その女騎士は敵国の将軍に忠誠を誓う

ユタニ

第一章

1.赤獅子

昼過ぎ、敵国ルーナの辺境伯の城にて、その訓練棟が騒がしいのに、イーサンは気付いた。


「何の騒ぎだった?」

確認に行った副団長のシアに聞くと、「捕虜の準騎士が思いの外強くて、盛り上がってるようです」との返答があった。


イーサンはため息をつく。

「あいつら、また打ち合いをさせてるのか?捕虜を虐げるのは犯罪だと言っているだろう」

「へばるまで、打ち込むだけです、木刀ですしね」

「多人数で休みなしに相手するならリンチだろう」

「痛めつけはしないですよ、力試しのようなものです、あいつらだって憂さ晴らしは必要でしょう」

シアとイライラと言葉を交わしながら、イーサンは訓練棟へと足を進めた。


敵国の辺境伯の城が明け渡され、ここに拠点を構えて2ヶ月ほど経つ。

ここがこの辺りでは一番大きい拠点なので、投降した辺境騎士団に加えて、近隣の捕虜達を受け入れた。

地下牢は手狭な上に環境もひどかったので、捕虜達は訓練棟の幾つかの大部屋に収容しているのだが、イーサンの配下の騎士達は最近、強そうな捕虜を引き出してきては、体力が尽きるまで打ち合いをする、という娯楽に興じている。

最近は賭けまで行い、白熱しているらしい。


戦争の勝敗はほぼ決していて、味方の軍は少しずつ敵国の首都迫っている。

勝利までは早くて数ヶ月、首都で抵抗されれば1年ほどだろう。イーサンの軍が占拠したこの辺境の城は、祖国からの補給の中継地として重要ではあるが、やる事といえば味方の勝利を待つだけ、という間延びした雰囲気で、騎士も暇なのだ。だが、半ば強制的に打ち合いに引きずり出される捕虜側としてはたまったものではないだろう。


「おまけに準騎士?あいつらは何を考えてるんだ?」

準騎士は年若く、騎士の誓いをしていない少年達だ。

捕虜をへばらせるだけで、危害までは加えていないようなので、目をつむっていたが少年にまで手を伸ばすとは看過できない。


「自ら、志願してきたらしいですよ、自分が一番強い、と」

そこで、イーサンとシアは渦中の訓練棟の演習場へと着く。


そこは既に白熱していた。


「いいぞ!小僧!強えな!」

「お前のお陰で、今日は丸損だぞお!」

「俺は丸儲けだ!」

「おいおい、足がもつれてきてるぞ、まだへばるなよ!」

「もう、終わりかあ?」

「ははっ、やるな、早いし、しなやかだ」

「すげえなあ、後で名前を教えろ!」


野次馬達が好き勝手に囃し立てる真ん中で、アッシュグレイの髪の敵国の騎士服を着た少年が1人、3人の味方の騎士と戦っている。

隅の方には、伸びている騎士が8人。

8人?

あの少年がのしたのだろうか?


とにかくすぐに止めさせようと、怒鳴ろうとしてイーサンは目を見張った。


敵国の準騎士だという少年が、とてつもなく強かったからだ。

その動作は圧倒的に早く、無駄が一切ない。

少年らしい細い腕には見た目よりも筋力がついているようで、打ち込む刀にも威力がある。


実際、3人の騎士達は攻めあぐねていた。


イーサンは腕がむずむずするのを感じる。

あれは、強いな。


「おいおい、3人じゃ、話にならないな」

「あと2人、加えろよ!」

少年の強さに、団員達は盛り上がっている。

あと2人、新手が投入されようとした所で、イーサンは声をあげた。


「おい!待て!!!」

今度こそ、怒鳴り声が演習場に響き渡る。


「ひえっ、だ、団長」

「げっ」

先ほどまでの盛り上がりが一変して静まり返った。


「あー、あの、団長、これはですね」

「言い訳はいい、後で全員、処分だ」

ギロリと周囲を見回すと、皆黙った。

イーサンが囲みの中央に進むと、少年を囲んでいた3人の騎士達もそそくさと退く。


「貸せ」

イーサンはその内の1人から木刀を取ると、少年に対峙した。


イーサンがやる気なのを見て、ヒューッと周囲から口笛が上がる。

少年は、アッシュグレイの髪の毛の下の金色の瞳でイーサンを睨んできた。


「サンズ国のイーサン・ランカスターだ。団長を拝命している。小僧、なかなかやるな、手合わせ願おう」


「イーサン・ランカスターだと?赤獅子か?」

肩で荒い息をしながら、鼻にかかった、柔らかい声で少年は言った。


赤獅子は、戦場でのイーサンの渾名だ。赤茶色の癖毛からつけられた安直な名前。長い髪が靡く様が獅子のたてがみのようらしい。

それなりの武功があるので、こういった渾名もついているのだが、イーサンはあまり気に入ってはいない。何だかダサくないか?と思う。


「そうだ。お前は声変わりもまだなのか?甘ったるい声だな」

「これが地声だ。次はなんだ、女のような顔だとでもいうのか?」

少年は不敵に笑った。

少年で、捕虜であるのに、敵国の将軍であるイーサンに全く物怖じしていない。


気骨のある奴は好きだ。

おまけに強い。


イーサンもニヤリと笑った。


「肌のきめも細かいな、女なら、いろいろ得をしただろうに」

少年は白磁のようなつるりとした肌で、金色の瞳は長い睫毛に縁取られている。

鼻すじはすっと通り、唇は紅を引いたように紅く、顎は小さい。

本人の言う通り、女のような顔だ。美しい部類の。

何の手入れもせずにこれなのだから、もし女であれば、磨けばかなりのものだっただろう。


「はっ、お気に召したか?」

少年はイライラと木刀を振る。

容姿を言われるのは気に入らないようだ。自ら女顔、と言ったのも他人には言われたくないからなのだろう。


「息が落ち着くまで待とう、名は?」

「……リンだ」

「家名は?なしか?」

少年の美貌は平民上がりの騎士とは思えない。


「教える必要あるか?もういいぞ、来い」

「汗が滝のようだが」

「お前らが馬鹿みたいに相手させるからだろ、お前とやってる内に引くだろうよ」

そう言って、リンは、ひたりと木刀を構えた。


野次馬達のテンションが上がる。


「団長ーーーっっ、やっちまってください!」

「小僧、赤獅子だぞ!光栄に思えよ!」

「遠慮すんなよーー!」

「小僧、頑張れよ!団長をのしても構わないからな!!俺らはきっとこれから地獄の特訓だしなあ!」

「団長おぉーーー!!」

「小僧おぉーーー!!」


さっきの静けさが嘘のように、再び大盛り上がりの演習場だ。


「来ないなら、こっちから行くぞ」

リンが素早い動きで打ち込んできた。


かあんっと乾いた音が響く。

思ったとおり、剣が重たい。狙いも的確だ。


イーサンはすぐに本気でいくことに決める。

がががっと壮絶な打ち合いになった。


団員達が息を飲む。


リンはイーサンの攻撃を全て難なく交わして、もしくは受けて、急所を突いてくる。

体はしなやかで、重心が低く、かなりやりにくい。


ひゅっと下からの木刀がイーサンの頬を掠めた。

ちり、と熱さが走る。


振りかぶったリンに、イーサンが返す刀を叩き込む。肩に入れるつもりだったが、ひらりとかわされた。木刀はアッシュグレイの前髪を揺らした。


こいつ、本当に少年か?

打ち合いながら、イーサンはぞくりとした。

疲れがかなり蓄積されているはずなのに、リンはイーサンと互角だ。


本調子なら、押されていたかもしれない。

相手が捕虜で少年だという事で、無意識に手加減してしまっていると信じたいイーサンだ。


激しい打ち合いに、演習場がどよめき始める。


もう何度目か分からない打ち合いの最中、リンが身を低くした、下段からの振り上げは、先ほどイーサンの頬を掠めたものだ。

咄嗟に足が出る。


胴を蹴り飛ばすと、リンは地面を転がりその勢いのまま立ち上がった。


立ち上がりを狙って打ち込む。

もちろん、全て受けられた。だが、少し受けが弱い。流石に体力が限界のようだ。


潮時だな、と思っていると、今までで一番鋭い突きが繰り出される。


一瞬、頭が割れたと思ったが、イーサンは本能的に避けていた。

赤茶色の髪の毛が揺れる。


「くそっ」

嫌な汗が背中をつたった。本気でイラついて、木刀を握りリンを睨むが、そこでイーサンはリンの異常に気が付いた。

イーサンの次の攻撃に備えて構えることなく、俯いている。


「おいっ?」

俯いたリンがふらつく。


木刀が地面に突き立てられる。

立っていられないようだ。


ぐらあっと倒れ込むリンをイーサンは慌てて抱き止めた。


「おいっ!」

声をかけるが反応はない。リンのこめかみからは多量の汗が吹き出している。

そして、イーサンは抱き止めたリンの胸の感触に戦慄した。


更に、リンのズボンの付け根が赤く染まっているのにも気付く。



「最悪だ」

イーサンはそう呟いて、割れるような歓声の中、副団長のシアを大声で呼んだ。

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