第52話 侵入者(娘)

 息子との入浴を終え、個室に戻ったジェネラスは、室内のテーブルの上に置かれていたグラスを持つと、水魔法を発動。

 グラスに水を注ぐと火の魔法を反転させて、氷魔法で氷を作り出してグラスの中に入れた。


 カランという氷とグラスが当たる音を聞いて、その中の水を一気にあおると、ジェネラスはまだ火照っている体を冷ますため部屋の窓を開け、ついでに風の魔法で外の涼しい空気を取り込むと、窓際に置かれている一人掛けのソファに座る。


 そして、息子と交わした言葉を思い出しながら、ジェネラスはプリメラと出会った日から、今日までのことを思い出していた。


(セロを拾ったのが二十年くらい前だったか。その二年後にプリメラを引き取ったんだよなあ。そのあとセロがトリスを拾ってきて家を出て、セグンを拾ってプリメラと育てて、クアルタもクイントもプリメラが世話を焼いてくれていた。トリスの魔力暴発症が発症しなければ、プリメラはずっと俺といたんだろうなあ)


 グラスの水面に浮かぶ氷に視線を落とし、苦笑しながら幼い頃の発言を思い出す。


『私、大きくなったら父さんのお嫁さんになりたいです!』


 話に聞く、親に対する愛情と、想い人に対する愛情をまだ理解できていない子供の言葉。

 最初はそう思っていた。


 しかし、ジェネラスがたまに子供たちに対して口にする「将来の夢は?」という話題に、プリメラは絶対に「お父さんのお嫁さん」と、答えていたのだ。

 それこそ、家を出るまで。


「大人になれば、気持ちが変わると思ったんだがなあ。プリメラは、本気なんだろうなあ。いつも、本気だったもんなあ」


 娘が冗談を言っているかどうかなど、長らく一緒に暮らしていたから分かる。

 昔から、自分に夢を語ったプリメラの言葉は本気だった。

 自分を見上げるキラキラした瞳はいつも本気だった。


「さて、どうしたもんかねえ」


 ジェネラスはグラスの中の水を飲み干してテーブルに置くと、窓を閉めてベッドに向かう。

 そして体験したことがない柔らかさのベッドに寝転ぶと、布団を被って目を閉じた。


 それからどれくらい経っただろうか。

 照明が全て落とされ、屋敷に勤める夜警以外が寝静まった頃、ジェネラスの部屋の前に人影が一つ。

 

 誰あろうプリメラだった。


 周囲を見渡し、誰も見ていないことを確認したプリメラは、そっと鍵が開いていないと思いながらも手を掛けたドアノブを捻った。


(施錠していない? 珍しいですね)


 自宅ですら自室での就寝時は扉に鍵を掛ける父が、息子と義理の娘の屋敷とはいえ施錠していないことに疑問を覚えつつ、それでも出来るだけ静かに扉を開ける。

 しかしプリメラは一歩、父の、想い人の部屋に踏み込めないでいた。


(お父様は、怒るわよねえ)


 いつものように頭に手刀を入れられて、冗談はよせと一蹴されて終わる。

 そう思って、部屋に入るかどうか逡巡していると「どうした? 入らないのか?」と、声が聞こえ、扉の影からヒョコッとジェネラスが姿を現した。


 そんな突然の父の登場に、プリメラは軽く悲鳴をあげそうになるが、ジェネラスはそれを察してプリメラの口元を抑えると、人差し指をたてて口元にあてる。


「馬鹿タレ、騒ぐな。みんな起きるだろ」


「も、申し訳ありません」


「まあ入れ。お説教だ」

 

「……はい」


 クイントから話を聞いていたジェネラスが警戒しないわけもなく、しかし、プリメラは確実に部屋に入ることを躊躇うとみて、ジェネラスはプリメラの部屋の扉が開く音で目を覚ますと、待ち伏せをしていたわけだ。


 ジェネラスの罠と気付かず、まんまと部屋の前で固まってしまったプリメラは、父に捕まり、叱られることも致し方なしと部屋の中へ。


「父親の部屋とはいえ、不法侵入とは感心せんな」


「申し訳ありません」


 ソファに座りながら言ったジェネラスに、唇を尖らせ、不満そうに謝罪を口にする。

 そんなプリメラに、ジェネラスは手招きして近寄るように仕向ける。


 そして、目の前に来た娘にジェネラスは久しぶりにあの話題を振ることにした。


「なあプリメラ。お前の夢はなんだ?」


「私の夢は昔から変わりません。お父様の花嫁になることが私の夢です」


「やれやれ」


「わ、私は本気で——」


「知ってるわ馬鹿タレ」


「え?」


「お前が、ずっと本気で俺の嫁になりたいって言ってたのは知ってる。結局、この歳までブレんかったな、この頑固者め」


 突然の父の言葉に、思考がぐちゃぐちゃになり、ただ恋心がバレていた事実を知って、プリメラは顔を耳まで真っ赤にしていく。


「あ、あう、あ、あの」


「俺みたいなおっさんのどこが良いんだがなあ。お前の容姿ならいくらでも良い男とくっつけるだろうに」


「え、あの、なんで」


「なんでも何も、気付いてたって話だ」


 そこまで言われ、プリメラは今までジェネラスが自分の気持ちに気付きながらも父として接してくれていた事に気が付き、同時にそれら全てが筒抜けだったことを知って、恥ずかしさのあまり頭に血がのぼる。


 そして、気が動転して涙を流し始めてしまった。


「おーいおい、泣くな泣くな」


「申し訳、ありません。ごめんなさいお父さん。迷惑、でしたよね」


「難しい話だな。こんな言い方は嫌なんだが、プリメラが実の娘なら叱り飛ばして終わりなんだがな。クイントにも言われたが、俺たちには血の繋がりはない。家族と言ったところで、どこまでいっても他人は他人。故に、俺にお前の心を否定することはできん」


 そう言って、ジェネラスはソファから立ち上がると俯いているプリメラの頭にポンと手を置き、昔のように頭を撫でると涙を拭った。


「お父様は、お嫌ではないのですか? 娘に恋心を抱かれるなんて」


「複雑な気持ちではあるが嫌とも言えん。まだちゃんとした答えも出せてはいないからな。だから少し待て、今はやるべきこともあるからな(とりあえず調印式あるし)」


「(確かに帝国との戦いがありますもんね)分かりましたお父様。私、待ちます…………それはそれとして、久しぶりに一緒に寝ませんか?」


「お前、ちゃんと話聞いてたか? まあ一緒に寝るだけならたまには構わんか」


 こうして、いまいちスッキリはしないまま、二人は数年ぶりに同じ布団で並んで眠ることになったのだった。

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