第18話 憩いのひととき

 任務終了後、無事帰宅したジェネラスとティエス。

 ジェネラスに言われ、ティエスは帰宅後すぐに姉であるプリメラと風呂に入ることになった。


 しかし、装備を外し、衣服を脱ごうとしたティエスだったが、衣服が乾ききっていないことが原因で、肌に布が張り付いているため、どうにも上手く脱げないでいた。


「ん。あれ?」


「ちょっと待ちなさい。手伝ってあげるわ」


「すみません、プリメラ姉様」


「いいのよ、気にしないで。ほら、腕上げて」


 プリメラに言われるまま両腕を上げ、服を脱がせてもらうと、ティエスはまず義手の外観を確かめる。


 しかし、ヒュージラットの一撃を防いだ義手は傷一つなく、白磁の陶器を思わせる色艶を保っていた。


「左手どうしたの? 袖が無くなってるんだけど」


「ああえっと。詳しくお話します」


「そうね。聞かせてもらいましょうかしら。お風呂でね」


 ティエスの破れた服を籠に入れると、プリメラも服を脱いでいく。

 そして長い髪をバレッタでまとめると、一糸纏わぬ姿でタオルだけ片手に持ってティエスと浴室に入った。

 ひとまず体を流し、二人はお湯が張られた浴槽に浸かる。


 体格の良いジェネラスが足を伸ばして悠々入ることが出来る浴槽は、プリメラとティエスが二人で浸かっても狭過ぎるということは無かった。


「はぁ〜。お風呂って最高の文化よねえ〜」


「ですねえ。水浴びでは得られない気持ちよさがあります〜」


 長い白髪をまとめてタオルで巻いたティエスと、頭の上にタオルを乗せたプリメラがお湯の心地よさに蕩けそうになる。

 

「本当にその腕防水なのね。違和感とかはないのかしら?」


「あ、はい。動作に問題はなさそうです」


「ふーん。凄いもんねえ。クアルタの造った義手」


「はい。凄かったです。お父様と受けた依頼の時も」


 その言葉を皮切りに、ティエスはジェネラスと共に受けた仕事の概要をプリメラに聞いてもらった。


 話を聞いたプリメラも、ヒュージラットの異常発生には覚えが無いようだ。

 口元に軽く握った拳を当てて「うーん」と唸っている。


「森から溢れ出るような、か。そんな話聞いた事ないわね」


「お父様は、穴でもあったんじゃないかと仰ってました」


「穴?(この辺りにダンジョンは無いはず。となると穴というのは、もしかして魔法陣? いや、召喚陣なら穴から這い出てくるように見えるわね。もしかしてお父様、事前に異常を察して?)」


「それで、私が森を吹き飛ばしてしまった時も、お父様はずっと森を見て笑ってました」


(森を見て。もしかして何かをお父様は見つけていたのかしら。仮にヒュージラットの異常発生が召喚魔法による意図的な物だとしたら、誰がそんな事をするかしら)


 聞いたことのないヒュージラットの異常発生という現象に興味が出たプリメラは、様々な可能性を思考し、顔を半分湯船に沈め、ブクブクと泡を吐きながら目を瞑る。


(もしかして帝国? こんなまわりくどい方法で? いや、ちょっと待って。もしこれが帝国の仕業ならエレフセリアの農場地帯に打撃を与えて、この国、カルディナの食糧事情に一石投じる事ができるわね。ああ、ダメだわお父様には思考は一辺倒ではいけないと言われているけど。帝国がそういう手段をとったと考え始めたら、そうとしか考えられなくなってきたわ)


 水の魔石と火の魔石を組み合わせた、魔石二つに同時に魔力を流すだけでお湯が出る蛇口から落ちる水滴の音。

 その音で、プリメラは思考の海から浮かび上がってきたか。

 浴槽から出ると、洗い場に置いている椅子に腰を下ろした。


「ティエス。こっち来て。髪洗ってあげる」


「いえ、大丈夫ですよ姉様。腕は正常に動作してますから、自分で洗えます」


「違う違う。これは私がそうしたいからするだけ。いわばスキンシップよ。姉妹のね」


「え、あ。はい」


 ジェネラスに引き取ってもらってからというもの、何かと世話になり続けているプリメラにそう言われて断れるわけもない。


 ティエスは素直に従うと、浴槽から出て予備の椅子をプリメラの前に置き、腰を下ろして頭のタオルを取った。


(状況判断には材料が足りないし。私も明日現場に行ってみるかしらねえ。ティエスの話だと、何も残ってないかも知れないけど)


 そんな事を考えながらプリメラは魔法でティエスとの間に人の頭ほどの水の玉を作り出し、同時に発動した発熱魔法で水を温めると、手を突っ込んで温度を確認。

 出来上がったお湯の玉をティエスの頭の上に移動させた。


「じゃ。洗うわよ?」


「は、はい。お願いします」


 ティエスの頭上の玉からお湯を流し、既に湿っているティエスの髪を満遍なく濡らしていく。

 そして、泡立てた頭髪用洗剤でその綺麗な白髪が傷まないように優しく洗っていくのだった。


「あ、傷んでるわねここ、回復魔法で直すわねえ」


「姉様。魔力が勿体無いです」


「髪は女の命よ。蔑ろには出来ないわ」


「あ、ありがとうございます」


 女性の湯浴みは長くなるもの。


 そんな事は百も承知で二人に風呂を譲ったが、あまりにも二人が出て来ないので、ジェネラスはいつの間にやらリビングのソファに腰掛けたまま新聞を両手で広げて寝こけてしまっていた。

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