」
礼儀正しく聞かれて、ない、と答えると幾つか城の事で質問をされた。
丁寧に返すと「助かります。何かあれば扉の外に騎士が控えてますので申し付けてください、ご要望に添えるとは限りませんが」と言って去っていく。
イーサンの様子は、誠実で真面目そうで好感が持てた。笑顔はなく、見た目は粗野な感じがするが、身ごなしは意外にも優雅だ。
ランカスターはサンズの公爵家のはずだから、その為だろう。
その後、侍女のシルビアもルイーゼの部屋にやって来て、リンの無事を知らせてくれた。五体満足で大きな怪我等はないらしい。
「あのクソ野郎が、ムチで打ってました」
シルビアが顔をしかめて言う。
ルイーゼの顔も曇った。
「ネザーランド団長は熱があるので、本日はそちらに付いております。その許可をいただきに参りました」
姿勢を正して言う小柄な侍女に、ルイーゼはリンの熱が引くまで側にいるように命じた。
「私の身の心配はなさそうだから」
微笑んでそう告げると、「まだ分かりませんよ、用心はなさってください。サンズの第三王子は人妻好きのド変態かもしれません」とシルビアに返された。
忠義の侍女は口が悪い。
ライアンが人妻好きのド変態であれば、少し困るかもしれない。
でも、聞こえてくるサンズの第三王子の評判によると、そんな事はなさそうだ。
その夜、ルイーゼはいつもよりずっと早く床に入り、思いの外ぐっすり眠った。
***
翌日の朝、部屋に運ばれてきた簡単な朝食を摂り、やはりやる事はないのでぼんやりしていると、昨日イーサンの横にいた黒髪の長身の女騎士がやって来た。
「おはようございます、王妃殿下。サンズの騎士、シア・バトラーと申します。先ほどライアン王子が城に入られました。王子は宰相閣下と面会された後、王妃殿下との面会も希望されています。こちらにお通ししてもよろしいですか?」
シアと名乗った涼しげな目元の女騎士も、イーサンと同様に礼儀正しく聞いてきた。
ライアンは、ルイーゼより先にカザネス宰相と面会するようだ。カザネスは国王とともに貴族会議の最大派閥である国王派をまとめていたので、政治的な影響力はルイーゼより強かった。
おそらくまず宰相から、貴族会議の今の情勢を聞き、その裏打ちをルイーゼから取るつもりなのだろう。
質問に上手く答えられるといいけれど。
ルイーゼの頭を一抹の不安がかすめる。
国王が逃げる少し前より、貴族達の相手をしている暇はなくなっていたので、現在の正確な勢力図をルイーゼは知らない。
辺境の有力貴族はサンズに寝返っているし、国王が逃げた事が伝わっていれば、国王派からの離脱が起こっているかもしれず、勢力は大きく変わっている可能性がある。
自分を支持してくれている王妃派と呼ばれる貴族達は、数は少ないが信頼できる者達ばかりなので、そちらの変化はほとんどない。
ルイーゼは王妃派については答えられるだけ答えて、不確定な部分の明言は避けようと決める。
後はルーナの降伏宣言の仕方も相談しておきたいし、更には、敗戦を公表し内政が不安定だと知れれば、諍いを起こしそうな自治領が幾つかある事も伝えなくてはならない。
宰相も伝えてくれるだろうが、降伏宣言を自分がした方がいい事はルイーゼの口から言うのがいいだろう。
それらについて、ライアンは聞く耳を持ってくれるだろうか、と思いながら、ルイーゼは「構いません」とシアに告げ、静かにライアンの訪れを待った。
やがて、ノックの音がして先ほどのシアが顔を出し、「王子殿下が来られました」と告げて、ライアンが入って来た。
扉は閉められたが、シアも部屋に入り扉の前で控える。ルイーゼが怯えないように、わざわざ女の騎士を配置したのだろうと思われた。
入室したサンズの第三王子に、ルイーゼは、さっと目を走らせる。
ライアンは薄茶色の柔らかそうな髪の毛に、穏やかな青灰色の瞳の青年で、昨日会った赤獅子将軍のイーサンと比べると細身ですらりとしていた。
全体の印象は少し、ルーナの金髪の近衛騎士団長に似ているが、近衛騎士団長にある甘さや軽さはない。
ひとまず外見は正統派の王子様って感じだわ。
ルイーゼが所謂王子様と顔を合わせるのは、これで2回目だ。
1回目は10才の時に顔合わせをした29才の国王で、国王は当時王太子で正真正銘の王子様だったのだが、その態度は不遜で荒々しく、10才のルイーゼの相手をするのは心底嫌そうで、エスコートもなければ、歩幅を合わせてもくれなかった。
現実の王子様なんてこんなものなのね、とひどくがっかりしたのを憶えている。
今回のサンズの王子様はどうだろうか。
ルイーゼが立ち上がって挨拶をしようとすると、サンズの王子様のライアンは優しく微笑んでそれを制した。
「お時間を取っていただき、すみません。ライアン・サンズです」
優しい落ち着いた声で名乗ると、ルイーゼの向かいに座る。
その物腰は優雅で洗練されており、ルイーゼに向けられる目は穏やかで優しい。
まあ、ちゃんとした王子様だわ。
ルイーゼの中の10才の少女が頬を染めた。
28才のルイーゼには、ライアンの微笑みは作り笑いだと分かるし、優しい態度はレディに対する礼儀上のもので、心からではなく作為的なものだという事がが分かる。
でも、10才のルイーゼは、きらきらとライアンを見つめた。10才のルイーゼは大人びてはいたがまだ少女だったのだ、婚約者である国王に少女らしく憧れていたし期待もあった。
国王との初の顔合わせの後は、あまりに期待外れなその様子と、自分への冷たい態度、それでも自分はあの王子様と結婚するのだという現実に声を殺して泣いた。
後に夫となる国王がライアンくらいの礼儀を知っていれば、それがたとえ嘘であったとしても10才のルイーゼは少しは報われたのにな、と思う。
今回のサンズの王子様は10才のルイーゼには十分に合格だ。
よかったわね、とルイーゼは自分の中の少女を労ってから、奥へと引っ込んでもらった。
ここからは、28才の王妃であるルイーゼが、この国と民の為に力を尽くす場面だ。
「サンズの若き太陽にお目にかかれて、光栄でございます。ルイーゼ・ルーナと申します」
ルイーゼはしっとりと落ち着いた声で挨拶をして、座りながらも優雅なお辞儀をした。
そこからライアンは、現在の城や騎士団の状況を聞き、王都と城内の食糧事情、治安について質問し、貴族会議の派閥についても聞いてきた。
ルイーゼは丁寧に質問に答えて、答えられない部分はメモを取り、もし許されるなら確認してから答えると返事をした。
最初に「すぐには分からないので、確認してから後でお答えしてもよろしいですか?」と聞いた時、ライアンは意外そうに目を瞬き、それから「構いませんよ。それは助かります」と言った。
一通りの質問が終わった後、ルイーゼが降伏の表明について相談すると、それについては少し時間を下さい、と返される。
気を付けるべき自治領についても伝えると、こちらについては、出来る限りの対策は取ります、と言ってくれた。
去り際にライアンは少し考えた後、「明日、また来ます」と言ったので、ルイーゼも少し迷ってから、「お待ちしております」と答えた。
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