第6話 少女に新たな名を

「短い間でしたが、ありがとうございましたローズさま」


「元気でね。帰ってこないようにしっかりやるんだよ?」


 身支度を終えた隻腕の少女と、奴隷商人ローズが別れの挨拶を済ませている頃。

 ジェネラスは隻腕の少女に身につけさせる奴隷の証を選んでいた。

 本来なら買った奴隷に言うことを聞かせるための魔導具で、種類は多岐に渡る。

 首に巻くチョーカー型。腕に嵌めるブレスレット型。耳に装着するイヤーカフ型やピアス、イヤリング型。

 そんな様々な奴隷証の中からジェネラスが選んだのは指輪型の奴隷証だった。

 

(セロの時から指輪なんだよなあ。たまには別のにするか? 別にいいか。一人だけ仲間外れみたいになるもんなあ)


 最初に育てた息子に「殴る時武器になるから」などと適当言って指輪型の奴隷証を渡したあと。

 孤児院から引き取った子供たちにも判断ミスを抑制するために奴隷証を渡して身に付けさせていたが、統一して指輪型を渡していた事に特に理由はない。


「荷物はそれだけか?」


「はい。逃げ落ちた際は何も持っていませんでしたので」


 身支度を終え、ローズと共に手提げ鞄一つ持って現れた隻腕の少女に声を掛けると、ジェネラスは指輪を持って少女に近付く。


「荷物を置きなさい。これを、一人では無理か。指を出しなさい」


 と、言って奴隷証の指輪を見せると、少女は言うことを聞いて鞄を床に置く。

 そして、ジェネラスに向かって手を差し出したので、ジェネラスは中指にぶかぶかの指輪を嵌めると、指輪に魔力を送り込んでいく。

 すると、指輪のサイズが少女の指に合わせるように小さくなっていった。


「よし。ではこれで契約成立だな。ありがとう店主。俺たちはこれで失礼させてもらうよ」


「この度はお買い上げありがとうございました。またのご利用をお待ちしておりますわ」


「機会があればな(まあ、もうないけど)」


 こうしてジェネラスは高級奴隷商店を後に、自宅としている借家へと帰る為に街を歩き、馬が牽引する馬車か、馬よりも力のある四つ脚の草食竜が引く竜車を探していた。


 その最中、ジェネラスはすれ違う通行人が、何やらヒソヒソとこちらを見て話している事に気がつく。

 隻腕の少女は奴隷ではあるが、店の意向で体は清められ、着ている少し大きめのゆとりのあるワンピースも綺麗な物だ。


 一見しただけでは奴隷には見えないだろう。

 となれば、奇異の目を向けられているのは少女の隻腕と白髪という姿だろう。

 魔物が出現したり、戦争がある現在。

 隻腕自体は正直珍しくはない。


 ただ、十代半ばの可憐な少女が白髪で隻腕はどうにも目立つのだ。


「俺が引き取った奴隷にはそれぞれ新しい名を与えているんだが、君も構わないかな?」


「私は奴隷ですので、ご主人様の仰せのままに」


 丁度やって来た竜車を止め、自宅がある地区まで向かう途中。

 他の乗客がいなくなったタイミングでジェネラスは思い出したように話し始めた。

 そんなジェネラスをチラッと見て、隻腕の少女は俯いて答える。


「十番目だからな。ディエス、だと少し男っぽいか? ならティエスだな。今日から君の事はティエスと呼ぶ」


 腕を組み、ジェネラスは片手で顎をさすりながらそう言って隻腕の少女、ティエスに顔を向けた。


「ティエス。ですね、わかりましたご主人様」


「あと、ご主人様は禁止だ」


「え? では、なんとお呼びすれば」


 ゴトゴト揺れる竜車の箱型の荷台席で、隻腕の少女ティエスはジェネラスの顔を見て聞くが、答えたのはジェネラスではなく、ジェネラスの隣に座っていたプリメラだった。


「これからはお父様と呼びなさい。私はプリメラ。今日から貴女の、ティエスの姉になります。よろしくね」


「そういう事だ。仲良くするんだぞ?」


「は、はい」


 傭兵として戦うだのなんだの言っていた割にいやに優しい様子のジェネラスと、娘のプリメラの気品漂う物言いに、ティエスは若干混乱する。


 そうこうしているうちに、竜車はジェネラスの自宅がある地区に到着。

 ジェネラスは自宅へとプリメラと新たに迎えた娘、ティエスを連れて向かっていった。


(ん? 今日から男一人暮らしだと思っていたが、娘二人との三人暮らしになるな。年頃の娘二人かあ、初めてのパターンだな)


 そんな事を考えたり、プリメラと今晩の夕食はどうするか、などと話していると三人はジェネラスの自宅に到着。

 ジェネラスから鍵を預かったプリメラが玄関の扉を開けた。


「今日からここがティエスの家だ。ようこそ。いや、おかえりかな? まあまずは新しい家に慣れてもらうよ」


「あ、は、はい」


 ティエスは自身の予想を遥かに越えて、ジェネラスに優しく迎えられ、奴隷になる以前の故郷での生活を思い出してしまい涙を浮かべてしまう。

 

「おっと。泣くなら家の中で頼む。外だと変な噂が立つからな」


「も、申し訳ありません」


「構わんよ。さあ、入りなさい」


 こうして、ジェネラスは我が家に新たな家族を迎え、その日はプリメラが作った手料理を三人で囲み、小さな歓迎会をしたのだった。

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