第19話 風呂場でのハプニング

「お父様。お父様? お風呂先に頂きましたよ。お父様?」


「ん。ああ、すまん眠っていたようだ」


 リビングで新聞を両手に持ったまま寝ていたジェネラスを、風呂から上がり、寝間着のワンピースに着替えたティエスが肩をゆすって起こした。


「ふふふ。お父様ったら。珍しく無警戒でしたね」


「自宅にいる間くらいはこうもなる。優秀な娘もいるしな」


 広げていた新聞を畳み、ソファの前のローテーブルに放り投げ、あくびを吐くとジェネラスは立ち上がる。

 そんなジェネラスにプリメラがジェネラスの着替え一式を両手に近付いてきた。


「着替えは用意しましたので、お父様もお風呂にお入りください。そのあと夕食にしましょう」


「先に食べていても構わんぞ? 俺も長湯するたちだからな」


「そうはいきません。食事は家族で一緒にするものです。お父様の教えじゃありませんか」


「状況にもよると教えたはずだがな。まあ、手早く済ますよ」


「いけませんお父様。ごゆるりとお寛ぎください」


「そ、そうですよお父様。せっかくのお風呂なんですから」


 娘二人にそう言われてしまっては、反論するのも野暮かと思い、ジェネラスは苦笑を浮かべプリメラから着替えを受け取ると「分かった。ゆっくり寛がせてもらうとするよ」と、リビングから風呂場へと向かって行った。


「さて、じゃあその間に私は洗濯をしちゃおうかしらね。ティエスは夕食のスープを温め直してくれる? 右手でね」


「はい。任せてくださいプリメラ姉様」


 リビングから出ていったジェネラスの背中を見送り、ローテーブルに無造作に置かれた新聞をローテーブルの角に合わせて真っ直ぐ置き直し、プリメラが風呂場横の洗濯場へ向かうためにリビングの出入り口のほうへ向かおうとした。そんな時だった。


「あら? これはお父様の下着」


「落とされたみたいですね」


 リビングから出てすぐの廊下にジェネラスの下着が落ちていたのをプリメラが見つける。


「私がお持ちしましょうか?」


「いいわ。どうせ洗濯場に行くんだし、私が持っていくわよ。夕食の準備お願いね。今から温めれば猫舌のお父様が好きな温かさになるわ」


「分かりました。では後ほど」


 なんの抵抗もなくジェネラスの下着を拾い上げ、プリメラはティエスを残してリビングから浴室の方へと向かって歩いていく。


 そして、プリメラは浴室の手前の脱衣場の扉を二度ノックすると、返事を待たずに扉を開けた。

 既に浴室に入っていると思ったからだ。


「お父様。下着が落ちていましたのでお持ちしまし」


「おおう。びっくりしたあ」


 扉を開けたプリメラの目に入ったのは部屋着をちょうど脱ぎ終わり、全裸になった直後のジェネラスの筋骨隆々の傷だらけの肉体だった。


 まさに筋肉の鎧。

 彫刻のようなその肉体美に、プリメラは感心し、口元に手を当て、若干頬を染めてジェネラスの肉体を下から上へと鑑賞するように眺める。


「いや。見てないで閉めんか」


「あいた。すみませんお父様」


 一向に動こうとしないプリメラの頭に軽く手刀を振り下ろし、同時に下着を受け取ると、ジェネラスは籠に下着を放り込んで浴室へと向かっていった。


 その大きな背中を追いかけ、何故かプリメラがついていく。


「お父様。お背中流します。いえ、流させてください」


「いらんわ恥ずかしい。寛げんだろう。ほれ、出ていきなさい」


「そんな遠慮なさらずに」

 

「遠慮とかではない。ほら、出た出た」


 なかなか諦めないプリメラを外に追いやり、鍵のない扉に封印魔法を掛けて風呂に入るジェネラス。 


 一方で追い出されたプリメラは残念そうに肩を落とすと「仕方ないわね」と諦めて洗濯物を洗うために脱衣場からも行くことができる洗濯場に向かっていった。


(なんだかんだで、まだまだプリメラも子供っぽいところが残ってるんだなあ。微笑ましいことだ。とはいえいつまでもコレではなあ。いつか恋人を見つけて結婚するってなると、注意せにゃなあ)


 そんな事を考えながら頭と体を先に洗い、湯船に浸かってゆっくり風呂を堪能するジェネラス。

 

 とはいえ話し相手がいるわけでもなく、体を温めたジェネラスはプリメラやティエスほど長湯することなく風呂から上がると体を拭き、寝間着のシャツとズボンに着替え、首にタオルを掛けたままリビングの方へと向かって行った。


「お父様。ちょうど良かった。夕食の準備できましたよ」


 リビングの扉を開けると、プリメラが配膳を終えたところだったようで、やって来たジェネラスにニコッと微笑むとテーブル横の椅子を引く。


「お、美味そうだな。流石プリメラ、これなら良い嫁さんになるな(プリメラの旦那になる男は幸せだな)」


「お父様は冗談がお好きですね。私は誰かの女になるつもりはありません(でもお父様となら。いや、まだこの気持ちは伝えられないわ。まずは帝国を打倒しないと)」


「やれやれ困った娘だ」


 プリメラの内に秘めた想いなど予想だにしていないジェネラスは肩をすくめるとリビングとダイニングを兼ねた部屋の真ん中のテーブルへ向かうと、プリメラが引いた椅子に腰を下ろした。


 ちょうどその時、隣のキッチンへの扉からティエスがトレーにパンと飲み水を入れた木のコップを乗せて現れる。


 これをテーブルに置いて、夕食の準備は本当の意味で完了。

 三人は食卓に着くと遅めの夕食を楽しみながら団欒したのだった。

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