第10話 悲願

  僕が昆虫系の魔物を倒して、ひとまずまた歩き出すと、僕は僕にしがみついてきながら歩いているシャルに言う。


「シャルは、昔から昆虫系の魔物がダメだよね」

「し、仕方ないでしょ!?魔物の中でも昆虫系は見た目が怖いやつばっかりなんだから!」

「そうかもしれないけど、大体はシャルの炎魔法で一発で倒せる相手だよ?」

「わかってるけど!怖いものは怖いの!!」


 理屈ではなく本能的なもので昆虫系の魔物が怖いらしい。

 シャルの言いたいこともわかろうと思えばわかりそうだけど、僕は五歳の時からたくさん魔物に襲われているせいでどんな魔物に対してでも大体の耐性が付いた────そして、シャルも僕が魔物に襲われるようになってから一緒に魔物を倒してくれているけど、昆虫系だけは昔からダメだったから、きっとこれは相容れないものなんだろう。

 僕がそう考えていると、シャルが僕にしがみつく力を強めて続けて不安そうな声で聞いてきた。


「ね、ねぇ、ウェン、この洞窟ってこの先も昆虫系の魔物が出るのかな?出るよね?」

「うん……あと少しの間は出ると思うよ……でも、昆虫系の魔物は基本的に木のあるところとか草原近くに居ることが多いから、洞窟の入り口って呼べるところが終わったらもう出ないんじゃ無いかな?」

「じゃ、じゃあ、それまでこうしてウェンにしがみついてても……良い?」


 普段の言動のせいであまり伝わりづらいかもしれないけど、シャルは賢くて魔力も高くて運動神経も良いから、そんなシャルがここまで弱気になるのは本当に昆虫系の魔物が現れた時ぐらいだ。

 そんなシャルからの申し出を断れるはずもないし断る理由もないから、僕は頷いて答える。


「うん、良いよ」


 すると、シャルは嬉しそうな声で言った。


「ありがと……!その代わり、昆虫系の魔物が出なくなった後は私が全部瞬殺してあげ────」


 シャルが昆虫系の魔物が出てから初めて明るい声を出した時、またも新しい昆虫系の魔物が現れて────


「ウェン!ウェン!早く!早く倒して!!」


 僕にしがみつきながら慌てた様子でそう言ってきた……昆虫系の魔物以外なら本当に敵無しと言っても良いほどに強いシャルだけど────この様子を見ていると、やっぱり少し先が思いやられそうな気がした。



◇魔王軍side◇

「あの女……!昆虫系の魔物が苦手なんて口実でウェンくんにしがみつくなんて許せないわ!私だってウェンくんにしがみつきたいのに!!」

「まぁまぁ、昆虫系の魔物が苦手という情報は、こちらにとっても有益に使えるではありませんか」

「私は十年の間ウェンくんのことを見てきたのよ!?あの女が昆虫系の魔物が苦手なんてとっくに知っていたわ!」

「でしたら、それを利用すれば今までの間にウェン様からあの方を引き離せたのでは?」


 簡単に思いつくことだと言うように赤髪の側近がそう進言するも、魔王は呆れた様子で言った。


「あの女が確実にウェンくんと分断された状況でそれを行うなら良いけれど、それ以外の状況でそれを行なってもむしろ逆効果なのよ……あの女が一人で家に居る時にそんなことをしたとしても、ウェンくんとは家が隣だからそんなことをしてもウェンくんの家へ行くだけでしょうし、あの女が一人で街に出かけていたとしても、昆虫系の魔物はそこまで強くないからその街の門兵に倒されてしまうわ」


 なるほど、それなら確かに魔王が今までその作戦を決行しなかったことにも納得が行く……が。


「ということは────本日でそれも終わり、ということですね」


 赤髪の側近がそう言うと、魔王は口角を上げて頷いた。


「えぇ……とうとうこの日がやって来たわ────あの女からウェンくんのことを奪い返して、私がウェンくんお特別な存在になる日が!!」

「ようやく、長年の悲願を成すことができそうで何よりです……ところで、ウェン様がもしこの魔王城に来られた時には、私も────」

「容姿からして刺激しか無いようなあなたとウェンくんのことは絶対に会わせないわ!!」


 その後、魔王は赤髪の側近にある指示を下した。

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