第33話 時間
魔王さんが用意してくれた料理を食べ始め、一口飲み込んだ僕は────
「お、美味しいです!」
と、思わず声を漏らしていた。
「そうでしょう?今日は配下に作らせたものじゃなくて、私がウェンくんのために直接作った料理だから、当然と言えば当然だけれど」
「え……!?そ、そうだったんですか!?」
魔王さんが用意してくれたとは言っていたけど、まさか魔王さんが直接作ってくださったものだったなんて。
というか……こんなにたくさんあるのに、これを全部魔王さんが作ってくれたと思うと、魔王さんが本当に僕のことを想ってくれているというのが伝わってくる。
僕がそう思っていると、魔王さんは頷いて言う。
「えぇ、私は十年もの間ウェンくんのことを見続けてきたから、ウェンくんが好きな料理や料理の味なんかはお手のものよ」
「だとしても、ここまで的確に僕の好きな味の料理を作れるなんて本当にすごいです!」
いくら見てくれていたからとは言っても、それを実際にできるというのはまた別の話だと思うから、魔王さんは本当にすごい人だ。
僕が言葉としてもそう発し、そして心の中でもそう思っていると、魔王さんは少し頬を赤く染めて言った。
「そ、そんなに褒められると、少し照れてしまいそうだわ……けれど、ありがとう、ウェンくん」
僕は、なんだかそんな魔王さんのことを少し微笑ましく感じた。
その後、僕だけでなく魔王さんも一緒に料理を食べ始め、魔王さんは料理を一言口に付けると言った。
「自分で作った料理にこう言うのもなんだけれど、確かに美味しいわね」
「はい!魔王さんの料理、本当に美味しいです!」
僕が魔王さんの言葉に頷いてそう言うと、魔王さんはその直後に言った。
「けれど────やっぱり、料理よりも、ウェンくんと一緒に食べているからこんなにも美味しいと感じるんだと思うわ」
魔王さんがそう言ったことで、僕は一度料理を食べ進めていた自分の手を止める。
魔王さんは僕のことを好きだと言ってくれていたから、好きな人と一緒に料理を食べていると考えれば確かにそれは美味しく感じるだろう……でも。
「……すみません、魔王さんとの記憶を覚えていなくて」
魔王さんの料理は美味しいし、魔王さんも優しい人だというのはわかったから、僕もこの場で料理を食べるのはとても美味しいと感じる……けど、魔王さんが僕に抱いてくれている感情を僕が魔王さんに抱いているかと聞かれればそうじゃない。
僕がそのことに申し訳なさを抱いてそう謝ると、魔王さんは言った。
「謝らなくて良いわ、ウェンくんのせいじゃないもの」
確かに、僕のせいじゃないのかもしれないけど、それだと魔王さんの感情が蔑ろになってしまう……それだけは、絶対にダメなことだ。
そう思った僕は、魔王さんに言う。
「僕、魔王さんのことをもっと色々教えて欲しいです!そうすれば、もしかしたら何かの拍子に記憶を思い出したりするかもしれませんし、何より魔王さんともっと仲良くなりたいです!」
「っ……!ウェンくん……!」
魔王さんは嬉しそうな声を上げると、席を立ち上がって後ろから僕のことを抱きしめてきて甘い声で言った。
「ウェンくん、これからしばらくの間私と一緒に生活しましょう……なんて、こうして捕まえてしまったのだから、ウェンくんに拒否権は無いけれど」
魔王さんと、一緒に生活……少し緊張するけど────
「はい……僕も、魔王さんともっとたくさんの時間を過ごしてみたいので、魔王さんと一緒に生活したいです」
「ありがとう、ウェンくん」
僕が落ち着いてそう返事をすると、魔王さんは優しい声音でそう言ってくれた。
魔法によって一度封印された記憶が蘇るなんて、かなり難しいことだと思うけど……それでも、もし記憶が蘇る、そんな時が来るんだとしたら────
「……」
僕はほんの一瞬だけ、そんなもしもの未来に思いを馳せた後、魔王さんと一緒に料理を食べた。
そして────僕はふと、そんな時間をなんだかとても懐かしい時間のように感じた。
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