第7話 人間
人間さえ居なければ────そう憤怒する魔王の放った人間という言葉の意味は、シャルだけを意味する言葉ではなく、文字通り人間という種そのものに向けられたもの。
確かに、人間さえ居なければウェンにとって大切な存在になっていたのは魔王の方だっただろう……そう思いながらも、赤髪の側近は魔王のことを宥めるように言う。
「まぁまぁ、あれは仕方の無いことでしたから」
「仕方無くないわ!人間の勝手な都合で、ウェンくんは────」
さらに続けて怒りの言葉を口にしようとした魔王だったが、少し間を空けてから落ち着いて言った。
「……あの事が仕方ないなんて私は思えないけど、確かに今更あの事に対して何を言っても仕方無いのは確かね────でも!やっぱり私がウェンくんの近くに居ないのを良いことにウェンくんに特別だと思われてるこの女のことは許せないわ!!ウェンくんは、私のウェンくんなんだから!!」
最初の方こそ落ち着いて話そうとしていた魔王だったが、ウェンのこととなると感情を抑える術を知らない子供のように感情的になってしまう。
赤髪の側近はそんな魔王の一面も好意的に捉えていたが、今は魔王が落ち着きを取り戻し、それが成功すれば魔王が喜ぶであろう話をすることにした。
「そうですか……でしたら、そろそろあの計画を本格的に進められては?」
それを聞いた魔王は、赤髪の側近の予測通りに落ち着きを取り戻して言った。
「そうね……そろそろ本格的に進めるわ────待っていて、ウェンくん……今は特別だと錯覚してる女のことなんて忘れちゃうぐらい、私がウェンくんのことを愛してあげるから……はぁ、早くウェンくんのことを抱きしめてあげたいわ〜!!」
◇ウェンside◇
お酒を飲んだ人たちと夜通しで宴会を楽しむのは、体力的に難しいと判断した僕とシャルは、一足先に宿の方に向かっていた。
「シャル、今日は同じ部屋で良いんだよね?」
「う、うん!ひ、一部屋しか空いてないんだったら仕方ないからね!」
「ありがとう、今日はもう宴会でたくさん食べ物を食べさせてもらったから、宿の部屋に着いたらまずお風呂だね」
「お、お風呂……!?い、言っておくけど!お風呂は別だからね!?」
頬を赤く染めながら大声でそう言うシャルに対して、僕は言った。
「わかってるよ、大きくなっても一緒にお風呂に入るのは恋人の人同士ぐらいだからね」
「こ、恋人……!」
シャルは何故かその単語に反応すると、一人で何かを想像しているのか、シャルは何かを呟きながら何度か首を振っている。
シャルは本当に忙しそうだ……なんて思っていると、そろそろ宿が見えてきたところでシャルが小さな声で言った。
「わ、私、やっぱり、お風呂も……」
シャルの声が、フェードアウトして行くように聞こえなくなってしまい、僕はシャルがなんて言っているのか聞き取ることができなかった。
「ごめん、シャル、聞こえなかったからもう一度言ってくれるかな?」
僕がそう聞くと、シャルは頬を赤く染めて大声で言った。
「っ……!な、なんでもない!……宿の部屋着いたら、言う……」
最後の方はまた小さな声だったけど、それはどうにか聞き取ることができたため、僕は「わかった」と返事をした。
そして、宿に到着すると僕は宿の大家さんに言った。
「大家さん、二人一部屋で良いので部屋をお借りしたいです」
「あぁ、それが宴会だとかなんだとかで、部屋を空けた人たちが多く居てねぇ、もう部屋は何部屋か空いてるから、それぞれ借りてくれて結構だよ」
「えっ……」
それを聞いて、シャルはとても暗い声を上げた。
「シャル……?」
「う、ううん、なんでも無い!それだったら、それぞれで部屋借りた方がいいよね!」
「うん、そうだね」
その後、突然の状況の変化に少し驚いたけど、元々別々で部屋を借りるつもりだった僕たちにとっては特に弊害を感じることでは無かった。
シャルの宿の部屋に着いたら言うと思っていたこともどうやら二人一部屋だった時に伝えたかったことだったらしいから、あまり気にすることはない────はずだけど、それぞれの部屋に入るまでの道中、シャルはどこか暗い顔をしていたような気がするから、明日の朝起きたらシャルのことを気にかけておこう。
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