第5話 隻腕の少女

 プリメラを連れて街を巡り、高級奴隷を扱う奴隷商店へとやってきたジェネラスは奴隷商店の女主人であるローズが連れてきた奴隷の少年少女たちの経歴や、特技などをローズや子供たちの口から直接聞いていった。


 そして最後に、ローズは隻腕の少女の横に立つと、彼女をどういう経緯で店に迎えることになったかを話し始めた。


「少し前にあった帝国と北方の小国との戦争に巻き込まれたらしくてね。この子はその小国の生き残りらしい。うちの子飼いの私兵が狩の最中にこの子を見つけて保護したんだが。見ての通りの大怪我。無くなった腕も回収出来れば治療も出来たんだがねえ」


「北方の小国。帝国に滅ぼされたノースライアの生き残りか」


「幸い利き腕は残ってたんでね。読み書きは問題なく出来るし、魔法の適性もある。手伝いくらいならこの子にも出来ると思うよ」


「ふむ。買いたいのは一人なんでな、それぞれの値段を教えてくれないか(高級店だけあって、みんな教育が行き届いているなあ。その分値段は張りそうだ、どうにか言い訳してなかった事に出来んかねえ)」


 ローズの話を聞き終えたジェネラスの言葉を聞き、ローズは部屋にいた燕尾服をきている部下に、連れて来た六名の少年少女たちの金額を記入した見積書を纏めるように伝えた。


 部下の青年は言われた通りに書類をまとめ、それぞれの見積書をジェネラスに手渡す。

 

「上の書類が一番右の奴隷の見積書です」


「ありがとう。手間をかける(たっか〜。コレ普通の奴隷の)」


「定価の三倍。凄いですね」


 書類を眺め、金額を確認した辺りでジェネラスは白目を剥きそうになるのを堪える。

 そこに隣に座っていたプリメラがジェネラスの手元を覗きこんで呟いた。


 高いから買えない。

 そう言って断れば良かったのに、ジェネラスは久々に再会した娘に良い格好をしたくて思案した結果、思い付いた事を実行することにした。


「一つ。言っておく事がある」


 言いながら、ジェネラスはソファから立ち上がった。


「俺は傭兵だ。それは主人から聞いているだろう。手伝いが出来る奴隷を買いにきたと」


 奴隷の少年少女たちは姿勢を正し、直立したままジェネラスの目を見て話を聞いていた。


 その中で、唯一隻腕の少女だけが俯いていた。

 よほど恐ろしい目にあったのか、色が抜け落ちた長い白色の前髪の隙間からジェネラスと似た青い目が覗いている。


「俺の言う手伝いというのは雑務や家事のような軽労働ではない。時には戦地に赴き俺と肩を並べて戦ってもらうこともある。最悪死ぬこともありえるだろう(最終的には自立してもらって、稼いできてくれた報酬はみんなと俺の老後のために定期的に集めて貯金するがね)」


 ジェネラスの言葉にそれまでジェネラスの目を見ていた子供たちの何人かは視線を逸らした。


 いくら教育されているとはいえ、戦場に出たことがない子供たちには、それも仕方のないことだと言えた。


 その反応を見て、ジェネラスは「お、もうちょいで折れそうだな」と考え、もう少し驚かせて「覚悟はないか、駄目だな。すまないが、この話はなかったことにさせてもらうよ」と、ローズに言うため奴隷の少年少女たちに向かって、まずは作戦通りに心を折ろうとして口を開いた。


「どんな仕事も金次第なのが傭兵稼業だ。いつか、あの悪虐皇帝が治める帝国とだって戦うかもしれん。そうなれば、まず無事ではいられないだろうな。それでも良いかな?(まあ、そんな馬鹿なことぜったいやらんがな)」


 このジェネラスの言葉に喜んでいる人物がいた。

 ジェネラスが連れて来た娘、プリメラだ。


(やっぱりお父様は帝国と戦うつもりなのね! 今まで口にしなかったけど、ここで言ったって事はやっぱりこの中から最後の一人を選ぶつもりなんだ)


 ソファに座ったままのプリメラが、膝に重ねた手を握り、戦意を高揚させる。

 しかしながら帝国の名を出した事で子供たちは完全に俯いてしまった。

 それを見て、ジェネラスは作戦通りローズに断りを入れようとした。

 

 その瞬間だった。


「帝国と戦うなら私を! 私を買ってください! どんな事でもします! ですのでどうか!」


 と、最初から俯いていたはずの隻腕の少女が顔を上げ、ジェネラスの青い目を真っ直ぐ睨むように見つめていた。


「ほう。良い目をしてるじゃないか(しまったー! この子は帝国に滅ぼされた国出身だったっけかあ。恨んでるよなあ、復讐したいよなあ。セロみたいなギラギラした目をしてるもんなあ)」


「お父様。どうされるのですか?」


「待て。少し考える」


 プリメラの問いに答えるように、ジェネラスはローテーブルに置いていた見積書を手に取り、隻腕の少女の見積書を取ると、他の見積書は再びローテーブルに置いた。


(う〜ん。やっぱり隻腕だからか他の子らよりはだいぶん安いなあ。それでも定価よりは高い。まあでもこの際だしなあ〜。歳は十六。オクタやノベナを引き取った頃と一緒か)


 ソファに座り、足を組んで見積書を眺めるジェネラス。

 最終的に、彼はその隻腕の少女を買う事にした。

 決め手は最初に育てた息子、セロを拾った時と同じで、復讐に燃える炎をその目に宿していたからだ。

 あと、お値段。


「よし。この子を買おう。店主、準備を頼む」


「かしこまりました。ありがとうございますジェネラス・サンティマン」


「俺の名を?」


「この街に、あなたを知らない商売人はいませんよ」


「はっはっは。そんな事はあるまい(え? ないよな? 俺そんなに有名か?)」


 言いながら、ジェネラスは持ってきていた鞄から金貨がたんまり入った袋を取り出す。

 その中から半分ほどをローズに手渡し、ジェネラスは隻腕の少女の所有権を購入したのだった。

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