18.決勝

固い地面の闘技場の中央に進み出て、赤茶色の髪を高くまとめた大柄な騎士と向き合う。


こうして対面するのは、久しぶりだ。


第三騎士団と乱闘してしまったのは、その直前のイーサンへの言及でかっとなっていたのもあったので、あの乱闘の後は何となく本人を前にするのが気恥ずかしくて勝手にやんわり避けていたのだ。


そして剣術大会の対戦表が張り出されてからは、決勝であたるなあ、となり、明確に避けていた。


気心の知れまくったファビウスならともかく、大会まで1ヶ月もない中で、決勝で本気でやり合うかもしれないイーサンとの馴れ合いは、本番で上手く気持ちを切り替えられない気がしたからだ。


好みだしな。

くそ、久しぶりだが、いい男だな。


イーサンと目が合う。

静かに、対戦相手として、リンを見ていた。


互いに剣を構える。


本気でいこう、とリンは決める。

これまでの試合も本気ではあったが、どこか冷めてる自分がいた。

今向き合ってる相手は、全力で集中しないと負ける相手だ。辺境の城で対戦したのでそれが分かる。


負けるつもりはなかった。

もちろん、本気でいって負けるのなら、その結果は飲み込むが、とりあえず負ける気はない。


だから、が来るまで、本気でやる。

イーサンならそれでも付いてくるだろう。勝負が着くのは、互いに粗が出てくる後半だ。

切り替えるのは、その時が来てからでいい、それまでは余計な事は考えないようにしよう。


「始め!!」

立ち会いの騎士の声が響く。


リンの耳から、大歓声が消えた。



初手はリンからだった、素早い横からの薙ぎはあっさり受け止められる。

一度剣が合わされば、続くのは激しい打ち合いの応酬だ。


待ってました、と会場が盛り上がる。


一方が仕掛けて、相手が受け、互いに距離をとっては再び仕掛ける。


イーサンはリンの得意の下からの跳ね上げを全て流し、突きもかわした。

リンも、上からの重たい剣を難なく受けて、押し込まれれば左右に流す。


剣と剣がぶつかる重い音が響く。


その様子は、リンとファビウスの美しい剣舞とはまた違う、荒々しい舞のようで、観衆は息を飲んだ。


壮絶な打ち合いが続き、リンもイーサンも汗が吹き出す。

自分の額からの汗が、地面を点々と染めていた。


ふう、とリンは息を吐き、軽やかにイーサンに駆け寄ると跳躍して上から剣を振り下ろした。

イーサンは素早く剣の根本で受ける。


ちっ、ダメか。

返しの反動を利用して後ろに降りようとしていると、イーサンが剣を返して反撃してきた。


えっ、早、

それを空中で受け止めた自分は偉い、とリンは思う。


着地して距離を取った時には、口角が上がっていた。ゾクゾクして、この強敵を何とかしてねじ伏せたいと思う。

この赤い獅子を跪かせて、自分のものにしたい。


リンは口元に笑みを浮かべて、イーサンに打ち込んだ。

何度目かの激しい応酬になる。

イーサンの手は全てを読めたし、リンの手も全て読まれていた。

動きがゆっくりに感じる。


そんな応酬を2回したその2回目。

一瞬、ほんの一瞬だが、イーサンの剣が浮いた。


リンは、今だ、と判断した。

今がその時だ。ゾクゾクしている本能を振り払って気持ちを切り替える。


カシャン、とリンは自分の剣をイーサンの剣に触れあわせると、手首を使って絡めるように回した。


細剣レイピアで使われる絡め手の動きだが、リンとイーサンが使用しているのは細剣ではないので、絡める鍔もなければ、刀身も絡めて折れるような細さではない。


イーサンが驚いてリンを見る。

リンはその顔を見上げながら、穏やかに微笑んだ。


微笑みながら、この男の瞳は榛色なんだな、とこの場には全然相応しくない事に気付く。


自分の意向が伝わらない可能性は全く考えていなかった。

イーサンはすぐにリンの思惑を汲み取る。

イーサンの剣を持つ腕の力が緩んだ。


カシャン、とリンは己の剣をもう一度回転させ、イーサンの剣を右に払った。

そのまま、自分の剣を右上に向かわせる。


イーサンは払われた剣を緩やかに返してきた。


互いの目は合ったままで、今この瞬間は、リンはイーサンの全てを把握していたし、リンもイーサンに全てを見られていた。


2人にとっては、全ての動作がゆっくりでスローモーションのような世界だったが、観客から見るとそれは一瞬だった。


リンがイーサンの剣を複雑な動きで魔法のように軽く払い、しかし払われたイーサンは直ぐ様に剣を返した。


リンの剣の切先がイーサンの喉元にぴたりとあてられたのと、イーサンの剣がリンの首の横で寸止めされたのは、同時だった。



闘技場を静寂が包む。

立ち会いの騎士が2人に近寄り、確認する。



3つ数える沈黙の後、



高らかに叫ばれた。


「この勝負そこまで!!引き分けとする!!」



どおおっ、と会場が揺れた。

リンの耳に歓声が戻る。


素晴らしい決勝戦を行った2人に賛辞を込めて、リンとイーサンの名前が連呼されていた。


こういうの、前にもあったな。

荒い息で、試合終了と同時に新たに吹き出る汗を手で払いながら思う。


自分の目論見通りに行けば、モヤモヤしたりするのかな、と考えていたのだが、今のリンは不思議と清々しい気分だった。

イーサンとの決勝戦に緊張し、自分で立てた計画が重圧となっていたようだ。

モヤモヤよりも、やりきった充実感の方が大きい。


号令に従い、イーサンと向き合って礼をする。

顔を上げてイーサンを見ると、赤獅子は完全に不機嫌そうだ。


そうだろうなあ。

苦笑いで、申し訳なくなるリンだ。


リンはこの決勝で、ぶっつけ本番でイーサンに引き分けを誘ったのだ。


多くのサンズの貴族に第二王子までいる中で、敗戦国の、しかも女のリンが、寄りによって決勝で、サンズの英傑に勝つわけにはいかなかった。

それくらいの空気はリンだって読める。


あの、剣を絡めた瞬間に、微笑んで引き分けを誘った。


絡め取る鍔もないのに、リンの手首の力だけの絡め手にイーサンが剣を払われる訳がない。

あれはイーサンの注意を引くためだけの手だった。


あそこでリンの誘いを無視して、リンを弾き飛ばして剣を向ければイーサンの勝ちだったし、そうなればそれでもいいとリンは思っていた。


でも、イーサンはそんな形の勝利を嫌ったのだろう、あの一瞬でリンの引き分けの誘いを受けた。


仕方なく合わせてくれたんだろうなあ。

不機嫌な赤獅子は、自分と目を合わそうともしてくれない。


今度、きちんと謝らなければいけないな。

早足で闘技場の裏へと消えていくイーサンの背中を見ながらリンは思う。

ついでに、2人きりでの手合わせもお願いしよう、今度こそ勝負が着くまでのやつだ。


リンはゆっくりと歩いて、観衆に手を振って応えた。





***


控室までの廊下では、ファビウスが待っていた。


「お疲れ様、息ぴったりだったな。少し嫉妬してしまった」

優しい笑顔でタオルを差し出されたので、受け取って汗を拭う。


「嫉妬?」

「はあぁ、ついに、リンを取られるのかあ」

「え?なんだって?」


「何でもない、お兄ちゃんは寂しいよ」

「は?兄だと?それを言うなら弟だろ、私が2つ上だ」

「精神年齢的な観点からだよ」

「ああん?」

「リン、仮にも女が、“ああん?”は止めような」

ファビウスは汗びっしょりのリンの髪の毛をわしゃわしゃした。






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