第53話 二人で王都へ

 プリメラがジェネラスの部屋を尋ねた翌朝。

 二人は窓から差し込む朝日で目を覚ました。

 しばらくベッドの上で微睡み、顔でも洗おうかと二人揃って体を起こしたその直後、部屋の扉がノックされ、寝ぼけたプリメラが手櫛で髪を整えながら対応する。


 扉を開けると、既に出掛ける準備を終えたティエスとセグンが並んで立っていた。


「あ、おはようございますプリメラ姉さま。私たちはそろそろ街に行きますので」


「ああそうなの? 分かったわ、気を付けていってらっしゃいね」


 いつもと違う、フォーマルな姿の妹二人にそう言って、プリメラは口元を抑えて小さく欠伸をすると、扉を閉める。

 そんな姉の姿を見て、ティエスとセグンは首を傾げていた。


「あれ? ここ親父の部屋だよな?」


「えっと。はい、間違ってません」


 セグンの言葉に自分たちが出てきた部屋の方を向き、奥の壁から扉の数を数え、ティエスが首を傾げる。

 すると、セグンは意地の悪そうな笑みを浮かべると、扉の向こうに聞こえそうな声で「ふーん。へぇ〜。姉貴やるじゃん。邪魔しちゃ悪いし行こうぜティエス」と言いながら妹と肩を組んで去っていった。


 その扉の向こうで、プリメラは自分の行動の迂闊さに恥ずかしくなり赤面した顔を両手で覆って隠す。


「阿呆。気を抜いたなプリメラ」


「そうでした。ここ、お父さまの部屋なんでした」


「まあどのみち、ティエスはこのあとプリメラの部屋にも行ったろうからな結局こうなってただろ」


 昨晩結局なにもなく、今はまだ、ただの親子として二人で爆睡していただけだったが、姉の恋心を知っていたセグンには、一線越えたと誤解されてしまったわけだ。

 

 ティエスはいくらでも誤魔化しがきくが、セグンには何を言ってもしばらくは揶揄からかわれるだろう。

 

「仕方ありませんね。セグンには忘却魔法を使いましょう」


「駄目だぞ? 脳を弄れば最悪廃人だ。それだけはやめろ」


「……はい」


「一旦部屋に戻って着替えてこい。準備が済んだら俺たちも街に行くぞ」


「分かりました。しばらくお待たせしてしまうことをお許しください」


「構わん。もう何人娘を育てたと思ってる? 女性が準備に時間を掛けることは承知しているよ」


 そのジェネラスの言葉に頭を下げると、プリメラはジェネラスの部屋をあとにして当てがわれた自室へと戻っていった。


「さて、俺も着替えるか。朝飯をどこで食うかなあ。ふらふら歩いて……ああそうだ、プリメラにアクセサリーを買ってやる約束があったな、商業区の方に行きながら、適当に喫茶店にでも行くか」


 今日の予定を考えながら、ジェネラスは座っていたベッドから降りると、壁際に置かれている旅行鞄の方に歩いていった。

 

 そして、鞄の中からフォーマルパンツとシャツ、ジャケットを選んで取り出す。

 いつぞやプリメラと、ティエスを引き取りに行った時のような、はたから見れば新聞記者か、ユニオンの職員のような格好を選び、ジェネラスは着替えを済ませるとプリメラを待つためにソファに座ろうとして部屋の中央へ向かう。


 しかし、ソファに手を掛けた瞬間、ジェネラスの部屋の扉がノックされ「準備終わりましたお父さま」と、プリメラの声が聞こえてきた。


「早くないか?」


「お父さまとのデートですからね。時間は無駄にできません」


 扉を開けた先にいたプリメラは、丈の長い肩出しのカジュアルドレスの上にサテンショールを羽織っていた。

 化粧も口紅も薄めでナチュラルにとどめている。


「どうですかお父さま。今の私は隣に立つに相応しいでしょうか」


「相応しいもなにもあるかよ。贔屓目抜きにしてもプリメラは美人の部類だ。俺が隣に立つほうが不相応だと思うがね」


「素直に褒められているととってもよろしいのでしょうか」


「素直に褒めてるんだよ。大人っぽくなったなプリメラ。さて、準備が整ったんなら出発だ。今日は二人で王都観光と洒落込もうじゃないか」


 そう言って、ジェネラスは一旦部屋に戻ると、所持金を入れた革のポーチを鞄から取り出して脇に抱え、廊下に出てプリメラと並んで歩き始めた。


 二階から一階に向かうため、階段を降りていく二人。

 すると、そんな二人に階段下から燕尾服を着たい初老の男性が「おはようございます」と声を掛けてきた。

 

「ジェネラスさま。もし良ければ当家の馬車をお使いいただくように姫さまと婿殿から言伝っております。如何なさいますか?」


「そうか、ならせっかくだ。使わせてもらおう、商業区で美味い朝食を出す店に案内してくれ。そこからは歩く」


「かしこまりました。正面玄関に馬車の用意をしておりますので、こちらへどうぞ」


 階段を降りたジェネラスたちに、頭を下げる初老の執事。

 そんな執事の案内で、二人は玄関に向かっていく。


 そして外に出ると王家の紋章ではなく、ユニオンの紋章が刺繍された旗をさした馬車が二人を迎えた。


「クイントも気が利くようになったもんだ」


「王家の旗印では目立ちますもんね」


「だとするとセグンとティエスは今頃注目の的だろうなあ。実際、姫さんと一緒にいるわけだし」


「ゆっくり寛げるでしょうか」


「無理かもな。まあ、俺たちはゆっくり寛ぐがな」


 そう言って、ジェネラスは馬車の座席に向かうため、扉を開いてくれた御者に手を上げて礼とすると、プリメラに向かって手を伸ばす。


「お父さまがお先に入ってください」


「レディファーストというやつだ、気にするな」


 父の言葉に頬を染め、プリメラはジェネラスの手を取ると馬車に乗る。


 その後からジェネラスも馬車に乗り込むと、二人を乗せた馬車は王都の商業区へ向かって発進するのだった。

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