第7話 ティエスへの贈り物

 ティエスを新たな家族に迎えたジェネラスにとって幸いだったのは、プリメラが偶然現在の拠点に帰ってきたことだった。


 今までに九人、ティエスで十人目になるジェネラスの子育てだが、隻腕というハンデを負っている少女を引き取ったのは今回が初めてのこと。


 ティエスは自分でなんでもしようと頑張ってはいたが、やはり不自由さはあり、何かとプリメラが気を遣ってくれていた。


「どうにか出来んもんか」


「どうしました?」


 街の近辺に出没する魔物で、赤茶けた肌を持つ人間の子供のような痩せこけたゴブリンの討伐任務を終え、街に帰る道すがら、ジェネラスは呟いた。


 討伐したゴブリンの耳が入った袋を持たせているティエスを後ろに引き連れたジェネラスの隣。

 プリメラが困ったと言わんばかりに無精髭が生えてきた顎をさするジェネラスを見上げる。


「ティエスの腕の事だ。引き取って一週間、やはりどうにもな(不便そうなんだよなあ。義手の一つでも買ってやるか)」


「確かに片手で家事も手伝いも頑張っていますが、やはり少し不憫ですよね」


「義手でも買ってやるか。確か魔力で動く義肢があっただろう? なんと言ったか」


魔導機械義肢鎧ソーサリーオートアーマーですね」


 首を捻っているジェネラスに答えるプリメラ。

 その答えにジェネラスは「ああそれだ」と手のひらにポンと握り拳を置く。


「でもアレは手術も難しくて、手術に成功してもしばらくはとてつもない苦痛に見舞われると聞いたことがありますよ?」


「だがあると便利だろ(日常生活も傭兵の仕事も楽になるし)」


「確かに、使いこなせれば(最新の物は兵器としても優秀と聞いたわね。まさかお父様、それを見越して隻腕のティエスを引き取ったのかしら)」

 

「とはいえコレばかりは本人の意志にもよるな、強制はしたくない」


「お父様は優しいですね」


「いや、甘いだけだよ」


 ゴブリン用にあつらえたショートソードを納めた剣の柄に手を乗せて、魔法でそこらの鎧程の強度を持たせたコートを翻して街に向かって歩いていくジェネラス。

 その横を仕事用のローブを着用し、胸当てと手甲、腰当てを装備したプリメラが背丈ほどある長尺の金属の杖を持って歩いている。


 そんな二人から少し離れて後ろを歩くティエスは申し訳なさを感じていた。


 今日の仕事も索敵魔法の補助と荷物持ちだけで自分が着ているプリメラのお下がりのローブにはゴブリンの返り血はおろか泥すら跳ねていないからだ。


 奴隷の身でありながら、大事に扱われている事が悲しいとか辛いと感じているわけではない。


 隻腕の身である自分を引き取り、優しくしてくれる二人に何か恩を返したいと思っているのだが、それが出来ずに歯痒く、申し訳ないと、ティエスは感じていた。


 その夜のことだ。

 街に帰還し、ユニオンから報酬を貰ってユニオン併設の酒場で夕食を食べていると気まずそうにジェネラスがフォークを置いて一息ついた。


「なあティエス。隻腕が治るなら治したいか?」


「ええまあ。でも私の左腕は森で魔物に」


「確かに無くなってしまっていては魔法でも治らん。だが、義手という手段がある。体を通る神経と魔力管を繋いで自在に動かせるようになる機械の義手だ」


 その言葉を聞いて、ティエスはジェネラスの目を見つめた。

 どうやら治したいという気持ちはあるようだと思い、話を続けようとしたジェネラスだったが、そこにプリメラが先んじて口を開いた。


「実は私たちの弟の一人がこの街から東に行ったイーストテイルで魔導具開発をしているの。傭兵業と掛け持ちでね。その弟なら良い技師を知ってるかもしれないの」

 

「ん? そうなのか?」


「もうお父様ったら。クアルタのことです、忘れてしまったんですか?」


「忘れるわけないだろ。育てた子供たちのことを忘れるもんかよ。機械弄りが好きな線の細い奴だったからな。傭兵業を続けているとは思わなかったよ。同業に魔導具を売る仕事をするって言って出て行ったんだ。だからまさかまだ傭兵を続けているとは思わなくてな」


「私も経緯までは知りませんが、作った魔導具を試すために傭兵を続けているそうですよ? 手紙に書いてました。届いてませんか?」


 プリメラの手紙の話を聞き、ジェネラスが目を逸らした。

 

「そもそも、お前たちにこの街に拠点を移すという話をするのを忘れていたわけで」


「以前拠点にしていた街のユニオンに手紙が溜まっているかも知れませんね。分かりました、私が代わって手続きをしておきます」


「ごめんな」


「お父様はお忙しいと思いますから」


「俺に優しすぎんか? ダメ親になっちまうよ」


 そんな冗談を言いながら、ジェネラスは苦笑した。

 その苦笑にプリメラは微笑んで返す。


「イーストテイルまでは馬車で二日ほど、どうします? すぐに発ちますか?」


「その前にティエスの意志だ。義手の装着には手術が必要で苦痛も相当だと聞く。それでも腕が欲しいなら、明日イーストテイルに向かう。東の島国の言葉だが、思い立ったが吉日というやつさ」


 二人の話を聞いてティエスは「腕が手に入るのなら是非」と、ジェネラスの目を見つめ、左肩を抑えて答えた。


 その答えに、ジェネラスは笑みを浮かべる。


 こうして三人は翌日から東の街、イーストテイルへと向かうことにするのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る