19.息抜き

剣術大会から2日後、リンは1人で馬に乗り、衛兵に挨拶をして城門から出る所だった。

空は曇天で、気持ちのよい天気とはいかないが大会の余韻でどこかぼんやりしている体にはちょうどいい。


何となく空を見ていると、声がかけられた。

「1人でどこへ行くんだ?」


振り向くと、外から戻ったらしいイーサンだった。いつも通り傍らにはシアが居て、数人の第一団の騎士達も一緒だ。


「イーサン、お疲れ。王都の外れの小屋だよ。そっちは任務の戻りか?」

言葉を交わすのは剣術大会の決勝以来だが、意外に気まずさはなくて、いつも通りすらすらと喋れて安堵する。

イーサンの様子に、気を張った様子がなかったからだろう。


「ああ、今帰った。外れの小屋?」

「騎士団の所有する資材置き場なんだ、戦争が終わってからはバタバタで一度も点検してないから、様子を見に行ってみる」

「団長自ら1人でか?誰かに行かせればいいだろう」

「息抜きだよ、私だってたまには1人でのんびり馬に乗りたい」

リンはそう言うと、じゃあな、と手を上げて馬を進める。


背後で「シア!」といつものイーサンの声がしたので、もしかしてシアに自分の伴でも命じたんだろうか、心配性だな、と思っていると、重たい馬の足音と共にリンの横に並んだのは、赤茶色の髪の騎士だった。


「えっ?」

リンはびっくりして、イーサンを見る。


「俺も行こう」

「ええっ」

「俺にだって、息抜きは必要だ」

「いいのか、団長だろ?」

「お前だってそうだろ?」

「そうだが、私の息抜き……」

イーサンと2人で果たして息抜きになるんだろうか。


「なんだ?邪魔か?なら、護衛とでも思ってくれたらいい」

リンの様子にイーサンが、子供がむくれたような顔をしたので、リンは思わず吹き出した。


「ふはっ、それはちょっと畏れ多いな。それに私に護衛は必要ない。まあいいや、邪魔ではない」

せっかくなのだし、イーサンとのんびり小屋の点検もいいかもしれない。

ついでに決勝の時の事も謝って、手合わせもお願いするか、とリンは気持ちを切り替える。


「行こうか」

「ああ」

2人で王都へとくり出した。



街中に入り、広い道を選んでゆっくり馬を進めた。

通りの人々がリンとイーサンに気がついて、手を振ったり、声をかけてくる。

何といっても、2日前の剣術大会決勝戦の2人なのだ。

大人達からは惜しみ無い賛辞、少年達からは憧れの声、そしてレディ達からは色を含んだ声がかかる。


リンは、ご婦人方にも人気がある。

“女神”としてでもあるが、“異性”としてのものでもある。

背は騎士の中では低いほうだが、一般的な女性よりは高く、顔は美形で剣の腕が立ち、物腰は完全に男性なので結構きゃあきゃあ言われるのだ。

実は女、という点も、きゃあきゃあ言いやすいのだろうと思う。


なので、今日もレディ達の黄色い声を受けるリンだが、イーサンもそこそこ、きゃあきゃあ言われている。


「イーサンも、ご婦人方からわりと人気があるんだな」

普段ファビウスと接しているリンからすると、イーサンは女性に愛想がいいわけではないので、何となく怖がられているのかと思っていた。


「お前の方がすごいぞ」

「私は地元だからな」

リンは目があった町娘にウインクしてあげた後で、傍らの赤獅子をじっくりと見てみる。


こうして見るとリンの好みなだけあって精悍な顔立ちだし、がたいはいいし、サンズでは公爵家の出だし、もうすぐ伯爵だし、しかも剣も強い……ふむ、優良物件というやつか?


「あれ?婚約者とかいたか?」

居なければ、ますます優良物件だ。


「いない。十代の頃に1人いたが相手の病気で解消した」

「ふーん」

これは、来月にある城での舞踏会ではきっとかなりモテるな。


「お前は?」

「へ?」

「……リンは婚約していないのか?」

「うち、田舎の貧乏男爵家だぞ、婚約者なんて概念がそもそもない。気が合えば村の役場で即日結婚も出来る家だよ」


鶏も飼ってるし、畑も持っているような実家だ。男爵とは名ばかりの庶民なのだ。

ファビウスの生家との縁がなければ、リンが騎士になる事もなかっただろう。


底無しにのんびりした父母は、リンの事を、女騎士として結構活躍してるらしい、くらいにしか捉えてない。戦争中はいろいろ心配してくれていたが、まさか辺境で捕虜になったり、城の地下牢に入れられていた、なんて事は想像もしていないはずだ。


そんな事を話すと、イーサンはびっくりしていた。「騎士団長だという事くらいは、報告しておくべきだろう」と呆れている。


「それを伝えた所で、危険だった事は全て事後報告になるんだ、無用な心配はかけたくない」

そう答えてから、ランカスター公爵家についても聞いてみた。


聞いてみると、さすが公爵家、自前の騎士団まで持っていた。


「ふあー、お坊ちゃんじゃないか。それにしてはマメだよな、性格か?」

自分の薬をきちきち並べてくれていたイーサンを思い出すリンだ。


「騎士になってからはすぐに寮に入ったから、一通りは出来る。掃除も出来るし飯も作れる」

「何のアピールだよ、あれ?今も寮か?」

「いや、最初のバタバタで王子殿下から城に私室をもらってそのままだな」

部屋の場所を聞くと、かなり広い客間を貰っていた。リンの部屋より断然広い。


「ズルいなあ」

「爵位も貰うし、いい加減タウンハウスを探さないと、とは思っている。寮で暮らしてもいいんだが、家くらいは持っておきたいからな、実家も遠いし」

「探す時は協力しよう。王都の事なら詳しい」

「それは心強いな」


和やかに街中を進み、街外れまで来るとざあっと雨が降りだした。


「げっ、ここで雨かあ、急ごう、もうすぐなんだ」

リンは馬を蹴って速度を早める。

そこから目的の小屋まではすぐだったが、降りだした雨足は強く、到着した時には髪の毛と騎士服の上衣はびっしょり濡れていた。


馬を軒下に繋ぎ、急いで小屋へと入る。

雑然として埃っぽい内部。


頭を振って髪の毛の滴を払い、上衣を脱いではたく。

シャツは少し湿っている程度で、濡れてはいなかった。


「どこかに上着を干さないと、」

そう言いながらイーサンを見て、リンはドキリとした。


騎士服の上衣を脱ぎ、シャツの袖をまくったイーサンは、濡れた長い髪の毛を手でかき揚げていて、額にその滴が落ちる様がとても色っぽい。


うわあ、エロい。

リンの背中がソワソワする。


何でだ、育ちが高貴だからか?なんだこのエロいオーラは。

リンは思わずイーサンとの距離を半歩開けた。


「どうした?」

「いや、あまりにエ、……んんっ、何でもない。とりあえず、雨宿りの間だけでも上着は干しておくか」

「そうだな、しっかり土砂降りだし止むまでここに居た方がいい」


小屋の奥に材木が積まれていたので、2人はその上に上衣を広げて置いた。

横に晒しも積まれていたので、少し埃っぽいがそれで髪の毛もふく。


「ここは、災害時の資材置き場か?」

髪をふき、余裕が出てきたイーサンが小屋を見回す。

「ああ、応急手当てのセットとか、炊き出し用の鍋なんかも木箱の中にあるはずなんだが……木箱は1つもないな」

「窓が壊されている、戦争中に盗られたんだろう」

「そのようだな、そうなるよなあ。リストと付き合わせるかあ」


そこから2人でリンの持ってきた資材リストを確認する。

応急手当てセットや、炊き出し用の道具、ランプや鋸や斧等は軒並み無くなっていた。


確認が終わっても、まだ雨はしっかり降り続いていたので、材木を適当に置いて腰かけた。



「…………」

「…………」


しばしの沈黙。



「「決勝戦だが」」

切り出したのは、2人同時だった。



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