第15話 変化

◇魔王軍side◇

「あ、あの女!ウェンくんが寝てるのを良いことにウェンくんのこと抱きしめてるわ!!」


 寝ているウェンのことを抱きしめているシャルのことを見ながら、魔王は怒気を含んだ声でそう言った。

 それに対し、赤髪の側近は相変わらず普段通りゆったりとした口調で言う。


「窮地に追いやられた状況を切り拓いたとなると、そのようなことをしても不思議はないでしょう」

「不思議ならあるわ!そもそも、あの女は昆虫系の魔物が苦手だったはずなのにどうしてさっきあんなにも簡単に昆虫系の魔物を焼き払えていたの!?もしかして、今までずっと昆虫系の魔物が苦手な風を装ってたのは、今日ウェンくんと手を繋ぐこの時のためなの!?」


 確かにそう解釈することも可能だと思った赤髪の側近だったが、赤髪の側近はもう一つ別の答えを提示した。


「でしたらとんでもない策士ですが、おそらくは愛の力、というものでしょう」


 赤髪の側近は半分本当に、だが半分冗談でそう言った────が、魔王はそれを本当とも思えずに冗談だとしても怒るようにして言った。


「笑わせないでよ、あの女の愛の力なんて、私がウェンくんにずっと抱いてきた愛に比べたら大したことないわ……でも、どんな理由であれ、私の予想外にあの女が私の策を破って来たのも事実────だから、次は私が直接出向いて、あの女の愛なんかよりも私の愛の方がずっと大きいってことを思い知らせてあげる」

「今まで何度も言っていますが、直接など────」

「もうウェンくんは魔法学校を卒業していて旅に出ているのよ?それなら、前に私が出向くと言った時ほど厄介ごとになることは無いわ」


 今までは、もし魔王、もしくは魔王軍がウェンのことを狙っているとなれば、それを利用して人間たちがウェンにどのようなことをするかわからなかったので、できる限り魔王や魔王軍がウェンの魔物に狙われる理由とは関係が無いように見えるようにしてきた────が、ウェンはもう魔法学校を卒業していてシャルと二人で旅に出ている。

 そして、二人しか居ないのであれば、魔王にとっては手の打ちようはいくらでもある……ということだ。


「私の身が危険なんていうこともあり得ないことは、わざわざ説明しなくてもわかるわね?」


 そう聞かれた赤髪の側近は、頷いて言う。


「そのことは、当然承知しています」


 魔王となっているだけあり、その実力は折り紙付きなため、身の危険がないことの説明はほとんどの者には要らないだろうが、その力を直接目で見て知っている赤髪の側近には特に必要の無いことだった。


「それなら話が早いわね……本当ならウェンくんが眠っている今の間に出向きたいところだけれど、今回の眠りはただウェンくんのことを魔王城に連れてくる時までを想定していて、それは通常の手段で魔王城にくるまでの時間じゃなくて空間転移で考えた時の時間だから、ウェンくんはそろそろ起きるわね」

「でしたら、どうなさるおつもりですか?」

「そうね……ウェンくんとこの女が次に向かうところで、私がウェンくんのことを迎えに行くわ」

「それはそれは……とても楽しみにしております」



◇ウェンside◇

「……ん」


 意識の戻った僕は────すぐに、意識を失うまでのことを思い出した。

 シャルと洞窟に来たこと、洞窟の奥で何故か昆虫系の魔物の群れが出てきたこと、僕がスパイダーの糸によって体を拘束されてしまったこと、そして睡眠系の魔法で眠らされてしまったこと。


「シャル────」


 それらを思い出した僕が、目を開けてすぐにシャルの名前を呼ぼうとすると────


「大丈夫だよ、ウェン……私はここに居るから」


 そう言うシャルの声が聞こえて、見上げてみるとそこにはシャルの顔があった。


「シャ……シャル?良かった、無事だったんだね……でも、どうやって?」


 僕がそう聞くと、シャルは明るい声音で言った。


「ウェンが危ないって思ったら、不思議と昆虫系の魔物なんて怖くなくなっちゃったの!」

「そ、そうなの?」

「うん!」


 火事場で力を発揮するみたいなやつかな……でも、とにかくシャルが無事で良かった────そう安堵した直後、僕は今自分がシャルに抱きしめられていることに気が付いて、驚きながらも少し慌てて言った。


「シャ、シャル!?どうして僕はシャルに抱きしめられてるの!?」


 僕がそう言うと、シャルは口角を上げて優しい表情で言った。


「ううん、ただ私は、ウェンが居てくれて幸せって思っただけ」

「そ、そう……」


 よくわからないけど────シャルの雰囲気が、少しだけ変わったような気がする……こういうのを、大人びたって言うのかな?


「……」


 やっぱりよくわからないけど────シャルの顔を見てみると、シャルは幸せそうだから僕はそのことが自分のことのように嬉しかった。

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