第8話 イーストテイルの発明王

 ジェネラスが娘二人を連れて拠点にしている街を旅立って二日。

 三人はイーストテイルの街に辿り着いた。

 同じ国に属してはいるが、ジェネラスたちが暮らすエレフセリアよりは田舎で街の周辺には小麦畑が広がっている。

 街道もエレフセリア周辺は石畳が綺麗に敷かれているが、イーストテイル周辺はただの土が踏み固められているだけだ。


 だというのに街の様子はエレフセリアに負けず劣らず文明化が進んでいる。


 それどころか、光る魔石の入った街灯や、馬車が通る際は障壁が出現し、歩行者の飛び出しや跳ねた石や泥から守るための装置などに至ってはエレフセリアよりも最新の物が使われていた。


「以前この街に来たのはクアルタが出て行ってから一度だけだったが、はて? こうも綺麗な街だったか? もう少し田舎っぽさがあったような気がするんだが」


「そうですね。この数年で随分と開発が進んだ印象です」


 街の間を行き来する定期便の竜車から降り、イーストテイルの街を歩きながら記憶の中にある街並みと比べて首を捻っていた。


「クアルタはどこにいるのかねえ」


「まだ昼間ですから、仕事中だと思うのですが」


 話しながら、記憶を頼りにユニオンがあった場所へと向かっていくジェネラスたち。


 そんな時、後ろを歩いていたティエスが見かけた、猫がそのまま立ち上がったような魔物の一種であるケットシーたちの首元に一律で魔石付きの首輪が巻きつけられているのを見つけた。


「お父様、見られてます」


「ああー。やっぱりか。ケットシーだけじゃない。見ろ、あの家の屋根にとまっている四枚羽根」

 

 そう言って、ジェネラスは後ろにいるティエスに見えるようにある家屋の屋根を指差した。

 そこに止まっていた黒い四枚羽根の鳥型の魔物であるパヴォルの首元にも魔石が嵌め込まれた首輪が巻かれている。


「魔物を使役して街の監視、いや、警備をしているのか?」


「誰も気にしてませんね」


「気にならんくらい馴染んでいるということか。何かしら恩恵があるから住人は気にしていないんだろうな」


 そんな話をしながら歩き、ユニオンまであと少し、角を曲がれば建物が見えてくるといったところで、ジェネラスたちの前に二名、スーツに近い礼装に身を包んだ狼がそのまま直立したような獣人族と、猫耳を生やした人に近い外見を持つ獣人族の男性が立ちはだかった。


「ジェネラス・サンティマン様ですね?」


「知っているなら、聞かずとも分かるだろう」


「失礼。クアルタ様がお待ちです。ご同行願えませんか?」


「クアルタが? ふむ、分かった行こう」


 正体不明の獣人から出た四人目の息子の名前に、ジェネラスは特に考えなしで了承した。

 そんなジェネラスに近付き、プリメラが小声で耳打ちする。


「よろしいのですか? お父様の命を狙う不貞の輩の罠という可能性もあるのでは」


「考え過ぎだ。俺みたいな凡庸ぼんような傭兵にそこまでする価値は無いよ。まあ仮に罠だとしても問題はない(プリメラがいるしなあ)」


「お父様はご自分のことを卑下ひげし過ぎです。(罠だとしても自分一人でどうにでも出来ると言える傭兵が凡庸なはずないのに)」


 などと言いながら獣人二人に同行したジェネラスたちは、歯車に杖と剣が刺さった刺繍が施された旗がはためく石造りの建物の前に辿り着く。


 すると、その建物の出入り口である両開きの扉が開き、中から一人の青年が現れた。

 細身で高身長、黒い目に短い黒髪、鎖の付いた片眼鏡をかけた青年で、やや幼い顔付きをしている。


「父さん! 久しぶりだね、ようこそイーストテイルへ!」


「おお、クアルタか! 久しいな。随分と背が伸びたじゃないか。見違えたぞ」


「そりゃあ自立してから随分経ったからね。プリメラ姉さんも、お久しぶりです」


「久しぶりねクアルタ。元気でやってたかしら?」


「おかげ様でね」


 建物から出てきた青年、クアルタとハグと握手を交わしにこやかに再会を喜ぶジェネラスたち。

 そんなジェネラスたちとクアルタの会話に、ここまで案内してきてくれた獣人二人が「申し訳ない」と、言葉通り申し訳なさそうに会話を遮った。


「所長。我々はそろそろ」


「そうだね。ありがとう、父さんたちの案内は僕がするから、二人は仕事に戻ってくれ。北地区に不審者だ。ユニオンから協力要請が来てる、逃がさないようにね」


「了解」


 そう言うと、獣人二人はジェネラスたちに一礼すると何やら腕に装着していたブレスレットに触れ、その場から姿を消した。

 飛んだとか、高速で移動したのではなく、消えたのだ。


「転移魔法か」


「まだこの街限定の試作段階だけどね。転移魔法を簡単に使用、普及出来ないかと思って開発してるんだ。それより中に入ってよ。用があるんでしょう?」


「ああ。失礼するよ」


 クアルタの案内で、建物の中に足を踏み入れるジェネラスたち。

 建物の中は艶のある磨かれた石に絨毯が敷かれ、廊下だけ見れば高級な宿屋にも見える。


「さっきあの二人が言ってた所長ってなんだ?」


「そのままの意味だよ父さん。今僕はこの街で魔導具開発所の所長としても働いてるんだ。ここで開発した魔導具を傭兵の仕事で使えるか実験しながらね」


「はあ〜。随分と出世したもんだなあ」


「手紙にも書いてたんだけど。もしかして見てない?」


「ユニオンに拠点変更申請を出し忘れていてな」


「あー。なるほど」


 ジェネラスの言葉に怒るでなく、苦笑してクアルタは歩いていく。

 外観からは想像し難いほど広い屋内は様々な部署に分けられており、窓から何やら研究やら何かの機械を製造している様子が伺える。


 キョロキョロと屋内の様子を見渡しながらジェネラスたちはクアルタの後ろをついて行くと、クアルタがある一室の前で立ち止まり扉を開くとジェネラスたちを部屋に招き入れた。

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